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第22話
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本部にコールして二人は支社長室に戻る。
素通しになった窓から場違いに爽やかな風が吹き込んでいた。身を低くした二人はデスクにめり込んだ銃弾を検分する。
「338ラプアマグナムです。得物にも依りますが有効射程は千五百メートル前後ですよ。おそらくブラインドを閉める前から照準していたんでしょう」
「敵は大した代物をお持ちだな。だが初弾で殺られず幸いだった、お前の手柄だ」
「感謝されそうにないですけど、忍さんに褒められるのは嬉しいかも」
姿勢を低くしたまま二人はキスを交わしてひとときの安らぎを得た。
支社長室から出て事務所に戻ってみると沙織は支社専務のデスクを接収し陣取っていた。デスクの前には三沢派らしき七、八名が雁首揃えて立たされている。
「いいこと、あれが松永工業のやり方。人殺しの片棒を担ぎたいなら止めないわ」
銃弾の二、三発ではだめだ。ここは歩兵用対戦車ロケット砲RPGか、重迫撃砲クラスでなければ効果がないに違いないと、京哉はいつの間にか対・沙織戦略に考えを巡らせながらオバちゃんにアイスティーを淹れて貰って飲んだ。
甘さが沁みる。
こうして何かに集中していると起きて見る悪夢も多少は減ってリアルさも薄らぐ気がした。代わりにアンテナを立てまくり気を張り詰めているので疲れるのは同じだ。
ストローで液体をチュウチュウ吸う霧島も妙にくたびれた顔をしていた。
「これで十一時からヨシダ総合金属なんですよね?」
「そうらしいな。十時四十分に出れば間に合うだろう」
「なるべくタイトに動かないと拙いですもんね」
「喩えタイトに動いても拙い気がするのは私だけだろうか?」
「いいえ。でも更なる銃撃を受けたって、きっと一人は生き残りますよ」
十七歳の女社長は説教を垂れ終えて相変わらずバリバリ仕事していた。席を取られてパイプ椅子にちんまり座っている支社専務・吉川某氏が哀れだ。
同情の視線を投げたのち、二人は沙織の後方二メートルに横並びで立つ。
二人とも警察官だ。黙ってじっと立ち続けるのには慣れていた。スナイプされた時の二人の対応で京哉たちが沙織のガードだと事務員たちも認識したらしい。異分子の存在に適応するのも早く、動きを止めた今は露骨に見る者もいなくなる。
一方で見張られることに慣れていない沙織は落ち着きがない。仕事中も時折背後を気にしていた。だが頑として振り向かない上に相変わらず京哉とは口を利かない。
京哉自身も何かを期待などしていない。ただ黙って立つのみだ。
当の沙織は鳴海京哉に対して激しい憎悪とは別に戸惑いを感じ始めていた。
脅して連れ回していた間はどんな命令にも逆らわない犬だった。無理難題を突き付けても叶えるべく行動した。
高校生の自分にも丁寧な口調を崩さず付き従い、諦めの微笑みを浮かべながらも馬鹿馬鹿しい買い物やカラオケにまで付き合った。
しかしそんな鳴海京哉なら祖父を撃ち殺せただろうと思える。人形の如き微笑みで油断を誘い、振り向いたら凍り付くような真顔があったかも知れないと。
けれど今の鳴海京哉は紛う方なく生身の人間だ。隠さず怒りを露わにし、この自分を怒らせる。伊達らしいメタルフレームの眼鏡の奥で強い目をすることもある。
そして霧島に微笑む。時折、心底嬉しいと分かる笑みを霧島に向けるのだ。
こんなに表情を変える男が果たして本当に祖父を射殺したのだろうかと疑いたくなる。残虐に祖父を殺した鳴海京哉と今現在の鳴海京哉が同一人物とは思えず、戸惑って……怯えていた。
背後の気配に苛立ちながらの仕事は思うように捗らなかった。
まもなく県警捜一と所轄の白藤署から捜査員たちがなだれ込んできた。鑑識作業と並行して京哉たちと一緒に沙織も事情聴取されたが、霧島が県警本部長に連絡したからか署に移動しての聴取もなく案外あっさり解放される。
本当は霧島も京哉も参考人聴取と謳い全員引っ張って欲しかったのだ。任意とはいえ沙織を丸め込む最後のチャンスだったのだから。
がっかりしている間に十時四十分となり、沙織の各社訪問が始まった。
素通しになった窓から場違いに爽やかな風が吹き込んでいた。身を低くした二人はデスクにめり込んだ銃弾を検分する。
「338ラプアマグナムです。得物にも依りますが有効射程は千五百メートル前後ですよ。おそらくブラインドを閉める前から照準していたんでしょう」
「敵は大した代物をお持ちだな。だが初弾で殺られず幸いだった、お前の手柄だ」
「感謝されそうにないですけど、忍さんに褒められるのは嬉しいかも」
姿勢を低くしたまま二人はキスを交わしてひとときの安らぎを得た。
支社長室から出て事務所に戻ってみると沙織は支社専務のデスクを接収し陣取っていた。デスクの前には三沢派らしき七、八名が雁首揃えて立たされている。
「いいこと、あれが松永工業のやり方。人殺しの片棒を担ぎたいなら止めないわ」
銃弾の二、三発ではだめだ。ここは歩兵用対戦車ロケット砲RPGか、重迫撃砲クラスでなければ効果がないに違いないと、京哉はいつの間にか対・沙織戦略に考えを巡らせながらオバちゃんにアイスティーを淹れて貰って飲んだ。
甘さが沁みる。
こうして何かに集中していると起きて見る悪夢も多少は減ってリアルさも薄らぐ気がした。代わりにアンテナを立てまくり気を張り詰めているので疲れるのは同じだ。
ストローで液体をチュウチュウ吸う霧島も妙にくたびれた顔をしていた。
「これで十一時からヨシダ総合金属なんですよね?」
「そうらしいな。十時四十分に出れば間に合うだろう」
「なるべくタイトに動かないと拙いですもんね」
「喩えタイトに動いても拙い気がするのは私だけだろうか?」
「いいえ。でも更なる銃撃を受けたって、きっと一人は生き残りますよ」
十七歳の女社長は説教を垂れ終えて相変わらずバリバリ仕事していた。席を取られてパイプ椅子にちんまり座っている支社専務・吉川某氏が哀れだ。
同情の視線を投げたのち、二人は沙織の後方二メートルに横並びで立つ。
二人とも警察官だ。黙ってじっと立ち続けるのには慣れていた。スナイプされた時の二人の対応で京哉たちが沙織のガードだと事務員たちも認識したらしい。異分子の存在に適応するのも早く、動きを止めた今は露骨に見る者もいなくなる。
一方で見張られることに慣れていない沙織は落ち着きがない。仕事中も時折背後を気にしていた。だが頑として振り向かない上に相変わらず京哉とは口を利かない。
京哉自身も何かを期待などしていない。ただ黙って立つのみだ。
当の沙織は鳴海京哉に対して激しい憎悪とは別に戸惑いを感じ始めていた。
脅して連れ回していた間はどんな命令にも逆らわない犬だった。無理難題を突き付けても叶えるべく行動した。
高校生の自分にも丁寧な口調を崩さず付き従い、諦めの微笑みを浮かべながらも馬鹿馬鹿しい買い物やカラオケにまで付き合った。
しかしそんな鳴海京哉なら祖父を撃ち殺せただろうと思える。人形の如き微笑みで油断を誘い、振り向いたら凍り付くような真顔があったかも知れないと。
けれど今の鳴海京哉は紛う方なく生身の人間だ。隠さず怒りを露わにし、この自分を怒らせる。伊達らしいメタルフレームの眼鏡の奥で強い目をすることもある。
そして霧島に微笑む。時折、心底嬉しいと分かる笑みを霧島に向けるのだ。
こんなに表情を変える男が果たして本当に祖父を射殺したのだろうかと疑いたくなる。残虐に祖父を殺した鳴海京哉と今現在の鳴海京哉が同一人物とは思えず、戸惑って……怯えていた。
背後の気配に苛立ちながらの仕事は思うように捗らなかった。
まもなく県警捜一と所轄の白藤署から捜査員たちがなだれ込んできた。鑑識作業と並行して京哉たちと一緒に沙織も事情聴取されたが、霧島が県警本部長に連絡したからか署に移動しての聴取もなく案外あっさり解放される。
本当は霧島も京哉も参考人聴取と謳い全員引っ張って欲しかったのだ。任意とはいえ沙織を丸め込む最後のチャンスだったのだから。
がっかりしている間に十時四十分となり、沙織の各社訪問が始まった。
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