C-PTSD~Barter.3~

志賀雅基

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第12話

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 ジョークを言い合っている場合ではない。
 貫通弾が京哉と霧島に当たらなかったのは奇跡的、京哉は素早くシートを倒して後部座席の沙織に覆い被さり伏せている。のしかかられて沙織が暴れながら喚いた。

「何なの、重いわ、退いてよ!」
「いいから大人しく伏せてて下さい! 忍さん!?」
「私は大丈夫だ、絶対に顔を上げるな!」

 叫びの応酬をしている間にも後部側のサイドウィンドウまで砕け散る。

 ガラス割りとはヤクザが敵対組織や脅迫相手のヤサに銃弾を撃ち込む行為なので今は単に銃撃というべきかも知れないが、それが何故こんな所でこの車に仕掛けられたのかが分からない。だが今は考えるより銃弾を浴びない工夫を凝らすしかなかった。

 京哉は伏せつつひたすら沙織を押さえつけ、霧島は狭い路地でバックするより門扉に入ってしまう方が得策だと冷静に見極める。ステアリングに伏せたまま銃撃が左方向からだけなのも見取っていた。

 そこでゆっくりと開きかけている門扉にセダンのノーズを突っ込む。はっきり言えば後部座席の沙織などどうでもよく、本能的に前席の自分と京哉だけ護ろうとしたのだ。
 すると門扉は途中からスムーズに開き始めた。主人に忠実な門扉である。霧島はアクセルを踏み込んだ。

 だが尻を晒した形の白いセダンはリアウィンドウにも銃弾を食らう。貫通弾が霧島の耳元ギリギリを通過しフロントガラスにめり込み止まった。
 衝撃を食らって次弾を予測した霧島が珍しく運転を誤る。

 滑った白いセダンはテールを振って丸く刈り込まれた植え込みを踏みしだいた。
 素早く立て直した時にはフロントグリルの右側で明かりの灯った石灯籠を石くれに変えている。
 本来は歩いて渡る池の石橋を車で渡って錦鯉を仰天させたのち、ヒネた形の松をバキバキと二本折った挙げ句、和洋折衷建築の屋敷の車寄せで何とか停まった。

「おい、京哉、生きているな。沙織は死んだのか?」
「すみません。咄嗟に助けてしまって、残念ながら……」
「何よ、それ! でも何だったのか説明して頂けるかしら?」

 銃撃を受けたと京哉が告げている間に霧島が携帯で機捜本部にコールして三班長の佐々木警部補と連絡を取り、捜一と組対にも連絡するよう命じた。
 だがまだ銃撃終了とは誰も宣言していない。白いセダンの中に身を潜めたまま京哉と霧島は懐から引き抜いたシグ・ザウエルP230JPを手にしている。

 けれど約一分後には監視カメラに映った客人とメールで連絡してきた女子高生社長を迎えに出てきたメイドたちに囲まれて二人は銃を懐に収めた。撃たれても人の楯があるから大丈夫だろうという、多分に鬼畜な発想からの行動だった。

 フロントの合わせガラスにめり込んだ弾丸を京哉がつつく。

「この弾丸、三十八口径SP弾サンパチ・スペシャルですから距離的に人を貫通しないでしょうしね」
「そうだな。何なら後部座席の住人も外に蹴り出してやるか?」
「忍さんらしからぬストレートさですね。それにしても何者でしょうか?」
「分からんが身内を疑わなければならんのは痛いな」
「うーん、元・暗殺肯定派……サッチョウかあ。ありがちですよね」
「もういい、車内の空気が女子高生臭くて堪らん。知能が低下するから降りるぞ」
「そうですね。降りましょう」

 京哉はムッとしたらしい沙織にも降車許可を下ろす。銃撃を食らったと聞いて頬を僅かに硬くしたお嬢さまは、だがそれ以上の反応を示すでもない。相変わらず胆の据わった女子高生だ。

 そう京哉と霧島がアイコンタクトで伝え合いつつ降りてみると、白いセダンは修理可能なのか疑わしいくらいの損傷を負っていた。
 京哉と霧島は同時に溜息をつく。そこで暢気にも沙織が二人に声をかけてきた。

「うちの白藤支社専務と常務が中のサロンで首を長くして待っておりますわ。入って頂いても宜しくて?」

 京哉が霧島を窺うと駒をひとつでも進めたい霧島は同意する。屋敷内は靴を脱がなくてもいい造りで、そのまま二人は沙織を先導にサロンとやらへ足を運んだ。
 沙織は一旦姿を消し、代わりに過剰に愛想のいい中年男二人に出迎えられる。

「お待ち申し上げておりました。アガサ商事白藤支社専務の吉川よしかわです、霧島さん」
「同じく常務の青木あおきです。お越し頂けたとは光栄です、霧島さん」

 アガサ商事白藤支社の専務常務コンビは京哉をまるきり眼中に置いていなかった。霧島カンパニー次期本社社長の噂も高い霧島忍のみをもてはやす。却って気が楽になった京哉は香りのいい紅茶を啜るだけだ。

 上手くすれば霧島が沙織の婿がねになるとでも思っているのだろうか。上司で社長とはいえ沙織は未成年だ。アガサ商事の役員たちにとっては沙織も駒のひとつなのかも知れない。そんな風に考えた京哉は霧島に目をやった。
 
 そこで巨大な音が霧島の腹から鳴り響き、思わず京哉は頬に血を上らせる。

「まるで僕が何も食べさせてないみたいじゃないですか!」
「それはないと明言するが、止められるものでもないんだ。仕方ないだろう」

 腹の音に続く二人のやり取りが目前の役員二名の更なる愛想笑いを誘い、すぐさま晩餐に場を移そうという時になって警察諸氏が到着した旨をメイドが告げた。
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