見え透いた現実~Barter.6~

志賀雅基

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第70話

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「立川拓真。十七時十二分、青柳花梨への暴行及び強制性交教唆と強要・覚醒剤取締法違反、現職警察官暴行致傷及び強制性交教唆で逮捕します」

 京哉は立川の両手首にしっかりと手錠を掛けた。捜一の係長が立川を連行して消える。霧島は京哉を促して取調室から出ると階段を降りながらその表情を窺った。

「なあ京哉、機捜の詰め所に顔を出してみないか?」
「えっ、でも僕の躰のことをみんなには……?」
「詳しくは話していないが、形成外科的手術待ちだとは伝わっている筈だ」
「……じゃあ、ぼくは遠慮します」
「そう言うな。気遣いは知っているが気遣いの要らん奴らだ」

 迷っている京哉に微笑み、半ば強引に詰め所につれ込む。すると丁度早めの夕食休憩で多数の隊員たちが戻っていて京哉に気付くと隊長そっちのけで騒ぎ始めた。

「おっ、鳴海、顔色もいいじゃないか」
「大変だったみたいだが早く戻ってきてくれよ。俺は茶坊主にされてるんだ」
「こいつの淹れる茶は世界一不味いんだぞ、鳴海の茶が懐かしいぜ」
「それより副隊長が隊長張りに麻雀三昧、書類が滞って班長が頭を抱えてるんだ」
「いやいや、みんな鳴海に頼りすぎだ。鳴海にはしっかり治して貰わんと」
「しっかり治して貰って、また頼るんだろう?」
「当たり前だ。とにかく秘書のデスクはずっと空けてあるからな」

 喋っては笑い、皆が京哉の薄い肩を叩いてゆく。どさくさ紛れに小田切が京哉に触ろうとすると霧島が京哉をサッと抱き寄せて避けさせた。
 それでまた皆が笑う。皆の笑顔につられて京哉も微笑まされた。そこで京哉は特別サーヴィスで皆に茶を配る。

 皆が静かに京哉の淹れた茶を味わっていると戸口から甘ったるい声が響いてきた。

「失礼しま~す!」

 どうやって京哉の在庁を知ったのか、またも『鳴海巡査部長を護る会』の婦警たちだった。だが今日は包みを手に入ってくると急に二人の婦警はしゃくり上げ始める。
 ビビって仰け反った京哉に抱きついての泣き声二重奏に霧島の目が気になった京哉は冷や汗をかいた。

「あ、あたしたち、『護る会』なのに……鳴海巡査部長を、ま、護れなくて」
「だから、毎日、お昼と夕方に……こ、こうして、順番で……訪ねてたんです」

 泣きじゃくる婦警二人を京哉は珍しくも素直に愛しく感じ、彼女らを両腕で包んだ。皆が「おお~っ!」と囃し立てる。泣き止んだ婦警二人から包みを貰った。

「手術成功祈願クッキーなんです!」
「絶対美味しいから食べて、それで頑張って治して下さい!」
「有難うございます。気持ちは充分に頂きましたから毎日の差し入れは結構ですよ」
「「はいっ!」」

 婦警二人が出て行くと、京哉は貰ったばかりのクッキーを皆に配る。クッキーはお守りの形にアイシングで『必勝』と書かれていて、まるで受験生のような気分で京哉は有難くポリポリと二枚食べた。

 二杯目の茶を配るとまだ治り切っていない躰が疲れを訴える。それに先程は発作が起こる寸前まで心身ともに追い詰められたばかりなのだ。顔色だけで京哉の状態を察知した霧島が腰を上げた。

「では、また暫く休ませて貰うが皆で副隊長を支えつつ協力してやってくれ」
「気を付け! 相互に敬礼!」

 小田切の鋭い号令で皆が身を折る敬礼をした。霧島と京哉も身を折って最敬礼で答礼する。そして詰め所を出ると階段を降りて裏口から出た。白いセダンで二人は帰途に就く。走り出してから幾らも経たないうちに、霧島がふいに京哉に謝った。

「すまない、京哉」
「えっ、何がですか?」
「私のせいでお前は立川にあのような真似をされたんだ。立川に私たちの素性がバレていると感じた段階ですぐさま退くべきだった。なのに私が任務にこだわったばかりに私への恨みを立川はお前にまで募らせて……」
「うーん。忍さん、ちょっと車を停めて貰えますか?」

 要請通りにハザードランプをつけて路肩に停止した。するとシートベルトを外した京哉は予備動作なしに霧島に平手打ちを見舞う。武道に長けていながら狭い車内では避けられず、小気味のいい音と共に霧島はそれをまともに食らった。

「あっ、つうっ……このパターンは二度目か」
「そうですね。でも忍さん、貴方は僕を舐めているんですか? 僕と貴方はバディでパートナーでしたよね。なのにどうして自分だけのせいにしてしまうんですか?」
「それは……すまん、悪かった」
「僕を本当にバディでパートナーだと認めてくれているのなら、もう謝らないで下さい。それに僕は忍さんと小田切さんを嵌めてまで自分の意志で動いたんですから」
「ああ、そうだったな。もし嵌められなくてもお前を止められたかどうかは分からんな。お互いに頑固で参る。似た者同士、私とお前は何処までも対等イーヴンだ」
「分かって貰えたらいいです。なら今日もスーパーカガミヤに行きますよ!」

 平手打ちを食らったのは不覚だが、あれだけ沈んでいた京哉が機捜で皆から元気を分けて貰ったようで霧島もホッとしていた。いや、元気を分けて貰ったのは自分もかと思う。そこで今まで働かなかった思考が巡り始めて霧島は京哉に訊いた。

「おい、京哉。親父にお前のことを告げてもいいか?」
「御前にですか? どうしてでしょうか?」
「霧島カンパニー会長のコネなら腕のいい形成外科医を手配できる筈だ」
「あっ、そうだ! 是非お願いします」

◇◇◇◇

 機捜で元気を分けて貰った二人は豪快にステーキを焼いて夕食にした。温かくしたロールパンとサラダに霧島お得意のコーンスープは綺麗に二人の胃に収まる。

 交代でシャワーを浴び、リビングでTVニュースを眺めつつ、ウィスキーを味わった。京哉は煙草を肴にしていたが、霧島まで煙草を咥えて火を点けると不思議そうに見る。

「そんな顔をするな、一本だけだ」
「そういや大学時代に止めたんでしたっけ、中学生の頃から吸い始めて」
「まあな。小田切に唆されたんだ」
「ところでその小田切さんですけど、何かの罪に問われるんでしょうか?」
「メディアに洩れても拙いからな。だが本部長も承知だ。内々の処分は食らうだろうが、それも私が復帰してからになるだろう。今は副隊長に抜けられると正直、困る」
「でも処分ですか。隊長と副隊長が揃ってキャリアで揃って凶状持ちなんて、機捜も結構珍しいかも。おまけに秘書は元暗殺スナイパーだし。異例の集団ですよね」
「お前はまたそういう自虐的な言い方をする」

 煙草を燻らせて顔を曇らせた霧島に京哉は微笑んで首を横に振った。

「そっちに重きを置いた話じゃなくて誰かさんと小田切さんのことですよ」
「構わん、私も小田切も現場を望んでいる。これでもキャリアだ、経歴に多少の瑕をつけておかないと、輝かしい活躍ぶりに現場を外されてしまうからな。偉くなり過ぎないようバランスが大切だ」
「高みからの科白が素敵に妬みを誘いますけど、僕もバディを取られるのは困りますからね。普通キャリアは長くても二年で異動しますし、もしサッチョウに召還されたら距離的にも離れちゃいますし」
「それに関しては心配要らん。懲戒食らっただけでなくサッチョウの上の『知る必要のないこと』まで知った私の処遇は簡単には決まらん。喩え将来私が異動しても秘書は必ずつれて行くからな」
「遠恋もつらいけれど、一生貴方の書類の代書係っていうのもどうですかね。いい加減にオンライン麻雀だの空戦ゲームだのから足を洗って――」

 他愛のない話をしながらゆっくり飲み日付が変わる頃に霧島がグラスを片付けた。

 だが寝室に引っ込んでベッドに上がると京哉はどうしても霧島を必要以上に意識せざるを得なくなる。何となくこれまで以上に煮詰まった空気を感じてベッドに座ったまま霧島を窺った。すると灰色の目が見返して思わぬことを言い出した。

「京哉、今日はお前を抱き締めて眠ってもいいか?」
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