C-PTSD~Barter.3~

志賀雅基

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第20話

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 朝食に昨日のカレーを食っていると、またも玄関チャイムが連打された。

 半分まさかと思い、半分うんざりして二人でドアを開けてみると、そこにはグレイのパンツスーツを身に着けた沙織がいた。

「ガードも就けずに……貴女はどうして自宅で大人しくしていないんですか!」

 叫んだ京哉をまるで無視して沙織は室内に上がり込むと両手を腰に当てる。

「今日から九日間、わたしは高校生じゃなくて社長なの。アガサ商事白藤支社に出勤よ。遅刻する訳にいかないのよ。さあ早く準備して。ほら!」
「何でこんな時に出勤なんかするんですか。沙織、貴女が動けば周囲も危険に晒される。秘書まで撥ねられたのに、それくらいの判断もつかないなんて――」
「――京哉、もうやめておけ」

 呆れているのは霧島も一緒だった。喉元過ぎれば熱さを忘れるというが、驚いたことに沙織はタクシーではなく電車とバスを乗り継いでここまで来たらしい。

 仕方なくカレーを流し込むと寝室で着替えた。左脇に吊った銃は一ノ瀬本部長から許可を取り昨夜本部で九発フルロードにしてある。
 更に八発満タンのスペアマガジン二本を入れたパウチも帯革に着けた。一人二十五発の重装備だが元々三十二ACP弾は威力が弱い。
 しかしこれが精一杯なので足りなければ両手を挙げるか逃げるかだ。

 ジャケットで帯革の装着物を隠した。京哉は既にアームホルダーを外している。

「では行くか」
「はい、忍さん」

 寝室を出る前にキスを交わしたが、それも「早く早く」で中途半端になった。

 マンションを出て少々歩き、男二人にエスコートされて沙織は月極駐車場に駐めた黒塗りの後部座席に収まる。二人も前席に乗り込むと出発した。
 走り出してすぐ憤懣やる方ないらしい京哉の機嫌を考慮し霧島が喫煙許可を下ろす。京哉は早速一本咥えてオイルライターで火を点けた。サイドウィンドウを少し開けて紫煙を逃がす。

「社長業はいいが学校はどうするんだ?」
「一週間や二週間休んだくらいで、このわたしがついていけなくなると思う?」

 余程自信があるらしく沙織はすまして言ってのけると腕時計を見た。

「ちょっと急いでくれないかしら、支社長室のある事務所に誰よりも先に着きたいのよ。ここ暫く悪戯が酷くて怖がっている従業員も沢山いるから」

 アガサ商事白藤支社ビルは県警本部からそう遠くない場所に建っているのを二人も知っていた。だがこの分ではラッシュにぶち当たる。
 八時過ぎに着ければマシだ。

「支社には支社長がいるんじゃないのか?」
「じつは支社長も本社の三沢専務派なのよ。今頃は都内の本社で高笑いしてるわ」
「ふん、それは難儀だな」

 そこからは霧島も黙って運転した。白藤市内に入ると機捜隊長の本領発揮である。細い路地や一方通行路を駆使し最短でアガサ商事白藤支社ビルに辿り着いた。

 地下駐車場に車を駐めるとエレベーターに乗り込む。二十五階建てビルの一階から二十階までは他社にオフィスとして貸し出しており、二十一階から二十五階までがアガサ商事白藤支社となっていた。支社長室は二十五階にあるらしい。

 二十五階に上がってみると既に出社した従業員たちが事務所に繋がる通路の途中で騒いでいた。近づいた京哉は強烈な有機溶剤臭に顔をしかめる。霧島が従業員の輪に割って入ると壁に真っ赤なペンキがぶちまけられていた。明らかに嫌がらせである。

「酷いな、これは」
「これでもう四度目よ。間違いないわ、三沢派の仕業ね」

 気丈にもそう言った沙織だったが顔色は悪かった。慣れるものでもないだろう。

「どうする、所轄の生活安全課に届けるか?」
「ええ。黙って引き下がることはないですもの」

 霧島が通報したのち三人は支社長室に向かった。

 事務所を通り抜けた所に支社長室はあった。パソコンが二台載った大きなデスクが一台とパーテーションで仕切られた応接セットがあり観葉植物が飾られた、いかにもといった支社長室である。二人して一応SPらしく室内を点検し、異常がないのを確かめてから沙織を入れた。

「沙織、ちょっと待って下さい」

 手にしていたハンドバッグを置いて席に着こうとした沙織を京哉が留め、背後の窓に掛かったブラインドを閉める。他のビルからのスナイプ防止策だ。

 デスクに就いた沙織は既にブートされていたパソコンに早速向かい始める。

 ヒマになった男二人は応接セットのソファに腰掛けた。そこでノックがなされ古株らしい貫禄のオバちゃんが入ってくる。じろじろ見られて二人は目を開けたまま寝たふりした。
 オバちゃんはうら若き女社長の個室にいる男二人に困惑しているようだ。

中村なかむらさん、今日の予定は?」

 社長に声を掛けられてオバちゃんは自分に課せられた社長のスケジュール管理という重要な使命を思い出したらしい。二人に気を取られながらもメモを読み上げる。

「あ、すみません、社長。ええと……本日は十一時にヨシダ総合金属の特殊鋼部長、十三時半にミナミ金属工業社長、十五時にスズモト製鋼のベアリング部長、以上三件を訪問する予定が入っております。少なくてようございますね」 
「じゃああと一件、トヨコウ商事の鍛造部門長にもアポを取れるか打診して頂戴」
「承知しました」

 オバちゃんはメモを取ったのち、また霧島と京哉をじろじろ見てから出て行った。
 デスクに肘をついた沙織は溜息をつき腕組みをしてさらりと述べる。

「これでわたしの身辺には派手な噂がはびこるでしょうね」
「というより出かけるのかっ!?」
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