C-PTSD~Barter.3~

志賀雅基

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第44話

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 白昼の駅前繁華街、それも格式高いウィンザーホテル前での狙撃事件はセンセーショナルに報じられた。
 対して県警本部長も『我が県警の総力を挙げて犯人検挙に邁進する』などとコメントした。

 だが捜査の内情は全て警備部公安課扱いとなり銃弾のライフルマークもSAT使用銃として登録されている事実は、それこそ総力を挙げて伏せられた。勿論公安の背後にはサッチョウ上層部が大いに絡んでいる。
 渋ったものの結局は京哉の説得に応じた一ノ瀬本部長の差し金だった。

 しかしこの件で霧島は左腕を十二針縫う怪我を負い、京哉に至っては骨のパズルがバラけて再手術という痛い結末を得てしまった。
 人並み外れてタフな霧島は麻酔が切れるなり運転もしていたが、やはり京哉が心配なのでこちらも傷病休暇である。

 けれど京哉は隊長をサボらせまいと出勤させたがり、霧島が出勤したらしたで京哉は隊長の仕事ぶりが気になって脱走を試みるのだ。仕方なく霧島は暫し二人して貝崎市にある霧島カンパニーの保養所に住処を移し、京哉を監視して貰うと決める。

 再手術から三日目にして保養所送りにされた京哉は自分専用となって久しい四階の部屋で、十五時のお茶とラズベリーチーズケーキをサーヴィスしてくれた今枝執事に頭を下げた。

「今枝さん。またお世話になっちゃって、すみません」
「いいえ。お怪我された鳴海さまには申し訳ありませんが賑やかになって皆が喜んでおりますよ。夕刻には御前も到着のご予定ですのでシェフも張り切っております」
「わあ、晩御飯が愉しみですね」

 今枝執事だけでなく若いメイドたちも入れ代わり立ち代わり京哉の相手を務めてくれるので霧島も心置きなく出勤できる。とはいえ出勤しても気もそぞろなのは相変わらずで、定時になると捕まらないギリギリの超速で車を飛ばして帰ってくるのだが。

 予告通り夕方には御前も顔を見せ、霧島も戻っての夕食は小食堂で摂ることになった。御前の次席に京哉が着き、その隣に霧島が収まるとディナーの始まりである。

 グラスのシャンパンで乾杯をするなり御前が遅くにできた息子を叱咤した。

「忍よ、おぬしがついていながら鳴海に怪我をさせるとはどういうことじゃ!」

 霧島が自分の生母を愛人とした父親を敬うことはない。むしろ罵倒しては悪事の証拠を掴んでいつか逮捕してやると息巻いている。
 だがここでは珍しく素直に謝った。

「すまない。それも私を助けての怪我だ。面目次第もない」
「今や鳴海の腕は鳴海とおぬしだけのものではない。SB競技のスポンサーたる我が社の看板であり全従業員の期待を背負っているのじゃ。それを忘れて貰っては困る。分かっておるのか、忍よ?」
「御前、忍さんは何も悪くありません。僕が勝手に――」
「――京哉、いいんだ。お前に沙織のガードを許したのも私、単独ガードに就いたのも私だ。それに単独ガード時には、お前があの行動に出ると予測し織り込み済みだった。私はお前がその傷ついた腕で狙撃するのを知っていて止めなかったんだ」
「僕だってそのくらいは知ってます。でも僕の怪我は僕の責任です」

 二人の会話を暫し聞いていた御前がフォークでグラスを叩いて注目させる。

「もう宜しい。但し今後は肝に銘じて気を付けよ」
「はい。すみませんでした、御前」
「分かっている。京哉に痛い思いをさせたのは何よりも堪えた」

 話の切れ目を待ってスープとサラダが出されたが、左手の京哉にも食しやすいようサラダは野菜と海鮮を生春巻で巻いたものだった。
 食べながら京哉は思い出す。

「そういえば今回、桜木さんは関係ありませんでしたね」
「サッチョウ上層部も捜索した筈だが、結局は見つからなかったようだしな」
「何を寝惚けておる、桜木ならおるぞ。元の情報セキュリティ部門で副主任じゃ」

 霧島カンパニーに見捨てられ恨んでいるとばかり思っていた二人は呆気にとられて御前を見た。御前は平然としてドレッシングのついた口をナプキンで拭いつつ頷く。

「最悪の敵になりかねん男をわしが放置するとでも思ったか。それにあの男の『あちら側の世界』の人脈は侮りがたいからの。主任から降格はしたが高給優遇しておる」
「はあ、灯台もと暗しってヤツですね」
「木は森に隠せというヤツでもあるな」 

 魚料理も骨のない切り身を炙ったカルパッチョ仕立てで、フォーク一本で頂く。

「でも今回の件のウィンザーホテル前で忍さんに手首を撃たれた奴だけじゃなく、僕が肩を撃った二人とカウンタースナイプした二人の合計五人もの大の男が病院から消えるなんて、今回の隠蔽工作はかなりの荒技ですよね」
「だがお蔭でメディアは狙撃事件より、ミステリアスなマル害消失事件に気を取られている。隠蔽工作にうってつけだった訳だが、何れメディアが飽きたら皆の記憶から消えてゆくだろう。全ては時間の問題だ」

 それで納得できるのかと京哉は霧島の表情を窺う。霧島はグラスの液体を呷って言った。

「カネと権力の靴を舐め、女子高生まで殺そうとした奴らだ。そんな仕事で『プロ』だと自ら名乗るような奴らを私は惜しいとは思わん。確かに逮捕せず始末をつけるというのは引っ掛かる。だが私にも優先順位というものがあるからな」

 なるほどと京哉も納得すると同時に、またもこの自分のために警察官たる霧島忍ではなく一人の人間として、それもつらい判断をしてくれたのだと唇を噛んだ。

「でも忍さんって、やっぱり御前と親子ですよね。割り切り方が似てるかも」
「ああ? 私の何処がこのクソ親父と似ているんだ!」

 禁句だった。椅子を蹴って立ち上がった霧島を京哉と今枝執事の二人がかりで宥めて、再び起こした椅子に座らせる。以降は京哉も話題に気を付けた。

「そういや本部長には悪いことしちゃいました」
「お前が説き伏せて計画変更させたからといって、何処が悪いんだ?」
「だって県警が『犯人検挙に至らず』っていう泥を被ったのは事実じゃないですか」
「あの一ノ瀬警視監だぞ、それこそお前の件を逆手に取って得るものは得ているに決まっている。サッチョウの上と対等以上に渡り合っているから心配は不要だ」

 と、霧島は牛フィレミニヨンの炙り焼きペッパーソースを咀嚼し涼しい顔だ。

「あの本部長だけでなく、お前もサッチョウ上層部と渡り合ったのだったな」
「渡り合ったなんて大袈裟ですよ」
「何も身内びいきしているのではない。お前は自分の手に依るスナイプの脅威を見せつけ、サッチョウ上層部に対し『西原沙織に手を出すな』という無言のバーターを提示し、事実として応じさせたんだぞ」

 あれから三日経ったが沙織が狙われたという報は入ってこない。それに一ノ瀬本部長も沙織にSPを就けず放置している。
 つまり本部長がSPなど不要と判断するだけの情報をサッチョウ上層部の暗殺反対派辺りから得ているという意味だ。

 サッチョウ上層部が沙織を狙うのを止めた理由は京哉のスナイプしか考えられない。

 デザートのクレープシュゼット・二色のアイスとフルーツ添えまで綺麗に食し、三人はナプキンを軽く乱してシェフに料理への賛辞と礼を述べる。ロビーフロアのソファに移動して御前と京哉はコーヒー&煙草、霧島はディジェスティフのブランデーを味わった。

 穏やかな時が流れてゆくのを静かに愉しみながら京哉は霧島に頼み事をする。

「忍さん、お願いがあるんですけど」
「何だ、改まって。言ってみろ」
「アガサ前会長のお墓参りに付き合って貰えませんか?」
「そのくらい構わんが自虐的な気がするぞ」
「そうでしょうか? でも三十二人分のお墓参りも現実的じゃないと思いますし」
「いい、分かった。お前らしいといえば、らしいからな。場所は分かるのか?」
「ええ、沙織の話では貝崎市内の墨蝉寺ぼくぜんじだそうです。早速明日でもいいですか?」

 明日は霧島も休日だ。せめて京哉がギプスを巻いてからと思ったが早く京哉の懸案を取り除いてやりたくて霧島は頷く。決めたところでさっさと部屋に引き上げた。

 京哉の部屋のバスルームで一緒にシャワーを浴びる。上がったタイミングで保養所付きの若い医師がやってきて京哉の腕を消毒しガーゼと包帯を取り換えて去った。

 お揃いの白いシルクサテンのパジャマを着てひとつベッドに入ると大人しく眠る。
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