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第41話
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「さてと、お風呂に入りに行きましょうか」
「やめておけ、着替えもないんだぞ。大体、うちを出る前に入っただろう」
「だって硝煙も浴びたんですよ、汗もかいたし。ほら、付き合って下さい」
見れば京哉の目は据わっていた。幾ら軽いカクテルでも長時間飲み続けたのだ。知らない間に許容をオーバーしてしまったらしい。酔っ払いには敵わなかった。
しぶしぶ霧島は京哉と共に四畳半を出て一階に降りると浴場のドアをカラカラと開けて中を覗いてみる。すると棚と脱衣カゴがありバスタオルだの浴衣だのが積まれている様子は最近のスーパー銭湯と何ら変わりがなかった。ベンチにTVや自販機まで設置されている。
座って涼む者や使いっ走りなのか飲料を買い込む者などが見受けられた。ただ少々趣が違って見えるのは、背中に絵の描かれた男たちが歓談しているからだ。
「うーん、予想を裏切らないですよね」
「これでも入浴したいと主張するつもりか?」
「どうしたんですか、不機嫌になっちゃって。ここまで来たんだし入りましょうよ」
他人に興味を殆ど持たないのは京哉の勝手だが、大概の他人は京哉に興味を持つという事実をいい加減に認識して欲しいと霧島は切に願う。
だが何事も言い出したら聞かないだけでなく相手は酔っ払いだ。酒癖は明るい絡み酒という、無下にもできない厄介さである。
仕方なく京哉に続いて霧島は脱衣所に足を踏み入れた。
並んだ棚を確保して脱衣カゴに脱いだ服を放り込む。そうしているといつの間にか脱衣所を沈黙が支配していた。TVの深夜番組だけが響いている。霧島が予想した通りの反応ではあったが、京哉は暢気なもので構うことなく普通に喋り始めた。
「みんなの前で紹介されて良かったですよね、自己紹介が要らなくて」
「それよりさっさと入って寝ないと三晩続けての睡眠不足はお肌に悪いぞ」
せめて自分だけでも目立たないようにと霧島は囁くように喋るが、こちらもそんな努力など無駄だと気付いていない。
大体、身長百九十近いやたらと鍛えた大男が控えめなフリなどしても意味がないのだが、京哉の心配ばかりで通常なら持ち合わせている自覚はとっくに行方不明だ。
とにかく早く済ませようと銃を衣服でバサバサと隠し、サングラスを外した目を見られないよう伏せる。そしてタオル一枚を手に浴場に入った。
浴場も銭湯と同じで巨大な湯船が満々と湯を湛え、霧島の目にも気持ち良さそうに見えた。湯気で灰色の目が隠れるのも幸いである。
ここでも周囲が静かになってしまう現象が起きたが、諦め肝心で霧島も意に介さず全身を洗い、使い捨て剃刀でヒゲも剃ってから、湯船に浸かって汗をかいた肌を緩めた。
浸かってみると溜息が出る。
「ここまでデカい風呂も、たまにはいいかも知れんな」
「やっぱり来て良かったでしょう?」
「ああ。だが京哉、お前は誰彼構わず笑顔を振り撒くんじゃない」
「何でですか? 万が一のために心理的に味方につけておく方がいいでしょう?」
「あのな、ここは男社会だ。お前はもっと警戒心を持て。私はおちおち眠れんぞ」
「もしかして御坂さんってば妬いてるんですか?」
じつはそういう問題だったのだが霧島はしかつめらしく説教をかました。
「そういう問題ではなくてだな、どう転ぶかも分からん博打をするなと言っているんだ。一部を味方につけた挙げ句にこの組を割るつもりか? 箱崎が過労死するぞ。それにムショ帰りは男とやる味を覚えてきているのが多い。そんな奴らを刺激するな」
下心を押し隠して真剣に説くと酔っ払い京哉も真剣に聞いていた。だが次には神の心も蕩かす笑みを浮かべる。
「御坂さんってば僕を心配してくれてるんですね?」
「当然だろう、バレたら一蓮托生なんだぞ」
「理由はどうあれ貴方が心配してくれるなんて、すごく嬉しいです!」
「うわっ、やめろ、こら!」
明るい絡み酒の京哉は湯をかき分けてくると勢い霧島に抱きついた。
二人は声こそ潜めていたが姿までは隠せない。湯気の中とはいえ小柄な女性と見紛うくらい綺麗な男と、凄味を感じさせるほど端正な男の一挙一動に注目していた男たちは、細い方が大きい方を湯船の中で押し倒すのを見てどよめく。
何事かと脱衣所から覗く奴もいたくらいだ。
ヤクザは建前とハッタリで生きているようなもの、仲間内では何処のソープで女を何人斬りしただのと自慢し合う彼らだが、下っ端クラスにカネのかかる女などそう簡単に回ってこないのが現実である。
所詮は男ばかりの世界で口ばかりの者が殆どで、自前で彼女を作らなければ想像の女を抱くしかない。そんな彼らにとって京哉が霧島を押し倒した光景は刺激が強すぎた。
湯船で京哉と霧島が絡み合う様子は彼らにまるで腐女子の如き妄想を抱かせ、鼻血を垂らす者まで出現する。さすがに拙いと判断した霧島は京哉の手首を握って湯船から上がらせると、さっさと脱衣所に戻って浴衣を着せた。
これ以上の無料サーヴィスをさせる訳にはいかず、思い余って就寝中に訪ねて来られるのはもっと困る。
衣服を抱えて自販機でスポーツ飲料を買い、京哉が煙草を二箱購入してアルミの灰皿を一個失敬すると三階の四畳半に戻った。
喉を潤すと布団を一組だけ敷いて横になる。不埒な侵入者対策で銃は枕元に一挙動で取れるよう置いてあった。
そんな粗忽者以外のヤクザのお礼参りは普段と違い警戒しなくていいのだと思うと霧島は複雑な気分になる。
ともあれ、ここ暫くの睡眠不足から眠くて堪らない。京哉も目を赤くして待っていた。
愛しく温かな京哉を抱き締めた霧島は京哉の白い額にキスするとすぐに眠りに落ちた。
「やめておけ、着替えもないんだぞ。大体、うちを出る前に入っただろう」
「だって硝煙も浴びたんですよ、汗もかいたし。ほら、付き合って下さい」
見れば京哉の目は据わっていた。幾ら軽いカクテルでも長時間飲み続けたのだ。知らない間に許容をオーバーしてしまったらしい。酔っ払いには敵わなかった。
しぶしぶ霧島は京哉と共に四畳半を出て一階に降りると浴場のドアをカラカラと開けて中を覗いてみる。すると棚と脱衣カゴがありバスタオルだの浴衣だのが積まれている様子は最近のスーパー銭湯と何ら変わりがなかった。ベンチにTVや自販機まで設置されている。
座って涼む者や使いっ走りなのか飲料を買い込む者などが見受けられた。ただ少々趣が違って見えるのは、背中に絵の描かれた男たちが歓談しているからだ。
「うーん、予想を裏切らないですよね」
「これでも入浴したいと主張するつもりか?」
「どうしたんですか、不機嫌になっちゃって。ここまで来たんだし入りましょうよ」
他人に興味を殆ど持たないのは京哉の勝手だが、大概の他人は京哉に興味を持つという事実をいい加減に認識して欲しいと霧島は切に願う。
だが何事も言い出したら聞かないだけでなく相手は酔っ払いだ。酒癖は明るい絡み酒という、無下にもできない厄介さである。
仕方なく京哉に続いて霧島は脱衣所に足を踏み入れた。
並んだ棚を確保して脱衣カゴに脱いだ服を放り込む。そうしているといつの間にか脱衣所を沈黙が支配していた。TVの深夜番組だけが響いている。霧島が予想した通りの反応ではあったが、京哉は暢気なもので構うことなく普通に喋り始めた。
「みんなの前で紹介されて良かったですよね、自己紹介が要らなくて」
「それよりさっさと入って寝ないと三晩続けての睡眠不足はお肌に悪いぞ」
せめて自分だけでも目立たないようにと霧島は囁くように喋るが、こちらもそんな努力など無駄だと気付いていない。
大体、身長百九十近いやたらと鍛えた大男が控えめなフリなどしても意味がないのだが、京哉の心配ばかりで通常なら持ち合わせている自覚はとっくに行方不明だ。
とにかく早く済ませようと銃を衣服でバサバサと隠し、サングラスを外した目を見られないよう伏せる。そしてタオル一枚を手に浴場に入った。
浴場も銭湯と同じで巨大な湯船が満々と湯を湛え、霧島の目にも気持ち良さそうに見えた。湯気で灰色の目が隠れるのも幸いである。
ここでも周囲が静かになってしまう現象が起きたが、諦め肝心で霧島も意に介さず全身を洗い、使い捨て剃刀でヒゲも剃ってから、湯船に浸かって汗をかいた肌を緩めた。
浸かってみると溜息が出る。
「ここまでデカい風呂も、たまにはいいかも知れんな」
「やっぱり来て良かったでしょう?」
「ああ。だが京哉、お前は誰彼構わず笑顔を振り撒くんじゃない」
「何でですか? 万が一のために心理的に味方につけておく方がいいでしょう?」
「あのな、ここは男社会だ。お前はもっと警戒心を持て。私はおちおち眠れんぞ」
「もしかして御坂さんってば妬いてるんですか?」
じつはそういう問題だったのだが霧島はしかつめらしく説教をかました。
「そういう問題ではなくてだな、どう転ぶかも分からん博打をするなと言っているんだ。一部を味方につけた挙げ句にこの組を割るつもりか? 箱崎が過労死するぞ。それにムショ帰りは男とやる味を覚えてきているのが多い。そんな奴らを刺激するな」
下心を押し隠して真剣に説くと酔っ払い京哉も真剣に聞いていた。だが次には神の心も蕩かす笑みを浮かべる。
「御坂さんってば僕を心配してくれてるんですね?」
「当然だろう、バレたら一蓮托生なんだぞ」
「理由はどうあれ貴方が心配してくれるなんて、すごく嬉しいです!」
「うわっ、やめろ、こら!」
明るい絡み酒の京哉は湯をかき分けてくると勢い霧島に抱きついた。
二人は声こそ潜めていたが姿までは隠せない。湯気の中とはいえ小柄な女性と見紛うくらい綺麗な男と、凄味を感じさせるほど端正な男の一挙一動に注目していた男たちは、細い方が大きい方を湯船の中で押し倒すのを見てどよめく。
何事かと脱衣所から覗く奴もいたくらいだ。
ヤクザは建前とハッタリで生きているようなもの、仲間内では何処のソープで女を何人斬りしただのと自慢し合う彼らだが、下っ端クラスにカネのかかる女などそう簡単に回ってこないのが現実である。
所詮は男ばかりの世界で口ばかりの者が殆どで、自前で彼女を作らなければ想像の女を抱くしかない。そんな彼らにとって京哉が霧島を押し倒した光景は刺激が強すぎた。
湯船で京哉と霧島が絡み合う様子は彼らにまるで腐女子の如き妄想を抱かせ、鼻血を垂らす者まで出現する。さすがに拙いと判断した霧島は京哉の手首を握って湯船から上がらせると、さっさと脱衣所に戻って浴衣を着せた。
これ以上の無料サーヴィスをさせる訳にはいかず、思い余って就寝中に訪ねて来られるのはもっと困る。
衣服を抱えて自販機でスポーツ飲料を買い、京哉が煙草を二箱購入してアルミの灰皿を一個失敬すると三階の四畳半に戻った。
喉を潤すと布団を一組だけ敷いて横になる。不埒な侵入者対策で銃は枕元に一挙動で取れるよう置いてあった。
そんな粗忽者以外のヤクザのお礼参りは普段と違い警戒しなくていいのだと思うと霧島は複雑な気分になる。
ともあれ、ここ暫くの睡眠不足から眠くて堪らない。京哉も目を赤くして待っていた。
愛しく温かな京哉を抱き締めた霧島は京哉の白い額にキスするとすぐに眠りに落ちた。
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