43 / 72
第43話
しおりを挟む
同じく郊外でも真王組本家は白藤市の市街地を挟んだ対岸にあった。
直参の会合とやらまで時間が押しているようだったが、厚川は焦りの欠片も見せず黒塗りの中で悠長に葉巻を吸っていた。
それもその筈でこのフルスモーク張りの黒塗りを見れば大概の車が道を譲ってくれる。
故にドライバーが割り出す到着予定時刻より、いつも早く到着するらしかった。
混み合う市街地を避けて二台連なった黒塗りはバイパスに乗り、約四十分で街道に降りる。やがて二台は森のような深い生け垣に囲まれた石畳の小径を走り始めた。もうここは真王組本家の敷地内だと霧島と京哉は気付いている。
青銅の柵状門をくぐると屋敷が見えてきた。意外にも日本家屋ではなく茶色いレンガの外装を持った洋風の造りである。四階建ての巨大な代物だ。
綺麗に芝生の刈られた庭には温室も何棟かあり、中では薔薇か何かが咲き誇っている。車寄せ付きの玄関前はロータリーになっていて、それをぐるりと半周すると黒塗り二台は停車した。
無造作にドアを開けて霧島は降車した。反対側から降りた京哉と共に厚川とそのガードたちの最後尾につく。あとから何台もの黒塗り外車がやってくるのを目にした。どれも高級車ばかりでグレードも最高ランクだ。
それらと巨大な洋館を眺め比べて霧島が京哉に囁く。
「ここまでヤクザは儲かるのか。暴対法と暴排条例はどうなっているんだ?」
「さあ、それは箱崎課長に訊かないと。でも音に聞こえた黒深会から直接声を掛けられるほどですしね。幾らベースになるルートを持ってても」
京哉と囁き合っていると、ここでも至る所に立っている張り番のチンピラたちに頭を下げられる。他のガードに倣ってチンピラたちを半ば無視し、玄関の大きな観音扉が開けられるのを待った。まもなく扉の片側が開けられ、総勢七名で玄関ホールに足を踏み入れる。
玄関ホールはダンスのレッスンができそうなくらい広かった。
玄関ホールは二階まで吹き抜けで天井からは精緻な細工のシャンデリアが虹色の光を投げている。大した造りだが警備上ここも靴は脱がなくてもいいシステムらしく、勝手知ったる風に厚川とガードの一団は目前にある大階段を上がってゆく。二人も続いた。
二階の廊下を右に曲がると三枚目の観音扉の前にガードがたむろしていた。
おそらくこの部屋に真王組組長の立川拓真がいるのだろう。
だがすぐに御対面とは行かなかった。まずは直参会合優先らしく扉の中には厚川だけが入って行く。残ったガードたちは散って行ってしまった。前置きもなく放ったらかされて二人は顔を見合わせ、慌ててガードの一人を捕まえ訊いてみる。
「おい、私たちはどうすればいいんだ?」
「どうって、用があれば携帯で呼ばれるからな」
そこでガードとメアドを交換し、何かあれば自分たちも呼んで貰えるように言づけた。少々迷惑そうな顔をしたガードを見送り、霧島と京哉は早速一階に降りてエントランスから出ると屋敷の裏手に回る。
本当は屋内の探索に着手したかったのだが、あちこちに手下が張り番をしていて、言い訳も面倒臭そうなので遠慮したのだ。
裏手は隣の住宅地と隔てる高い塀があるだけで見物はなかった。ヒマ潰しを探して表に回ると三棟あった温室を片端から眺めることにする。
どの温室も見事な薔薇が咲き揃っていて、かなり見応えがあった。特に綺麗だったのは一番玄関に近い温室の薔薇だ。
深紅で大輪の剣弁高芯咲きは甘い香気を濃厚に漂わせている。
そこで何気なく見上げてきた京哉に霧島は唇を寄せた。腕に抱き込んだ年下の恋人の口内に舌を差し入れ絡め合う。送り込まれる唾液を飲み干し、京哉の柔らかな舌を痛みが走るくらい吸い上げてやった。京哉は堪らなくなったように喉の奥で鳴く。
「んんぅ……っん、はあっ。御坂さん、すみません」
「どうした、何を謝る?」
「だってこんな危険に僕の一言で飛び込ませてしまって」
「何れは命令で飛び込んでいた任務だ。お前のせいではないから気にするな」
「でも、忍さ……御坂さん。本当は僕……」
「もういい、お前のせいではないと言っている。私がお前と一緒にいたかったんだ」
言い募り言葉を詰まらせた京哉に霧島はさらりと言って温室の奥に向かった。
ごく自然に京哉と片手を繋いだまま蔓薔薇のアーチをくぐる。すると奥には四阿があってテーブルとチェアが置かれ、そこに誰かが腰掛けているのに気付いた。
直参の会合とやらまで時間が押しているようだったが、厚川は焦りの欠片も見せず黒塗りの中で悠長に葉巻を吸っていた。
それもその筈でこのフルスモーク張りの黒塗りを見れば大概の車が道を譲ってくれる。
故にドライバーが割り出す到着予定時刻より、いつも早く到着するらしかった。
混み合う市街地を避けて二台連なった黒塗りはバイパスに乗り、約四十分で街道に降りる。やがて二台は森のような深い生け垣に囲まれた石畳の小径を走り始めた。もうここは真王組本家の敷地内だと霧島と京哉は気付いている。
青銅の柵状門をくぐると屋敷が見えてきた。意外にも日本家屋ではなく茶色いレンガの外装を持った洋風の造りである。四階建ての巨大な代物だ。
綺麗に芝生の刈られた庭には温室も何棟かあり、中では薔薇か何かが咲き誇っている。車寄せ付きの玄関前はロータリーになっていて、それをぐるりと半周すると黒塗り二台は停車した。
無造作にドアを開けて霧島は降車した。反対側から降りた京哉と共に厚川とそのガードたちの最後尾につく。あとから何台もの黒塗り外車がやってくるのを目にした。どれも高級車ばかりでグレードも最高ランクだ。
それらと巨大な洋館を眺め比べて霧島が京哉に囁く。
「ここまでヤクザは儲かるのか。暴対法と暴排条例はどうなっているんだ?」
「さあ、それは箱崎課長に訊かないと。でも音に聞こえた黒深会から直接声を掛けられるほどですしね。幾らベースになるルートを持ってても」
京哉と囁き合っていると、ここでも至る所に立っている張り番のチンピラたちに頭を下げられる。他のガードに倣ってチンピラたちを半ば無視し、玄関の大きな観音扉が開けられるのを待った。まもなく扉の片側が開けられ、総勢七名で玄関ホールに足を踏み入れる。
玄関ホールはダンスのレッスンができそうなくらい広かった。
玄関ホールは二階まで吹き抜けで天井からは精緻な細工のシャンデリアが虹色の光を投げている。大した造りだが警備上ここも靴は脱がなくてもいいシステムらしく、勝手知ったる風に厚川とガードの一団は目前にある大階段を上がってゆく。二人も続いた。
二階の廊下を右に曲がると三枚目の観音扉の前にガードがたむろしていた。
おそらくこの部屋に真王組組長の立川拓真がいるのだろう。
だがすぐに御対面とは行かなかった。まずは直参会合優先らしく扉の中には厚川だけが入って行く。残ったガードたちは散って行ってしまった。前置きもなく放ったらかされて二人は顔を見合わせ、慌ててガードの一人を捕まえ訊いてみる。
「おい、私たちはどうすればいいんだ?」
「どうって、用があれば携帯で呼ばれるからな」
そこでガードとメアドを交換し、何かあれば自分たちも呼んで貰えるように言づけた。少々迷惑そうな顔をしたガードを見送り、霧島と京哉は早速一階に降りてエントランスから出ると屋敷の裏手に回る。
本当は屋内の探索に着手したかったのだが、あちこちに手下が張り番をしていて、言い訳も面倒臭そうなので遠慮したのだ。
裏手は隣の住宅地と隔てる高い塀があるだけで見物はなかった。ヒマ潰しを探して表に回ると三棟あった温室を片端から眺めることにする。
どの温室も見事な薔薇が咲き揃っていて、かなり見応えがあった。特に綺麗だったのは一番玄関に近い温室の薔薇だ。
深紅で大輪の剣弁高芯咲きは甘い香気を濃厚に漂わせている。
そこで何気なく見上げてきた京哉に霧島は唇を寄せた。腕に抱き込んだ年下の恋人の口内に舌を差し入れ絡め合う。送り込まれる唾液を飲み干し、京哉の柔らかな舌を痛みが走るくらい吸い上げてやった。京哉は堪らなくなったように喉の奥で鳴く。
「んんぅ……っん、はあっ。御坂さん、すみません」
「どうした、何を謝る?」
「だってこんな危険に僕の一言で飛び込ませてしまって」
「何れは命令で飛び込んでいた任務だ。お前のせいではないから気にするな」
「でも、忍さ……御坂さん。本当は僕……」
「もういい、お前のせいではないと言っている。私がお前と一緒にいたかったんだ」
言い募り言葉を詰まらせた京哉に霧島はさらりと言って温室の奥に向かった。
ごく自然に京哉と片手を繋いだまま蔓薔薇のアーチをくぐる。すると奥には四阿があってテーブルとチェアが置かれ、そこに誰かが腰掛けているのに気付いた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる