C-PTSD~Barter.3~

志賀雅基

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第3話

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「挙動不審すぎるぞ、京哉」

 また頭上から声が降らせてきたと思えば、霧島は素早く京哉の耳朶を舐めてから、すっと離れた。ぞくりと京哉は身を震わせたが、その時には既に霧島は前に出て京哉の代わりに、ここのお抱え医師からシャンパンを注がれている。

 祝勝会だがゲストを呼ぶでもなく京哉も良く知った身内だけのパーティーだ。

 京哉自身は親兄弟もいない天涯孤独の身だが、この保養所のメンバーは気の置けない人間ばかりで、本当に自分を祝ってくれる人々だけで固めてくれた御前に感謝していた。
 御前とは息子の霧島より、京哉の方が余程気が合うのだ。

 だが京哉は心の底まではこういった明るい場に馴染めていない自分を自覚し、そんな不幸体質とでもいう感覚に沈む。思いに沈み、過去の映像記憶が蘇っては僅かに動きを止め……そのたびに霧島の視線を感じて首を横に振った。

 仕方ない。言われるままに狙撃するしかなかったのは事実だが、この手が血に塗れているのもまた事実なのだから。スコープ越しに見たターゲットの無残な顔は残らず脳裏に焼きついている。

 よく外国のシリアルキラーが三桁もの殺人を全て覚えていると証言するのをネットなどで見るが、あれはまんざら嘘じゃないと京哉は思う。

 やがてパーティーはどんちゃん騒ぎから修羅場に突入する。腹踊りをする厨房のシェフたちが謎料理を供し、御前と今枝執事の浪花節カラオケ大会で皆が顔を引き攣らせた。もうこうなったら先に酔っ払った者勝ちである。再び京哉も飲み始めた。

 しかし新たに二杯飲んだところで急に躰が浮いた。霧島に担ぎ上げられたのだ。

「わっ、わああ~っ! 何するんですか、忍さん!」
「それ以上飲まれると、私の愉しみがふいになるからな」

 またも黄色い声に囃し立てられたがものともせず、霧島は右肩に京哉を担ぎ左手にシャンパンのフルボトルという姿で大食堂を離脱する。京哉はメタルフレームの伊達眼鏡を押さえた。これはスナイパー時代に導入した自分を目立たせないためのアイテムだ。一度壊れたが既にフレームのない視界は落ち着かなくて再購入した。

 そのまま霧島は大食堂を出てエレベーターで最上階の四階に上がる。廊下を歩いて京哉専用の部屋に入るとセミダブルベッドに京哉を投げ出した。

「わあっ、危ないじゃないですか!」
「そう喚くな。ここからは私とお前だけの二人で祝勝会だ。文句があれば挙手!」
「文句はないですけど……あ、すみません」

 サイドボードから出したグラスにシャンパンを満たして渡され、霧島の左薬指を見て自分とお揃いのリングに京哉の頬は思わず緩む。半月ほど前の二十四歳の誕生日に霧島から貰ったペアリングだ。
 職場の機捜で皆にニヤニヤされるのは恥ずかしかったが、隊長の霧島が涼しい顔をしているのに力を得て京哉も外さず嵌めている。

 プラチナの輝きを眺めながらベッドに横並びに腰掛け、二人はひとつのグラスでシャンパンを味わった。京哉が口をつけたグラスを取り上げて飲み干し霧島は微笑む。

「盃でも交わしたみたいだな」
「忍さん。貴方が組長なのはいいとして、僕に組員は似合いませんよ」
「誰が組長だ。それに何を勘違いしている、私が言っているのは三々九度の盃だ」
「あ、結婚式……そっちでしたか」

 色気もへったくれもない恋人に霧島は溜息を洩らした。

「まあ、仕方ないかも知れんがな。指定暴力団・海棠かいどう組か……」
「海棠組ですねえ……」

 しみじみ呟き京哉も溜息をつく。二人の所属する機捜は覆面パトカーで密行警邏をしては、殺しや強盗タタキに放火その他の凶悪犯罪が起こった際に初動捜査に当たるのが職務だ。本拠地の隊本部は貝崎市と隣接する白藤しらふじ市内の県警本部内にあった。

 そして此度この辺りに活動拠点を置く指定暴力団・海棠組の組長が上位団体の組長から盃を受けて執行部の若頭補佐に引き立てられる運びとなった。
 だがヤクザの世界もカネ次第で盃を貰うには多額の上納金が要る。そのカネをかき集める組員たちによる犯罪が横行、京哉たちもここ暫く食傷気味なほど忙しい毎日を送っていたのだ。

 通常機捜は二十四時間交代という過酷な勤務体制だが機捜隊長の霧島とその秘書である京哉に限っては内勤で日勤、土日祝日は基本的に休みだ。
 しかし事件が立て込むと休日返上となる。けれど京哉にとってSBの大会は外せなかったので、霧島ともども土曜の休日の上に有休届けまで出して今日に臨んだのだった。

 そんな流れを思い出した京哉は更に思い出し上司に念を押す。

「この前、佐々木ささき三班長が挙げた銃刀法違反の書類、早く出して下さい」
「お前な。せっかくの休日に野暮なことを……」
竹内たけうち一班長も田上たがみ二班長も陰で嘆いてるんですよ、書類という書類が滞って余所の部署から顔を見れば文句を言われ……んんっ!」

 眉間にシワを寄せた霧島は有無を言わさず京哉の口を己の唇で塞いだ。手にしたグラスをナイトテーブルに置くと京哉の小柄な躰を押し倒す。逃れようと藻掻く京哉を押さえつけておいて貪る勢いで口内を舐め回し唾液ごと舌を吸い上げた。

「んんぅ……ん、っん、んん……はあっ! 窒息するじゃないですか!」
「お前が余計なことばかり言うからだ」
「余計じゃありません。それにここで僕が変死したら懲役五年は固いですよ?」
「お前を殺すなど有り得ん。逆に私が腹上死なら可能性はゼロではないが」
「それこそ有り得ないですよ、いつも人を失神するまで追い込むのは誰ですか?」
「他の誰でもない、私だ……なあ京哉、だめか?」

 急に低い声に甘さを混じらせた男は京哉にのしかかったまま、切れ長の目に溢れんばかりの情欲を湛える。脚をベッドのふちから投げ出した形の京哉の膝を己の膝で割り開いてスラックスの前を擦りつけた。
 衣服の上からでもはっきりと分かるくらい、そこは硬く成長していた。

 太腿に擦りつけられ、覗き込まれて京哉は知らず吐息を浅く速くした。
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