C-PTSD~Barter.3~

志賀雅基

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第14話

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 鑑識作業を終えた白いセダンの復活まで見積もりでは二週間の予定、組関係者と勘違いされそうな黒塗りで二人が通勤し始めて五日が経っていた。
 だが二人揃って乗るのは出勤のみで帰りは霧島一人だ。京哉は定時以降ずっと沙織と同行していた。

 京哉の努力で沙織は機捜の詰め所にまで出現することはなくなったが、その代わりに本部近くのファミレスで待ち合わせしていると霧島は京哉から聞いていた。

 合流してから女子高生社長さまは京哉を従者の如く買い物などに引っ張り回しているようだが嫌がらせ的発言と命令以外は一言も喋らないらしい。
 おまけに一介の警察官でしかない京哉は家人の受けも悪いだろうに帰りはいつも二十一時過ぎだという。タクシーを使わない京哉の帰宅は午前零時近いこともあった。

 あまりに消耗して帰ってくると勘繰りたくもなる霧島だったが、本日の報告を聞くとカラオケで三時間歌わせられたなどという馬鹿げた状況だったりするのだ。

 それに心配は相手が若い女性というだけではない。また銃撃を食らったら京哉一人で防ぎきれるのかという懸念もあった。それでも霧島は様々な思いをねじ伏せて京哉を信じ、何らかのヒントでもいいから手に入れてくるのをじっと待っていた。

 だが疲れ果てて帰ってくる京哉がたびたび高熱を発しているのも知っていて何処でタオルを投げたらいいのか模索しながら、六日目には身の置き所がない思いで夜間の密行に参加する。

 本日の上番は三班で相勤者に栗田巡査部長を指名して皆を引かせた。

 しかしめげないタイプの栗田は相勤者として愉しい男ではあった。覆面を運転しつつ機捜隊員たちの私生活における笑い話を語って聞かせ、警邏をしているのか高座に上がっているのか分からないほどである。幾度かは霧島も笑わされたくらいだ。
 けれどネタも尽きてくると栗田はやけに真面目な顔つきで訊いてくる。

「でも隊長、鳴海を放っておいていいんすかね?」
「相手は女子高生だ。向こうが飽きたら戻ってくる」

 京哉が元・暗殺スナイパーでそれをネタに脅されているなどと部下には言えない。迂闊に悟られないよう年上の男の余裕を見せて言ってのけたが、栗田は本気で心配しているらしかった。

「そうは言いますが最近の女子高生は進んでるっすからね、侮れないっすよ」
「侮れなくても仕方ない、SAT狙撃班員という秘密を質に取られている」
「そう、それっすよ。幾ら鳴海の側が拒否しても秘密を楯に脅されたら、しぶしぶ乗っかることもあるんじゃないっすかね。この前たまたま補導した女子高生もカラオケボックスで男と――」

 滔々と栗田は霧島の内心破裂しそうなまでに膨れ上がっている不安を刺激する話を列挙し、やがて自分と幾らも歳の違わない上司が石の如く押し黙っているのに気付いて口を噤んだ。

 そこで車載無線に飛び込んできたのは白藤市内で銃撃という報だった。

《――指令センターより機捜五、現在地より南へ二キロメートル地点の青柳あおやぎ第二ビル付近にて銃撃されたと男性より携帯にて入電。現着可能ならどのくらいで臨場できますか、どうぞ》

 素早く霧島が無線を手にした。腕時計を見ると現在時は二十時三十八分だった。

「こちら機捜五。二十時四十三分臨場予定。緊走にて現場に向かう」

 ギョッとしたのは栗田である。二キロといっても都市内であり、あくまで直線距離での二キロなのだ。とっとと霧島がパトライトと緊急音を出した傍でアクセルを踏み込みながら喚く。

「だからって五分は無茶ですよ! この車は空飛べないっすよ?」
「私なら五分で臨場する。喚いている余裕があるなら集中しろ!」

 相勤者の的確なナビで栗田巡査部長は何とか六分後に指示された現場に覆面を着けていた。無線に入ってくる続報は錯綜していたが、誰かが撃たれて救急要請しているのは分かる。撃ったマル被は不明。機捜としてはこのまま警邏してマル被の捜索に当たるのが順当と思われた。
 幸い整理の必要な野次馬も辺りには見当たらない。

「マル害が自分で通報したみたいっすね」

 暢気な栗田の声など霧島は聞いていなかった。ビル外壁に凭れた人影を目敏く発見したからだ。途端に全身の血が冷えてゆくような感覚に陥り反射的に叫んでいる。

「京哉……京哉!」

 低速走行中の覆面のドアを開けるなり飛び降りて駆け出した。二十メートルほど走って街灯と覆面のライトに照らされた京哉の許に辿り着く。
 眩しさに目を眇めた京哉は明らかに顔色が蒼白だ。傍には手で口を押さえた沙織が立ち尽くしている。

 辺りを見回すとアスファルトの地面には三十二ACP弾の空薬莢が複数と水滴のような染みが落ちていた。零れる水滴は染みを作り黒い水溜りを広げつつある。

「京哉、まさか……何処を撃たれた!?」
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