見え透いた現実~Barter.6~

志賀雅基

文字の大きさ
63 / 72

第63話

しおりを挟む
「寝言は寝てから言って下さい。忍さんへの愛に決まっているじゃないですか」

 堂々と言い放たれてうろついていた霧島も耳聡くキッチンにやってくる。

「あれは俺の件として話した筈だぜ、霧島さんは関係ないじゃないか」
「関係大ありですし、このことに関してはもう忍さんと話は終わってますから」
「えーっ、なになに、俺には話してくれないの?」
「ったく。……僕は誰にも忍さんを取られたくないんです、結城友則さんにもね」

 軽い調子で馬鹿の相手をしている京哉は背を向けてひたすら玉ねぎをみじん切りしている。その薄い背に霧島が低い声を届かせた。

「前も言ったが、結城のことで私はお前を不安にさせた覚えは全くないのだがな」
「別に不安なんて言ってませんよ、僕も。貴方が結城さんと縒りを戻す心配だってしてませんし。過去まで掘り起こして責めるつもりもありません」
「ならば何故結城に取られるいう発想が出てくるんだ?」
「だって僕は、過去はどうあれ今現在の霧島忍は僕のものだと思っていますよ、違いますか? 逆を考えてみて下さいよ」
「確かに違わんな。お前が私のものであるように、私もお前のものだ」

 新たに一個玉ねぎを剥いて追加しながら京哉は背を向けたまま話を続ける。

「貴方の過去まで口出ししようって訳じゃないんです。でも今回の小田切さんの持ち込み案件で結城友則さんは貴方の意識に浮上した。過去でなく『今、現実に』浮上したんです。じゃあその案件が片付かない限り、結城友則さんの名がちらつくじゃないですか? そのたびに僕は結城さんの幻影に嫉妬しなきゃならない」
「お前が見たこともない結城の幻影と踊るハメになると?」
「ええ。どうせ踊りとも言えないくらいみっともない……でも絶対に負けられない独り踊りですよ。今、忍さんの心を結城さんの記憶が占めているんじゃないかって思うたびにじたばたとね」
「そうか、だからお前は率先して案件を片付けたがったと」
「貴方のことは誰にも欠片だって譲れないんです。僕には貴方だけ……多分重たいでしょうし色々と厄介なものも背負ってますけど、選んだご自分を責めて下さいね」
「……京哉、お前」

 これだけストレートに言われて霧島が嬉しくない訳がなく、背を向けている京哉と完全に二人の世界を構築していた。
 弾き出された小田切はいじけた挙げ句、勝手にウィスキーとグラスを出して飲み始めたが、それでも霧島は許してしまうくらい幸せだった。あとでツケておこうと思う。

 ただ、こんなに素直な愛を表現できる京哉が、他人を前に幾つかの条件が揃ってしまうと『プログラム通りに動く』ようにしか動けなくなるのがもどかしい。やはり暗殺で心の一部は壊れてしまい、それ以上の崩壊を防ぐための防御反応なのだろう。

 却ってその機能が働いている間は安全なのかも知れず、今回の花梨の死に対しても心を護る防御機能が働いたお蔭で助かったのではないかと思った。

 だが暫くは要注意だ。思い切った行動を取られる前に止めなければならない。京哉は決めたら必ず実行する。霧島はある意味自分と非常に似ている男への警戒を解かないつもりだった。そう長い間ではない。もし京哉が動くなら時間は掛けないだろう。

 京哉が作り始めたのは得意なミートソースのパスタだった。勿論ミートソースはお手製である。茹でたてのパスタにミートソースをたっぷりとかけ、ベーコンとレタスのサラダに熱々のコンソメスープを添えて、すっかり準備を整えてからリビングでニュースを見ていた二人を呼んだ。

 着席して食べ始めるとあっという間におかわりの声が掛かる。スープまで全てが綺麗に三人の胃袋に収まると後片付けは霧島が請け負ってくれた。京哉と小田切は煙草を二本吸い、京哉はバスルームでシャワーを浴びる。

 薄いヒゲも丁寧に剃って上がってみると、リビングの二人掛けソファでTVを点けたまま小田切はもう居眠りをし、霧島も眠そうに大欠伸ばかりしていた。

「ふあーあ。どうしてこんなに眠いんだろうな?」
「疲れが溜まってるんでしょう。まだ抜糸もしていないのに出勤したんですから」
「それにしても不思議なくらい眠気が……ふあーあ」
「忍さん、眠るならベッド!」
「『ハウス!』みたいに言ってくれるな、私は犬ではない」

 文句を垂れながらも霧島はわざわざ京哉の手を握って寝室に向かう。京哉は甲斐甲斐しく霧島がパジャマに着替えるのを手伝った。
 そのまま霧島がダブルベッドに横にあるのを待って毛布を被せる。眠気に抗えず霧島は幾らも経たずに眠りに落ちた。
 
 そんな年上の愛し人の寝顔を京哉は暫し見つめ、シャープなラインを描く頬にそっと唇を押しつけた。
「すみません、忍さん」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...