C-PTSD~Barter.3~

志賀雅基

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第24話

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 反射的に京哉は右側の自販機の陰に飛び込んだ。

  霧島は沙織を京哉の方に突き飛ばし、自分はカウンターを飛び越え受付嬢を押さえつけ伏せさせた。

「京哉、大丈夫か!?」
「今のところは! 忍さん、そっちの女性と後退して下さい!」
「後退できるか、利き手が使えんお前が撃っても当たらん!」

 言われずとも分かっていたが黙って撃たれていたら怪我では済まなくなる。敵二人は調子づいて更に撃ち込んできた。既に京哉と霧島もシグ・ザウエルP230JPを引き抜いている。

 被弾した自販機が電子音を鳴らし始めて京哉はとうとう右手で応射した。だが腕が痛んで反動を上手く逃がせない。
 しかし牽制にはなったらしかった。

 銃撃に僅かな間が空き、その隙を逃さず背後に庇った沙織に叫ぶ。

「僕が合図したら忍さんの方へ逃げて下さい!」
「だめだ、京哉! 沙織はお前が担当しろ!」
「そんな無茶な……忍さん、お願いですから!」

 応えず霧島も撃ち始めた。初弾で敵の一人の銃を弾き飛ばす。二射目がもう一人の手首を撃ち抜いた。

 だがそのあとから三人、四人と敵が続々と現れる。既に敵は階段の陰から出て壁沿いにこちらへ距離を詰めつつあった。
 壁に張り付き隠れては身を起こして撃ちまくる波状攻撃で火線が強い。このまま撃ち込まれては時間の問題だ。

 けれどトヨコウ商事の事務所に飛び込んで無辜の他人を犠牲にもできない。

「……くっ!」
「忍さんっ!」
「当たってない、大丈夫だ!」

 霧島はカウンター脇の自動ドアをセンサ感知して開け、受付嬢を中に蹴り込んだ。そのまま京哉の威嚇射撃に一瞬を任せ自販機側まで駆け戻ってくる。
 京哉は喚いた。

「貴方までこっちに来てどうするんですか、早く沙織と後退して下さい!」
「だめだと言っている。沙織はお前の担当だ。絶対に沙織から離れるな!」

 叫び合いながらも二人は応射している。
 ビルのエアコン機能すら追い付かないほど硝煙が漂っていた。

 銃口から迸るマズルフラッシュめがけて京哉は撃つが、やはり殆ど当たらず精密射撃は霧島に任せるしかない。
 それなのに右手に不利な場所まで戻ってきた霧島は敵のいる辺りの天井にトリプルショットを撃ち込んだ。

 豆粒の如き三十二ACPの弾丸だが的確な三発で僅かに天井の建材が降り落ち埃が敵の視界を遮る。

 その瞬間に京哉の背を叩いた。

「沙織と走れ、三、二、一、行け!」

 背後の七、八メートル先にも階段があった。京哉は左手で沙織の右手首を掴むと階段までダッシュする。角に走り込み壁に隠れて肩で息をした。貧血なのか鼓動が暴れ回っている。

 だがそんなことより心配なのは一人残した霧島だ。どうあっても京哉に沙織を押しつける霧島は、京哉に何かのチャンスをくれようとしているのだ。

 しかし京哉にとって最優先は霧島である。いや、最優先どころか唯一絶対的な存在だ。比べる者などいないのだから優先も後回しもない。他の誰の命も、ましてや他人の感情などという形すら無いものなんか不要だった。

 実際そんなものに頼らず五年間生きられた。そして今の京哉は霧島のいない生き方を忘れてしまい、欠片も思い描けない。この二つで京哉の真実としては充分だった。

 故に沙織をつれて逃げるという選択肢はなく、霧島の援護をするために角から覗き見たがここからでは撃てないと判断する。
 硝煙と埃で煙っている上にハンドガンでこの距離だ。おまけに精密射撃ができない以上、霧島まで撃つ危険があった。

 けれど焦りと戦ったのは数秒で霧島も自販機で死角になった壁沿いに走り追いついてくる。目視で怪我がないのを見取って京哉はホッとした。
 だが銃撃は続いている。

「松永工業はワンフロア、あれだけのヒットマンを収納可能なんでしょうか?」
「天井から自在鉤か何かで皆ぶら下げてあるんだろう。しかしやはり狙いは沙織か」
「幾ら何でも僕らがここまで狙われる理由がないですからね」
「百二十億なら頷ける。だが敵は皆スーツで普通のサラリーマンじみていたぞ」
「絶好のチャンスだからって従業員まで動員ですか。危険手当とか付くのかなあ?」

 暢気に喋っていると銃弾が飛んできた。仕方なく更に後退して階段を駆け上る。上りながらも考えたが、もはや安全圏は地下駐車場の黒塗りしかないように思われた。
 しかし下ると四階の松永工業が待ち伏せしているだろう。そこで幸い七階で停止中のエレベーターに乗る。

 ここは上に向かうしかなかった。屋上階には地下直通エレベーターがある。

 扉が自動で開くと同時に撃たれる危険があるので本来こういった場合は階段を使うのがセオリーだ。けれど二十八階分も階段を上っていたら、それはそれで貧血気味の京哉は軽く死ねそうだった。

 屋上階の一階下でエレベーターを降りて残りだけ階段を使う案も検討したが、もし先回りされていたら上下から挟撃されて逃げ場がない。

「屋上階でも待ち伏せされてますかね?」
「なければ嘘だろうな。だが沙織、心配要らん。絶対に殺させない。京哉が護る」
「えっ、また僕ですか?」
「何れどちらかがマル対の責任を負わねばならん。機動力の高い私が前衛だ」

 まだ霧島は京哉にチャンスを与えようとしているらしい。硬い表情をした沙織も今は京哉に目で縋っていた。言い争っているヒマもない。霧島と京哉はシグのマガジンチェンジをする。

 途中階でエレベーターが停まった。乗ってきたのは普通の会社員たちで下階での銃撃戦など知らないらしく、朗らかにペナントレースの話で盛り上がっていた。

 彼らが二十四階で降りてからは誰も乗ってこなかった。
 まもなく屋上階に着く。 

 腕の痛みを堪えて京哉は銃を両手保持し自動ドアが開くのを待った。開きかけたドアの隙間から黒い銃口が見え、ドアが開き切る前に霧島が敵の右肩にダブルタップを食らわせる。もう一人の敵に京哉もダブルタップを叩き込んだ。

 だが反動を逃がせない京哉の二射目が自動ドアに当たる。僅かに金属が捲れ上がって、片側のドアが半開きのまま止まった。少々狭いが二人並んで出られなくもない。それなのに大柄な霧島がドアの隙間を塞ぐように楯の如く立ちはだかろうとする。

 そんな霧島を押し退けるでもなく小柄な京哉が脇からするりと外に抜け出た。

「だめだ! 京哉、戻れ!」
「弾をバラ撒くだけなら任せて下さい!」
「ふざけるな、私も出る!」
「忍さんは沙織をお願いします!」

 叫びつつ京哉は連射する。敵は目前に五人。遠慮も容赦もする余裕がない。的の大きな腹を狙い、まさに弾丸をバラ撒いた。残弾を考え確実に当てるため屋上面に踏み出す。

 途端に高所の強いビル風に髪を乱された。同時に右腕に角材でも叩きつけられたような衝撃を食らう。

 風に赤い霧を散らして京哉は身を揺らがせた。それでも京哉は霧島に叫ぶ。

「沙織を、沙織をお願いします、忍さん!」

 だがここまでだと断じた霧島もエレベーターから出た。二人の敵に一射ずつぶち込んでおいて京哉と背中合わせになり全方位警戒態勢を取る。

 遠くで緊急音が鳴っていた。

 それを待つより早く上空にヘリが現れる。素早く霧島が目を上げると白とブルーが視界に飛び込んできた。
 県警のヘリだ。

 しかし援軍でも有難くはない。それどころか非常に邪魔だった。ローターの強風で砂埃が舞い上がり、まともに照準もできなくなったのだ。

「わあっ、冗談でしょう!?」
「何処の馬鹿だ、退け! 何処かに行け! 何なら墜ちろ!」

 そんな罵声がヘリの乗員に届く筈もない。更には拡声器で声も降ってくる。

 《警察だ! 全員武器を捨てて投降しろ、こちらは攻撃の用意がある!》 

 その声は間違いなくSAT隊長・寺岡だった。余計に腹が立った上に武装など積んでおらず『攻撃』もハッタリだと約二名の関係者は知っていたが、一応それがゲームセットの合図となったらしく何処からも銃声は聞こえなくなる。

 右腕から大量出血した京哉は振り返ると霧島の胸に倒れ込んだ。
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