15 / 52
第15話
しおりを挟む
「すみません、隊長。ホシに逃げられました」
「そんなことは訊いてない、何処を撃たれたのか訊いている!」
「完全に外すなんて……チッ!」
ライフル狙撃だけではなく京哉はハンドガンの才能にも恵まれているのを霧島も知っているが、そんなことより舌打ちに驚きつつ重ねて大声で訊いた。
「私の言うことが分かるか? 何処を撃たれたのか言え!」
蒼白な顔色をした京哉はようやく左手に握ったシグ・ザウエルP230JPの銃口で自分の右腕を示した。霧島はその右腕を取る。
すると手首と肘の中間辺りの衣服が破れ、血が噴き出していた。すぐさま霧島は自分のタイを解くと京哉の肘を締め上げて止血処置する。
「あの、これを……」
差し出された沙織のセーラー服のスカーフを三角巾代わりにして首から腕を吊らせた。応急処置を終えると同時に救急車が現着。大通りから一本裏に入ったここまでは栗田が救急車を誘導してきた。
だが京哉は救急車に乗ろうとせず喋り続ける。
「逃がしましたが、ホシの人着は確認しました。男性一名。中年でやや太め。黒髪短髪。スーツではなく茶色のジャケット着用。ベージュのスラックスに白いスニーカーです」
「京哉、もういいから救急車に乗れ」
「顔立ちから、おそらく日本人。眉が吊り気味で太く……」
「もう黙れ、京哉!」
犯罪被害者として亡くなった母の遺体を救急車に載せて貰えなかった過去から京哉が救急車を嫌うのは承知だが、堪らなくなった霧島は京哉を横抱きにすると救急車につれ込んだ。あとから沙織も乗ってくる。
先日の銃撃では平然としていた沙織が今は京哉と同じくらい顔色を悪くしていた。尤もこちらの反応の方が普通だろう。
現場保全を栗田に任せ、霧島は京哉に付き添い白藤大学付属病院に向かった。
ストレッチャに寝かされて喋るのをやめた途端に京哉は気を失ったらしい。まさか死にかけたのかと思い、ぶん殴って起こそうとした霧島は救急隊員に制止される。
「眠っただけですから。それに出血は多いですが傷は深くありませんよ」
僅かな安堵を得た霧島は沙織に矛先を向けて銃撃された時の状況を訊いた。捜査員による正式な聴取と理解したのか沙織は素直に話し始める。
それに依ると買い物やカラオケに飽きた女子高生社長さまは青柳第二ビルの屋上庭園から夜景を見ようと思い立ち、従者と共に現場近くまで歩いてきたのだという。
「けれど正面エントランスは閉まってて、裏なら開いているかと思って……」
「どうやって撃たれた?」
「歩いていたら追い越して行ったのよ、男の人が。その人が振り返って銃を撃ってきて……でもわたしは初め銃って分からなくて、最初の音がする前に鳴海さんに突き飛ばされて。それで撃たれて、鳴海さんも銃を撃ったの」
不明瞭になった説明から、かなりショックを受けているらしいのが汲み取れた。そこで眠る京哉の左手を握り締めながら霧島は沙織に真っ直ぐ斬り込む。
「沙織。きみは自宅前で銃撃してきた犯人を知っているな?」
「……海棠組の組員というのは知っています。でも人を介して雇ったから詳しくは分からない。本当です。雇ったといっても、わたしはお金も出していないんです!」
コンビニ立て籠もりで人質になり腕を切られても笑える辺り、本当に胆の太いタイプではあるのだろうが、先の銃撃では自分が殺されないと知っていたからこそ怯えもしなかったのだ。
恐喝じみた脅しをかけた上に自分も乗った霧島の車への銃撃で沙織自身に危機が迫っていると京哉に認識させ、沙織は京哉を意のままに操ることに成功したのである。
そんなお遊び気分だったのに突然本気の銃撃を受けたのだ。驚くのも無理はない。
「組員を雇ってまで銃撃をさせるよう、きみに指南したのは誰だ?」
「それもはっきりとは……自宅のパソコンへのメールで指示されただけ、本当よ」
「そのメアドを知っているのは?」
「学校の友達なら数えきれないくらい。誰かに訊いたんだと思います」
急にしおらしくなった沙織は、だが既にターゲットとして誰かから狙われるだけの材料を揃えてしまったのだ。非常に危険だった。すぐにでも対応策を打たねばならない。
霧島は機捜に連絡し京哉が見覚えていたマル被の人着を告げ、捜一や組対にも情報を流すよう命じる。
次に一ノ瀬本部長に直接コールし銃撃事件を報告して、警備部のSPを沙織に就けてくれるよう具申した。元・暗殺反対派の一ノ瀬本部長は暗殺肯定派の内情も熟知している。京哉の過去をも知る貴重な味方だった。
《事情は分かった。しかし霧島くん、SPを就けるには明確な理由が必要なのだよ》
「警察内部にも鳴海巡査部長の過去を明かせない以上、確かに本来の理由でSPを就けるのが難しいのは分かります。ですが西原沙織は実際二度も銃撃を食らっているんです。充分な理由ではないですか」
《では西原沙織に暗殺肯定派の残党が直接危害を加えた場合、SPを含めた捜査員らにどう言い訳をするつもりかね?》
「それは……ですが西原沙織にガードを就けるのは大前提です」
《ふむ。ならば簡単だ。きみと鳴海巡査部長を西原沙織のSPに任命する》
「待って下さい、鳴海は怪我を……本部長? 本部長!」
さっさと切られて呆然と霧島は携帯を眺めた。味方だと一瞬でも思った自分は甘かったと霧島は額を押さえる。頭の痛いことになってしまった。
けれど確かに一ノ瀬本部長の采配は理にかなっていた。もし敵がサッチョウ上層部なら手駒である警備部公安課に近い警備部SPは逆に危ない。
他の敵でも京哉の秘密を喚かれSPに聞かれたら拙い事態に陥る。
それは理解していたが京哉は銃創を負っているのだ。SPが務まる状態ではない。まさかの采配に沙織も霧島を窺うような目で見ている。
今度こそ本当に自分に危険が迫っているのをこれ以上なく認識したのだ。ガードは欲しいが人選には不満ありというところか。
「そんなことは訊いてない、何処を撃たれたのか訊いている!」
「完全に外すなんて……チッ!」
ライフル狙撃だけではなく京哉はハンドガンの才能にも恵まれているのを霧島も知っているが、そんなことより舌打ちに驚きつつ重ねて大声で訊いた。
「私の言うことが分かるか? 何処を撃たれたのか言え!」
蒼白な顔色をした京哉はようやく左手に握ったシグ・ザウエルP230JPの銃口で自分の右腕を示した。霧島はその右腕を取る。
すると手首と肘の中間辺りの衣服が破れ、血が噴き出していた。すぐさま霧島は自分のタイを解くと京哉の肘を締め上げて止血処置する。
「あの、これを……」
差し出された沙織のセーラー服のスカーフを三角巾代わりにして首から腕を吊らせた。応急処置を終えると同時に救急車が現着。大通りから一本裏に入ったここまでは栗田が救急車を誘導してきた。
だが京哉は救急車に乗ろうとせず喋り続ける。
「逃がしましたが、ホシの人着は確認しました。男性一名。中年でやや太め。黒髪短髪。スーツではなく茶色のジャケット着用。ベージュのスラックスに白いスニーカーです」
「京哉、もういいから救急車に乗れ」
「顔立ちから、おそらく日本人。眉が吊り気味で太く……」
「もう黙れ、京哉!」
犯罪被害者として亡くなった母の遺体を救急車に載せて貰えなかった過去から京哉が救急車を嫌うのは承知だが、堪らなくなった霧島は京哉を横抱きにすると救急車につれ込んだ。あとから沙織も乗ってくる。
先日の銃撃では平然としていた沙織が今は京哉と同じくらい顔色を悪くしていた。尤もこちらの反応の方が普通だろう。
現場保全を栗田に任せ、霧島は京哉に付き添い白藤大学付属病院に向かった。
ストレッチャに寝かされて喋るのをやめた途端に京哉は気を失ったらしい。まさか死にかけたのかと思い、ぶん殴って起こそうとした霧島は救急隊員に制止される。
「眠っただけですから。それに出血は多いですが傷は深くありませんよ」
僅かな安堵を得た霧島は沙織に矛先を向けて銃撃された時の状況を訊いた。捜査員による正式な聴取と理解したのか沙織は素直に話し始める。
それに依ると買い物やカラオケに飽きた女子高生社長さまは青柳第二ビルの屋上庭園から夜景を見ようと思い立ち、従者と共に現場近くまで歩いてきたのだという。
「けれど正面エントランスは閉まってて、裏なら開いているかと思って……」
「どうやって撃たれた?」
「歩いていたら追い越して行ったのよ、男の人が。その人が振り返って銃を撃ってきて……でもわたしは初め銃って分からなくて、最初の音がする前に鳴海さんに突き飛ばされて。それで撃たれて、鳴海さんも銃を撃ったの」
不明瞭になった説明から、かなりショックを受けているらしいのが汲み取れた。そこで眠る京哉の左手を握り締めながら霧島は沙織に真っ直ぐ斬り込む。
「沙織。きみは自宅前で銃撃してきた犯人を知っているな?」
「……海棠組の組員というのは知っています。でも人を介して雇ったから詳しくは分からない。本当です。雇ったといっても、わたしはお金も出していないんです!」
コンビニ立て籠もりで人質になり腕を切られても笑える辺り、本当に胆の太いタイプではあるのだろうが、先の銃撃では自分が殺されないと知っていたからこそ怯えもしなかったのだ。
恐喝じみた脅しをかけた上に自分も乗った霧島の車への銃撃で沙織自身に危機が迫っていると京哉に認識させ、沙織は京哉を意のままに操ることに成功したのである。
そんなお遊び気分だったのに突然本気の銃撃を受けたのだ。驚くのも無理はない。
「組員を雇ってまで銃撃をさせるよう、きみに指南したのは誰だ?」
「それもはっきりとは……自宅のパソコンへのメールで指示されただけ、本当よ」
「そのメアドを知っているのは?」
「学校の友達なら数えきれないくらい。誰かに訊いたんだと思います」
急にしおらしくなった沙織は、だが既にターゲットとして誰かから狙われるだけの材料を揃えてしまったのだ。非常に危険だった。すぐにでも対応策を打たねばならない。
霧島は機捜に連絡し京哉が見覚えていたマル被の人着を告げ、捜一や組対にも情報を流すよう命じる。
次に一ノ瀬本部長に直接コールし銃撃事件を報告して、警備部のSPを沙織に就けてくれるよう具申した。元・暗殺反対派の一ノ瀬本部長は暗殺肯定派の内情も熟知している。京哉の過去をも知る貴重な味方だった。
《事情は分かった。しかし霧島くん、SPを就けるには明確な理由が必要なのだよ》
「警察内部にも鳴海巡査部長の過去を明かせない以上、確かに本来の理由でSPを就けるのが難しいのは分かります。ですが西原沙織は実際二度も銃撃を食らっているんです。充分な理由ではないですか」
《では西原沙織に暗殺肯定派の残党が直接危害を加えた場合、SPを含めた捜査員らにどう言い訳をするつもりかね?》
「それは……ですが西原沙織にガードを就けるのは大前提です」
《ふむ。ならば簡単だ。きみと鳴海巡査部長を西原沙織のSPに任命する》
「待って下さい、鳴海は怪我を……本部長? 本部長!」
さっさと切られて呆然と霧島は携帯を眺めた。味方だと一瞬でも思った自分は甘かったと霧島は額を押さえる。頭の痛いことになってしまった。
けれど確かに一ノ瀬本部長の采配は理にかなっていた。もし敵がサッチョウ上層部なら手駒である警備部公安課に近い警備部SPは逆に危ない。
他の敵でも京哉の秘密を喚かれSPに聞かれたら拙い事態に陥る。
それは理解していたが京哉は銃創を負っているのだ。SPが務まる状態ではない。まさかの采配に沙織も霧島を窺うような目で見ている。
今度こそ本当に自分に危険が迫っているのをこれ以上なく認識したのだ。ガードは欲しいが人選には不満ありというところか。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる