見え透いた現実~Barter.6~

志賀雅基

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第60話

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 入院三日目の昼食後、京哉の煙草タイムから戻ると意外な客が待ち受けていた。

「もうわたしの許で働いてくれないのかな?」

 霧島を見て開口一番言ったのはガードを引き連れた立川組長だった。思わず霧島と京哉は顔を見合わせる。てっきり壊れたオモチャは捨てるタイプとばかり思っていたのに妙な誤算だ。だがそんなことはおくびにも出さず、霧島は涼しく組長に応える。

「いや。だが完全でない私をあんたのガードに就ける訳にはいくまい」
「確かにそうなのだが、きみがいないと面白くなくてね」
「ふ……ん、ならば花梨のガードでリハビリする。どうだ?」
「構わんよ。怪我が治り次第、わたしのガードに昇格ということで、いいね?」

 慌てて京哉が口を挟もうとしたが霧島は涼しい顔のまま「問題ない」と組長に告げてしまった。対して組長も微笑んで霧島に頷く。更に手下に持たせていたガーメントバッグを開けさせると手回し良く中からは霧島用のダークスーツ一式が出てきた。

 そこまで立川組長が霧島に執心するとは京哉も本当に誤算だった。

 サングラスを速攻で買ったのは果たして幸いなのか分からない。おまけに霧島が勝手に真王組に戻ってしまうのを防ぐため、衣服はまだ買っていなかったのだ。
 そこまで立川組長が知っていた訳ではあるまいが、墨色のスーツとスチルブラックのドレスシャツにシルバーグレイのタイは非常に霧島に似合いそうなチョイスだった。

 こうなった以上は仕方ない。状況的には既に潜入時に戻ったも同然で京哉は不機嫌ながら霧島の着替えを手伝う。出来上がるとショルダーバッグを担いで霧島と共に真王組の一団に混じって病室をあとにした。

 白いリムジンと黒塗りの二台に分乗して真王組本家に出戻ると、まずは四階角部屋に上がって本部長に状況報告メールだ。

「せっかく離脱したのに、また自分から危険に飛び込むなんてどうかしてます!」
「そうガミガミ言うな、暫くは花梨付きで大して危険もない。サンプル探し以外は」
「ふん、知りませんから」

 口を尖らせた京哉に霧島は諸手を挙げた。そんな男のタイを引っ張り屈ませた京哉はキスを奪う。口内を舌で思い切り蹂躙し舌先を痛いくらい噛んでから解放した。

「じゃあ、花梨に挨拶に行きますからね」
「ラジャー、先輩」

 三階にある花梨の部屋の前では花梨付きガードの高山と相棒が立ち話しながら時間を気にしていた。花梨は外出するらしい。京哉の姿を認めた高山が相好を崩す。

「戻ってきてくれたか、鳴海。これでお姫様のお守りも多少は楽になるぜ」
「楽になるかどうか疑問ですけど、また宜しく。それとこの御坂もお仲間ですから」
「そうか、増員は有難い。俺は高山、相棒は小室こむろだ」

 取り敢えずメアドを交換してから頃合いを見て高山がドアをノックした。すぐに花梨が出てくる。花梨は京哉を見ると笑おうとし、霧島の存在に気付いて唇を噛んだ。
 しかし俯いたのは僅かで顔を上げる。大人びた笑顔で京哉と霧島を見比べた。

「ご苦労様。じゃあ悪いけど市内まで買い物に付き合って頂戴」

 黒塗りに全員が乗り込んで出発する。ステアリングを握ったのは高山で運転も手慣れていたが、京哉は同じ姿勢で座りっ放しの霧島の怪我を心配した。マゾかと思うくらい痛みを表に出さない男なので、気付いてやるのはパートナーでバディの自分の役目である。

 ショッピングモールに辿り着くと花梨の買い物に男四人が付き従った。けれど花梨は以前のように何でもかんでも買い込んだりせず、何を目に映してもはしゃぎもせずに洋服や化粧品も殆ど眺めるだけだった。

 じっと見つめる京哉の視線に花梨が目を上げて薄い笑みを浮かべる。

「うちの中は息が詰まって。もう何があっても逃げる場所もないから」
「僕らで良ければ付き合いますから、何でも言って下さい」

 残りの男三人も頷いた。母親を亡くしたばかりで淋しいだろうと皆が思っている。更に屋敷の前であれだけ騒いだのだ、京哉とのことも皆に知れ渡っている筈だった。

 大人のふりではなく本当に大人びた花梨は京哉から見ても綺麗になった気がした。
 結局、花梨は化粧品店で口紅を一本だけ買い、その日は屋敷に戻ったのだった。

◇◇◇◇

 翌日の午前中は花梨も部屋に籠もりきりでガードはやることがなかった。ただ遊んでもいられず、花梨の部屋の前でバディごとに二時間交替の張り番をしていた。

「でもこれじゃ事は進みませんよね。いったい何処にシャブがあるんでしょう?」
「分からん。何とか組長付きに昇格して様子を探るしかないな」

 だがいい加減にドアを眺めるのにも飽きた頃、京哉の携帯にメールが入った。

「どれ、小田切からか。【証拠物件のサンプル入手の目途が立った。離脱せよ】か」
「うーん、あと二日早ければもっと良かったのに。契約解除も面倒ですよね」
「夜は自由なんだ、飲みに行くふりでもして消えればいい」
「ああ。単純ですけどいい手かも」

 そうと決まれば夜になるのを待つだけだ。焦ることもなく二人は壁に凭れて大欠伸し、十七時に高山たちと交代したら自由時間である。四階角部屋から京哉がショルダーバッグを持ち出すと離脱準備はできた。一階に降りて外に出るのは呆気なかった。

 綺麗に芝生が刈られた庭を縦断して石畳の小径を歩き、青銅の柵状門をくぐる。

「全治一ヶ月患者がこんなに歩いて大丈夫なんですか?」
「歩くくらい大丈夫だ、問題ない」
「その口癖、ハイパーインフレの通貨みたいですよね。タクシー捕まるかなあ」

 森のような生け垣の小径を延々歩いて通りに出た。するとそこには殆ど機捜隊長専用にもなっているメタリックグリーンの覆面・機捜一が止まっていて、サイドウィンドウから小田切が右手を振っている。急いで二人は後部座席に乗り込み、すぐさま発車させる。

「馬鹿か、貴様は。不必要に敵を警戒させてどうする!」
「迎えに来たのにご挨拶だなあ。それに証拠は逃げないから大丈夫だって」

 暢気に小田切は笑った。そのまま三人は県警本部に戻り、約二名は庁舎に入る際に警備部の制服組に思い切り不審な顔をされる。
 手帳で何とかクリアして本部長室に向かった。
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