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第13話
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所轄の白藤署刑事課に本部捜一と組対、おまけに機捜三班にまで囲まれて事情を訊かれ、実況見分に臨み、地取りなる周辺住民への聞き込みに参加し、部下の乗ってきた覆面に便乗しての初動捜査に従事して、ようやく捜査組が引き上げると同時に当事者としては釈放となった。
残るは今暫くの機捜としての捜査だったが、あの手の犯行で被疑者が今頃そこらを歩いている筈もない。密行警邏の範囲を広げるくらいしか出来ることはなかった。
霧島が機捜隊員たちに指示を出して覆面を見送り、白いセダンがレッカー車で連行されるのを眺めると、メイドに再びサロンまで案内して貰って役員二名と再び現れた沙織に辞去の挨拶を述べる。
「騒がせて申し訳なかったが、これも市民の務めと容赦願いたい。では」
社長の沙織及び役員二名は晩餐にこだわったが、一台だけ残した覆面の乗員である部下を理由に霧島はソファから腰を上げた。京哉も倣う。耳が痒くなるような役員たちのヨイショや沙織の嫌がらせに付き合う根性など、もう二人から失せていた。
「でも鳴海さん、後日必ず仕切り直しよ」
覆面に乗り込む前に耳元に囁かれて京哉は伊達眼鏡を押し上げつつ仕方なく頷く。傍目には恋人同士が次の約束を交わしているかのよう、だが京哉にしたら夢でなく死刑台で吊るされるかも知れない、まさに死活問題だ。
暫くは従うしかない。
それでも自分だけ一方的に追い込まれるのは癪なので沙織に念を押す。
「貴女もくれぐれも気を付けて下さい、銃撃は貴女を狙った可能性が高いですから」
「分かってるわ、うちの前で待ち伏せしてたんですものね」
本当に分かっているのか怪しい軽い調子で沙織は返し、対して京哉は心の中で色々な注意点を列挙したが、説教臭く言ったところで聞く耳など持たないだろうと思い、全て呑み込んで覆面の助手席に座った。
ドライバーは栗田巡査部長で、後部座席に収まった霧島隊長の存在に緊張がありありと窺える様子で覆面を発車させる。
だがこの場は緊張していても後で懲りずに皆の前で『鳴海が夫の霧島隊長の目前で公然と浮気してたぞ』と触れ回るのは目に見えているので京哉は同情しない。
怒鳴られたりイビられた程度で懲りるようではサツカンなど務まらないのだ。
約二十分で本部に到着して機捜の詰め所に三人は戻る。そこで警電を取った霧島は県警本部長の一ノ瀬警視監に沙織が現れた経緯から、今夜銃撃を食らった事実まで仔細に報告した。
見た目は幕下力士そっくりだが元々暗殺反対派上層部の切れ者である一ノ瀬警視監は霧島と京哉に職務時間外でも銃を携行できるよう本部長特令を下ろしてくれる。
警電を切るのを待っていた京哉は幕の内弁当の残りを二人分確保し、一番上等な茶を淹れてデスクで頂いた。冷たい上にいつもと変わり映えしない飯だが妙に旨い。
「空腹は最高の調味料なんて言いますけど、本当ですね」
「どんなディナーより私はお前と食えたら、それが最高の飯だ」
ゆっくり味わって食し終えると新たに茶を淹れ直して京哉は数時間ぶりの一服だ。
「そういや霧島警視、今夜はどうやって帰るんですか?」
「保養所に連絡して例の黒塗りを借りた」
「ああ、送迎用の防弾車両ですね」
「もう駐車場に着いている筈だ。それと京哉」
「えっ、はい、忍さん」
「沙織の件だが……いっそとことん付き合ってやるのも手だと思うが、どうだ?」
自分から言い出しておいて、その歯切れの悪さに京哉は霧島を振り向き凝視する。ひとつの打開策として提示した年上の男は灰色の目を伏せていた。
プライドと口にまで出してしまった嫉妬心がせめぎ合うのを見られたくなかったのだろう。
「それで本当にいいんですか?」
「お前がいいなら」
「分かりました。明日から定時以降はなるべく沙織に時間を割くことにします」
沙織に張り付けば情報源としての誰かが見えてくる可能性がある。警察が総力を以て秘匿した事実を一部とはいえ掘り起こした者が誰かなのはまだ目鼻も付かないが、とにかく恐喝じみた真似を止めさせる糸口が見つかるかも知れない。
目的に達するための手段としては充分にアリだと考えて、京哉は霧島への罪悪感を薄めようとした。それと共に沙織が現れて以来頻繁に起こるようになった幻覚並みのフラッシュバックに対して憂鬱になる。
「忍さん。貴方といると入り込んでくる隙間も狭くなるんですけどね」
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ、何でもありません、霧島警視」
残るは今暫くの機捜としての捜査だったが、あの手の犯行で被疑者が今頃そこらを歩いている筈もない。密行警邏の範囲を広げるくらいしか出来ることはなかった。
霧島が機捜隊員たちに指示を出して覆面を見送り、白いセダンがレッカー車で連行されるのを眺めると、メイドに再びサロンまで案内して貰って役員二名と再び現れた沙織に辞去の挨拶を述べる。
「騒がせて申し訳なかったが、これも市民の務めと容赦願いたい。では」
社長の沙織及び役員二名は晩餐にこだわったが、一台だけ残した覆面の乗員である部下を理由に霧島はソファから腰を上げた。京哉も倣う。耳が痒くなるような役員たちのヨイショや沙織の嫌がらせに付き合う根性など、もう二人から失せていた。
「でも鳴海さん、後日必ず仕切り直しよ」
覆面に乗り込む前に耳元に囁かれて京哉は伊達眼鏡を押し上げつつ仕方なく頷く。傍目には恋人同士が次の約束を交わしているかのよう、だが京哉にしたら夢でなく死刑台で吊るされるかも知れない、まさに死活問題だ。
暫くは従うしかない。
それでも自分だけ一方的に追い込まれるのは癪なので沙織に念を押す。
「貴女もくれぐれも気を付けて下さい、銃撃は貴女を狙った可能性が高いですから」
「分かってるわ、うちの前で待ち伏せしてたんですものね」
本当に分かっているのか怪しい軽い調子で沙織は返し、対して京哉は心の中で色々な注意点を列挙したが、説教臭く言ったところで聞く耳など持たないだろうと思い、全て呑み込んで覆面の助手席に座った。
ドライバーは栗田巡査部長で、後部座席に収まった霧島隊長の存在に緊張がありありと窺える様子で覆面を発車させる。
だがこの場は緊張していても後で懲りずに皆の前で『鳴海が夫の霧島隊長の目前で公然と浮気してたぞ』と触れ回るのは目に見えているので京哉は同情しない。
怒鳴られたりイビられた程度で懲りるようではサツカンなど務まらないのだ。
約二十分で本部に到着して機捜の詰め所に三人は戻る。そこで警電を取った霧島は県警本部長の一ノ瀬警視監に沙織が現れた経緯から、今夜銃撃を食らった事実まで仔細に報告した。
見た目は幕下力士そっくりだが元々暗殺反対派上層部の切れ者である一ノ瀬警視監は霧島と京哉に職務時間外でも銃を携行できるよう本部長特令を下ろしてくれる。
警電を切るのを待っていた京哉は幕の内弁当の残りを二人分確保し、一番上等な茶を淹れてデスクで頂いた。冷たい上にいつもと変わり映えしない飯だが妙に旨い。
「空腹は最高の調味料なんて言いますけど、本当ですね」
「どんなディナーより私はお前と食えたら、それが最高の飯だ」
ゆっくり味わって食し終えると新たに茶を淹れ直して京哉は数時間ぶりの一服だ。
「そういや霧島警視、今夜はどうやって帰るんですか?」
「保養所に連絡して例の黒塗りを借りた」
「ああ、送迎用の防弾車両ですね」
「もう駐車場に着いている筈だ。それと京哉」
「えっ、はい、忍さん」
「沙織の件だが……いっそとことん付き合ってやるのも手だと思うが、どうだ?」
自分から言い出しておいて、その歯切れの悪さに京哉は霧島を振り向き凝視する。ひとつの打開策として提示した年上の男は灰色の目を伏せていた。
プライドと口にまで出してしまった嫉妬心がせめぎ合うのを見られたくなかったのだろう。
「それで本当にいいんですか?」
「お前がいいなら」
「分かりました。明日から定時以降はなるべく沙織に時間を割くことにします」
沙織に張り付けば情報源としての誰かが見えてくる可能性がある。警察が総力を以て秘匿した事実を一部とはいえ掘り起こした者が誰かなのはまだ目鼻も付かないが、とにかく恐喝じみた真似を止めさせる糸口が見つかるかも知れない。
目的に達するための手段としては充分にアリだと考えて、京哉は霧島への罪悪感を薄めようとした。それと共に沙織が現れて以来頻繁に起こるようになった幻覚並みのフラッシュバックに対して憂鬱になる。
「忍さん。貴方といると入り込んでくる隙間も狭くなるんですけどね」
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ、何でもありません、霧島警視」
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