見え透いた現実~Barter.6~

志賀雅基

文字の大きさ
上 下
61 / 72

第61話

しおりを挟む
 本部長室では一ノ瀬本部長と組対・薬銃課長の箱崎警視が待っていた。

「二人とも良くぞ戻ってきてくれた。霧島警視の怪我はどうなのかね?」
「問題ありません。それより本件の証拠が手に入るとか」
「それなのだが……我々も驚いたことに、証拠とは青柳花梨自身なのだ」
「どういうことですか?」
「警視庁と厚生局が痺れを切らし、潜入捜査員を動かして青柳花梨を唆したらしい」

 既に真王組本家の敷地内に黒深会のシャブは運び込まれていた。場所が分からなかった潜入捜査員はあらゆる手を試す中で上手く花梨を巻き込んだ。そして潜入捜査員が見込んだ通り、花梨はシャブの在処を知っていたのである。

 要望するとシャブを抜き取ることもしてくれたのだが、何故そこまで簡単にできたかと云えば、元から花梨は覚醒剤中毒だったからだ。 
 青柳花梨本人にしてみたら自ら使用するシャブを調達したついでという訳である。

「しかし青柳花梨は自分で通報してきたのだ。暫くあのシャブを使ったから、自分の体内から採取される成分を分析すれば黒深会のシャブと成分が一致する筈だと」

 これには霧島も京哉も咄嗟に言葉が出ない。京哉の表情を窺いつつ霧島が訊いた。

「それで青柳花梨の身柄はいつ当局に移すのですか?」
「本人は明後日の夜を希望している。その際は潜入捜査員の高山と小室なる二名が白藤市内のショッピングモールへの買い物に同伴するふりをして車で護送する計画だ。だが当然この案件は警視庁扱いになる」

 今更何を思っても、もう遅い。全ては二人の手から離れたのだった。

「そうですか。では私たちはこれで失礼します。それと三日間の休暇を頂きます」
「ゆっくり躰を休めてくれたまえ」

 霧島と京哉は敬礼して本部長室を辞した。あとから小田切と箱崎警視も出てくる。
 皆で組対に向かって霧島は真王組本家内部のマスターキィを、京哉は花梨の部屋のキィと違法な証拠物件の九ミリパラを提出して、二人共に銃を元のP230JPと交換した。

 ただキィを提出する際にくっついていた手作りのキィホルダーを、京哉が一瞬だけ指先で撫でたのには誰も気付かなかった。

 特別任務を解かれた機捜組は多少すっきりしたが詰め所にも寄らず一階に降りる。霧島と京哉は正面エントランスから出て大通りでタクシーを拾った。さすがに小田切はついてこなかった。

 約一時間掛けてマンションに帰り着く。交代でシャワーを浴びて二人はベッドに倒れ込んだ。夕食も摂っていなかったが空腹は感じず、疲れてひたすら眠かった。

◇◇◇◇

 のんびり霧島の傷ついた躰を甘やかしながら二日間ダラダラ過ごし、三日目の夜も遅くに京哉が呼び出しを食らった。メールではなく電話で寺岡警視が怒鳴った。

《今すぐSAT本部に来い!》

 返事をするまでもなく切られ、霧島がTVを点けたが人質事件は起きていない。少なくとも報道されてはいなかった。二人で顔を見合わせたが、ここは行くしかない。

 急いで着替えて左懐に銃を吊り、部屋を出てロックすると月極駐車場まで走る。そこで『大丈夫だ』『問題ない』を信じた訳でもないが、機動性を考えて運転がより巧みな霧島がステアリングを握った。お蔭で警察学校のSAT本部に約四十分で到着する。

 駐車場にはメタリックグリーンの覆面も駐められていて、既に小田切が着いていると分かった。二人して射場に飛び込むと、寺岡が怒号のような声を発する。

「遅いぞ、何をしていた!」
「我々は本部長の許可を得て休暇中だ。文句を言われる筋合いはない」
「即応体制の確立がなっとらん! いいから鳴海は得物を準備しろ!」

 怒声に顔をしかめて京哉は整備室に入った。すると小田切がSSG3000を手にして振り返る。その顔には驚愕と半信半疑が混じった複雑な表情が浮かんでいた。そんな顔で整備台を示される。載っているのは以前使用した経験のある対物ライフルのゲパードGM6・リンクスだった。

 警視庁が試験運用と称して一丁のみ仕入れたリンクスは五十口径、つまりゼロ・コンマ以下五〇インチで直径十二.七ミリという巨大口径弾をフルロードなら六発発射できるセミオートだ。精確には十発マガジンも存在するが手元にはない。

 重さは何と十一.五キロ、弾薬をロードしたマガジン込みで十三キロという代物だが、控えめに見積もられるカタログスペック上でも対人有効射程が千六百メートルのアンチ・マテリアル・ライフルとしては決して重たい方ではない。

 バイポッドなる二脚もついているが立射でも撃てる。銃身バレルを畳めば全長九百二十八ミリという、対物ライフルとしてはコンパクトな作りになっている。
 横目で見ていた小田切が少々声をうわずらせて京哉に訊いてきた。

「本当にそいつを京哉くんが撃つのかい? というか撃てるのかい? 俺でさえそいつで当てるのは自信がないんだが……」
「あ、ええ。案外当たります、二千メートルくらいまでなら」

 言って更に驚愕させながらも京哉は別のことを考えていた。警視庁SATに試験運用でたった一丁しか入っていない筈のこれを見た瞬間、警視庁までが絡んだ案件だという予想はついたが詳細がまるで分からない。

 ただこんなブツまで持ち出して来たくらい警視庁は焦っているのだ。小田切に目で訊くと溜息混じりに説明してくれた。

「シャブ中になった花梨を立川拓真が監禁しているらしくてね」
「花梨を立川組長が監禁?」

 オウム返しに訊いた京哉に小田切はSSG3000をソフトケースに収める。

「ああ。昨日のうちに警視庁に護送する手筈が番狂わせだ。警視庁からは見張りの組員を狙撃してでも花梨をつれ出せと矢のような催促らしい。仕方なくこっちは京哉くんが持ち帰った九ミリパラをネタにして、銃刀法で真王組にガサを掛けるんだとさ」
「はあ、結局は別件でガサ入れですか」
「ガサ入れでシャブが見つかればこっちも金星だが、既に運び出しているだろうな」
「でしょうね。だからこそ警視庁は花梨の身柄ガラがどうしても欲しいんでしょうし」
「その警視庁の潜入捜査員が動きを読まれたんだよ。当の潜入捜査員の高山と小室も連絡が取れなくなって半日以上経過しているらしい。それもあってのガサ入れだ」

 身元がバレたら潜入捜査員は間違いなく消される。既に手遅れかも知れないが放ってはおけない。万にひとつの可能性もある。急がなければならなかった。

「という訳で俺たちはガサ入れ支援だ。決行は今晩〇一〇〇マルヒトマルマル時」
「一時ですか、あと一時間半しかありませんね」

 リンクスをハードケースに入れ弾薬や気象計にレーザースコープをショルダーバッグに詰め込み、荷物を担ぎ射場に出ると霧島がショルダーバッグを担当してくれる。

 この射場は千五百メートル級、京哉なら対人有効射程を確実に二キロ以上引き延ばせるリンクスを試射できない。射場が壊れる。だが前回撃ってから大して時間が経っていないのと、京哉が自分用に調整して以来誰も撃っていないという寺岡の話から、試射なしでいけると判断した。

「ではとっとと現場に行くぞ」

 寺岡の仕切りで霧島と京哉に小田切は外に出る。メタリックグリーンの覆面のトランクに荷物を入れて乗り込んだ。運転は霧島で助手席に寺岡が陣取ったため、京哉は小田切と後部座席に座ることになった。すぐさま霧島は覆面を出す。

 今回は車載無線も沈黙していた。ただ寺岡が手にしたハンディの無線機だけは賑やかに組対や捜一に本部長の声を流している。ガサ入れ準備で忙しいようだ。

 約四十分後に寺岡の指示で辿り着いたのは小学校だった。ここがガサ入れ隊の選定した狙撃ポイントという訳だ。四人は覆面を降りて小学校に足を踏み入れた。

 蛍光灯を点けつつ階段を上り、鍵の開けられていた屋上に出ると元から誰も屋上面に上がれないようになっている。ふちには段差やフェンスもなかった。一番安定する伏射が可能な造りでスナイパー組は頷き合う。ここでも霧島はスポッタを務めた。

「屋敷の二階の窓で、距離六百二十メートルだ」
「六百二十メートル、コピー」
「距離的には京哉、お前は楽勝だな」
「でも決行までに花梨が監禁されている部屋を見つけておかないと」

 そこで全員がレーザースコープのアイピースに目を当て屋敷を注視する。舐めるように片端からチェックした。裏手に面した部屋なら京哉たちにはどうしようもない。だがスナイパーの目で京哉が不審な部屋を見つける。それは花梨の私室だった。

「三階の右から六枚目の窓が花梨の私室ですが手下が複数いますね」
「確かに多いかも知れん。女性の私室に手下を入れるか、えげつない真似をする」
「女性一人を見張るにしちゃ多いし、黙ってても仕方がないから言うけどさ、手下の半分以上は服も着ちゃいないぜ。花梨を病院に連れて行く手配を急いだ方がいい」
「まずはそれなりの病院ですか……あと、幾ら何でも手下が多すぎないですか?」
「可能性だが高山と小室も一緒に監禁されているのかも知れんな」
「そうですね、可能性の高い所から叩かないと。三人とも生きてたらいいですけど」

 今回は警視庁の意向で保秘の観点からSITも京哉たち以外のSATも動かない。警視庁が県警機動隊の突入部隊と捜一及び組対のみに捜査共助依頼しガサ入れという形が取られた。
 別件で立派に逮捕可能ながら立川組長や組員たちの逮捕は視野に入れていない。目的は警視庁から要請された青柳花梨及び潜入捜査員二名の身柄のみ。

 我が県警が得るものは少ないように思えるが、これはのちに真王組と黒深会を一網打尽にする緒戦ともいえる。故に京哉たちも確実にガサ入れ隊を支援しなければならない。ここで躓けば三人の人命のみならず各捜査機関の努力が全て水の泡だ。

 対物ライフルとしてはコンパクトとはいえ、小柄な身には巨大なリンクスを抱え、京哉はバイポッドを立てて伏射姿勢を取った。派手に吐くマズルフラッシュで小田切の視覚をだめにしないようダブルガン状態を避け、隣で伏射姿勢を取る大柄な小田切より少し前進する。

 一旦京哉は窓に狙いをつけてみてから囁く勘に従ってスコープのダイアルを微調整した。SSG3000を構えた小田切が振り返り「準備良し」と頷く。

「あと十分で祭りの始まりだぞ!」

 大声で寺岡が怒鳴った。スナイパー二人はもう微動だにしない。京哉は心音と呼吸を合わせて集中していた。霧島もレーザースコープで六百二十メートル離れた向こう側をじっと見つめている。やがて寺岡がハンディの無線機音声をオープンにした。

《――突入だ! 機動隊第一班から第五班、突入! ガサ入れ本隊も続け!》

 見つめる霧島には現場の状況が手に取るように分かった。

 先陣を切るのは防弾・防刃の装備を完全にした機動隊だ。特殊防護車で青銅製の柵状門まで薙ぎ倒し、屋敷のロータリーに突入したのちガサ入れ本隊を確実に屋敷内へと入れるという荒っぽい作戦である。

 生け垣の間の石畳を走り倒れた門扉を乗り越えて、慌てふためき屋敷に走る手下を横目にロータリーまで辿り着く。
 そうして機動隊が楯で道を作った中、組対と捜一の人員がこれも機動隊員と共に玄関扉を何度も叩く。ここでガサ令状フダを翳すが素直に真王組が開ける筈もない。

 そこで機動隊がバッテリングラムなる破壊槌でドアを叩き壊し、ガサ入れ本隊は屋敷の内部になだれ込んだ。

《第一班から第三班は続け! 残る機動隊は一階からルームクリアリング、急げ!》

 背後から撃たれては堪らない。一階の部屋から全てをルームクリアリング、内部点検をし脅威となる者を排除しながら本隊の半数は上階を目指す筈だった。各部屋を開けるキィは霧島が持っていたマスターキィを複製したものだ。

 時間的には寝込みを襲った訳だが潜入捜査員まで抱えた真王組は臨戦態勢で身構えていることだろう。やがて無線機で突入隊の三階到達を知った寺岡が怒号のような声を放った。

「鳴海、撃て!」

 室内の花梨に当てられない。京哉は窓の上部を狙って二射連続で撃った。対物ライフルは桁違いの轟音を立ててマズルフラッシュを盛大に吐き出しつつバレルを前後させる。反動も凄まじく軽い京哉の躰が後退するほどだ。
 だがお蔭で防弾の窓は枠ごと外れて外に落下し素通しになる。

「小田切、突入部隊の支援だ!」

 ここからは小田切の仕事で、京哉はリンクスを置くとレーザースコープに目を当てた。そこで京哉の視界に飛び込んできたのは異様な光景だった。
 窓のあった場所から何も身に着けていない青柳花梨が身を乗り出していたのだ。今にも自ら外にダイヴしそうに見える。

「チッ、これじゃ撃てやしないぜ!」
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

校長先生の話が長い、本当の理由

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:2

ルン♪

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

古めかしいコピー機からの冒険:宝の地図の謎

O.K
エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

[完結]君と私は鏡

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

【完結】カラ梅雨、美津希! ―蛙化女子高生の日常―

児童書・童話 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

青いウサギはそこにいる

青春 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

手放す31日

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

夜の帝王は純粋なパン屋(高校生)に恋をする

BL / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:412

処理中です...