見え透いた現実~Barter.6~

志賀雅基

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第45話

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 歳は五十代に手が届いた辺りで黒髪を綺麗に撫でつけている。ゴルフでもするのか結構日焼けしていた。着用しているのは仕立てのいいスーツだ。
 デザインも悪くなく会社役員のようにも見えた。じっと霧島が観察していると立川拓真は席を立って二人の前にやってきた。身長は霧島と京哉の中間くらいである。

 興味深げに二人を見比べて立川は口を開いた。

「承知しているかも知れないが、わたしが立川拓真だ。名前を教えてくれるかね?」
「御坂孝之だ」
「鳴海京哉です、宜しく」
「ふむ。ああ、これはわたしの娘だ。きみたちの話をいつの間にか聞きつけて、是非とも会ってみたいと言い出してね。小娘の酔狂に付き合わせて悪いんだが」

 そこで一歩踏み出した女性は気取ったお辞儀をしてから行儀良く自己紹介する。

青柳あおやぎ花梨かりんです。どうぞ宜しくね」
「青柳さん……?」

 訝しげな京哉の呟きに十七、八歳に見える花梨は微笑んで答えた。

「青柳は父さまと離婚した母方の姓なの」
「はあ、それで……」

 なるほど、花梨は母親に似たのだろう。長い髪も瞳も色素が薄く色白で外見は立川拓真に全く似ていない。大きな瞳が印象的な美人でその目が一心に京哉に注がれる。

「すごいわ。やっぱり天使みたい、綺麗」

 大人の男を捕まえて『天使』とは霧島も驚いた。夢見るお年頃にしては遅すぎる気がしたが、霧島は評価を心の中だけに留める。

 一方の京哉は微笑みを浮かべて見せた。お得意の一見して何のてらいもない微笑みとは違って影が差している。そう感じたのは先程の喧嘩のせいなのか。霧島は己の手首を握った京哉の掌の感触をリピートする。  

 少々気弱にも思える微笑みは控えめに見ても京哉の整った目鼻立ちを強調し、見慣れている霧島でもハッとするほど綺麗だった。そんな京哉の腕を花梨が取る。

「ねえ、父さま。いいでしょう?」
「お前がわたしにねだるとは珍しい。構わんよ。あとは御坂、きみの処遇だが――」

 ふいに霧島の背後にいたガードが殴り掛かってきた。
 
 気配で察知し長身を沈めて躱し、低い姿勢から回し蹴りを放つ。男が倒れるのを見ているヒマはない、左の一人に肘打ちを食らわせた。
 瞬時に間合いを取って対峙した男はダガーナイフを手にしている。本気の殺気と同時に振り被られた手首を上段蹴りで打った。

 落ちたナイフを蹴り飛ばすなり起き上がった男に右ストレートを叩き込む。違う男のハイキックは鋭く肩を掠めたが構わず頭を押し下げ、みぞおちに膝蹴りを入れた。
 残るナイフ男にも抵抗の隙を与えない。
 胸ぐらと片袖を掴んで身を返すと腰に体重を載せて背負い投げ、絨毯に叩きつけた。

 十秒かからず三人のガードを地に沈め、霧島はサングラス越しに立川を見返す。

「――雇って貰えるか?」
「たった今から御坂、きみはわたしの専属だ。わたしの命を預ける。宜しく頼む」

 落ち着いた太い声で立川は言い、霧島に手を差し出した。その手を霧島は握る。乾いた手で握手を交わすと契約成立だ。立川は満足げに微笑む。大きく取られた窓からの日差しが立川の黒い瞳を僅かに薄く透かし、人懐こい猫のように見せていた。

 だが事実として立川は大人しい猫ではない。黒深会と組んで県下のシャブ流通ルートを塗り替え、シェアを握らんとして虎視眈々と狙っている虎である。油断は禁物だった。一人の父親だとアピールしたのも、こちらを疑った上での手かも知れない。

 雰囲気だけでも分かるのは、立川拓真は腕力でのし上がったタイプではなくインテリ系ということだ。そもそも本物の馬鹿にシャブ流通ルートは作れず、偶然作れたとしても危なくて黒深会は利用しないだろう。

 小田切の情報では黒深会は真王組に幹部を送り込み、そのシャブ流通ルートを利用するという、黒深会側が主導権を握っている感触だった。
 勿論、真王組は利益の何割かを取り分として黒深会から貰うのだろうと思っていたが、この立川拓真なら黒深会と充分対等に渡り合っているような気さえした。

 いや、本当に主導権を握っていてもおかしくはない。予断は禁物である上に証拠を掴むという点において目的は変わらないが、とにかく立川は予想以上の強敵だ。

 そんなことを霧島は超速で考えながら、京哉が花梨に腕を取られて執務室から出て行くのを目に映す。立川の指示で厚川も室外だ。
 これから同僚になると知っていたので、ある程度は手加減したつもりだったが、負傷した三名のガードは残りの一名に支えられて部屋の外である。
 
 入れ替わりにまた四名のガードが入ってきた。

 ガード以外に残ったのは立川と幹部らしき二名のみで、その二名は応接セットのソファに陣取り小声で喋っては煙草を吹かし出す。煙を気にした風でもなく再びデスクに就いた立川が霧島に訊いた。

「御坂。きみは大層な得物も持参したそうだね」
「まあな。残弾十五発だ」
「九ミリパラと聞いた。あとで補充させる。それと朝は八時には待機して欲しい。これがこの屋敷内のマスターキィだ。報酬は一日一本。あとで口座を訊こう」

 まさか組長の楯になるのに日雇い賃金が一万ではないだろうがレートも知らない。霧島は追求せずマスターキィを受け取る。

「で、何かあるかね?」
「別に何もない」
「ふむ。しかし姿勢の良さといい、張り込みの刑事みたいだね」

 現職警察官を前に立川はそう呟き、ソファの二人が笑った。

 タイミング良く秘書めいた男が内扉を開けて入ってくると、株の売却益がどうとか税理士が早めに来るとかいった話を始める。
 それに耳を傾けながら霧島は執務机の傍で少し足を開いて立った。黙って立つのはそれこそ警察官の霧島にとって苦行ではなかった。
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