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第15話
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あまりに早く寝たので霧島はいつもより一時間近く早起きしてしまった。傍らで眠っている京哉を起こさぬよう、そっと身を起こしたが当然ながら気付かれる。
「悪いな、起こしたか」
「いえ、おはようございます。忍さんって寝ぐせが芸術的ですよ。南国の鳥みたい」
「濡らせば直るからいい」
「クエーッて鳴いてみて下さい」
「ク……そんなことより今日は早出するぞ。どうせ出張費は出るんだ、車の置き場に困るだろうからタクシーで柾木議員邸に出勤する。そのつもりで準備を頼んだぞ」
「分かりました」
そうして京哉の作ったご飯と味噌汁に塩鮭の切り身とハムエッグにサラダという朝食を腹に収めて二人は寝室で着替えた。なるべく目立たないダークグレイのスーツを身に着ける。ドレスシャツも当然ホワイトでタイも大人しくソリッドを締めた。
SPは常に実戦である。ベルトの上から手錠ホルダーと特殊警棒にスペアマガジンが二本入ったパウチ着きの帯革を締め、ジャケットの下にはショルダーホルスタで銃も吊っていた。銃が抜きづらくなるのでコートは着ない。
準備ができると京哉が携帯でタクシーを呼ぶ。部屋中のロックと火元を点検し、玄関で靴を履くと二人はソフトキスを交わした。
「あっ、クラクションだ。もうタクシーが来たみたいですよ」
「では、行こう」
エレベーターで降りてエントランスを抜けると停まっていたタクシーに乗り込む。ドライバーに「柾木議員の自宅まで」と告げるとドライバーは頷いて発車させた。
都市部を迂回するバイパスをフルに利用したタクシーは、一時間ほどで柾木邸に着く。先日見た青銅の柵沿いに止まったタクシーの料金精算をし、しっかり領収書も貰って降車すると一号警備の制服警官が増え、メディアの数は減っていた。
飽きっぽい世を思いつつ青銅の巨大な門扉まで歩いて二人は警官に対し、律儀に手帳を見せる。
警官は手帳ではなく二人の顔を眺めて門柱に取りつけられたインターフォンに囁いた。それで脇の御用口が開けられる。今日はメディアにも絡まれずに第一段階をクリアだ。
広い庭の芝生の中を突っ切る石畳の小径を歩き、二人は玄関を目指す。
「周囲に高層建築もなし。生け垣があるし屋敷への直接スナイプはなさそうですね」
と、京哉はスナイパーの視点で周辺の様子を観察して述べた。
大きな木製のドアに辿り着く。ここは屋根付きで左右がスロープの車寄せになっていた。足元は磨き上げられた天然石材だ。見上げると監視カメラが一台。
そのカメラで見られたのかドアが開く。先日見た巨大シャンデリアの虹色シャワーを浴びていると霧島は次にドアから入ってきた顔見知りの刑事に話し掛けられた。
「これは霧島警視殿、えらく早いお着きですな」
「山瀬に豊田か。ここからは同僚だ、堅くならないでくれ」
「承知した。だが外様部隊の責任者はあんただぜ、霧島隊長」
「あんたらが同僚だと知っていたら責任者を辞退したのだがな」
「何だ、昨日の会議、寝てやがったな」
既知の刑事らがラフに話してくれるのに感謝しながらダベっていると、残り二名も到着する。そこで見計らったようにSPらしい男が一人現れ、二階に案内された。
専用の控室らしい室内はさほど広くはなかったが、結構な数の人間がいた。壁沿いに何脚も並べられた繻子張りの椅子でくつろいでいる者が多い。ふたつのテーブルには灰皿、サイドボード上にはコーヒーメーカやカップ類などが揃っている。
トイレに洗面所、続き間の隣室には仮眠できるベッドまであった。
それらをざっと見終えた六名の前にまるで葬式の如きスーツを着た、代表者らしき男が現れる。京哉は有名人である霧島共々じろじろと見られることを覚悟していたが話は通っていたのかすぐに視線は逸れた。
「俺は向坂警視という。当然ながら県警警備部の人間でここのSP主任を拝命している。マル対のガードを通常の四名から六名態勢に移行するに当たり、きみらが増援となった」
マル対とはガード対象者のことで、ここでは柾木議員である。
ひとくさり向坂警視の訓示めいた話を聞いてから、置かれていたノートパソコンに表示された屋敷内の配置図を見せられた。それを各人が頭に叩き込んだのち、屋敷中の部屋のマスターキィを向坂警視と副主任が預かっていることなどを教えられる。
「マル対に血縁者はいない。故に対象は秘書を含めて二名。普段はこの階の執務室前に二名、中に四名を配置する。外出移動時には六名が付く。外出時は別途指示する。二時間勤務・一時間休憩のローテーションで食事は一階食堂で受け持ち時間外に摂るように」
ローテーション表もノートパソコンのファイルの中だ。外部に洩れて拙い事柄は紙媒体では配られない。あとはその場の全員が携帯のナンバーとメアドを交換する。
ローテーション表を確認した京哉が囁いた。
「早速九時から執務室入りですよ、霧島警視。柾木将道議員とのご対面ですね」
「夜は十九時までか、結構長いな。接待でも入ればそれ以上だろう」
「カレーを大量生産しておいて正解だったかも」
質問はと訊かれたが思いつかずそのまま解散となる。僅かな空き時間に京哉は煙草を吸った。霧島はコーヒーをカップに半分だけ飲む。
そうして時間を潰し九時五分前になると、慌ただしくなった人員に倣って二人も動き出した。
「悪いな、起こしたか」
「いえ、おはようございます。忍さんって寝ぐせが芸術的ですよ。南国の鳥みたい」
「濡らせば直るからいい」
「クエーッて鳴いてみて下さい」
「ク……そんなことより今日は早出するぞ。どうせ出張費は出るんだ、車の置き場に困るだろうからタクシーで柾木議員邸に出勤する。そのつもりで準備を頼んだぞ」
「分かりました」
そうして京哉の作ったご飯と味噌汁に塩鮭の切り身とハムエッグにサラダという朝食を腹に収めて二人は寝室で着替えた。なるべく目立たないダークグレイのスーツを身に着ける。ドレスシャツも当然ホワイトでタイも大人しくソリッドを締めた。
SPは常に実戦である。ベルトの上から手錠ホルダーと特殊警棒にスペアマガジンが二本入ったパウチ着きの帯革を締め、ジャケットの下にはショルダーホルスタで銃も吊っていた。銃が抜きづらくなるのでコートは着ない。
準備ができると京哉が携帯でタクシーを呼ぶ。部屋中のロックと火元を点検し、玄関で靴を履くと二人はソフトキスを交わした。
「あっ、クラクションだ。もうタクシーが来たみたいですよ」
「では、行こう」
エレベーターで降りてエントランスを抜けると停まっていたタクシーに乗り込む。ドライバーに「柾木議員の自宅まで」と告げるとドライバーは頷いて発車させた。
都市部を迂回するバイパスをフルに利用したタクシーは、一時間ほどで柾木邸に着く。先日見た青銅の柵沿いに止まったタクシーの料金精算をし、しっかり領収書も貰って降車すると一号警備の制服警官が増え、メディアの数は減っていた。
飽きっぽい世を思いつつ青銅の巨大な門扉まで歩いて二人は警官に対し、律儀に手帳を見せる。
警官は手帳ではなく二人の顔を眺めて門柱に取りつけられたインターフォンに囁いた。それで脇の御用口が開けられる。今日はメディアにも絡まれずに第一段階をクリアだ。
広い庭の芝生の中を突っ切る石畳の小径を歩き、二人は玄関を目指す。
「周囲に高層建築もなし。生け垣があるし屋敷への直接スナイプはなさそうですね」
と、京哉はスナイパーの視点で周辺の様子を観察して述べた。
大きな木製のドアに辿り着く。ここは屋根付きで左右がスロープの車寄せになっていた。足元は磨き上げられた天然石材だ。見上げると監視カメラが一台。
そのカメラで見られたのかドアが開く。先日見た巨大シャンデリアの虹色シャワーを浴びていると霧島は次にドアから入ってきた顔見知りの刑事に話し掛けられた。
「これは霧島警視殿、えらく早いお着きですな」
「山瀬に豊田か。ここからは同僚だ、堅くならないでくれ」
「承知した。だが外様部隊の責任者はあんただぜ、霧島隊長」
「あんたらが同僚だと知っていたら責任者を辞退したのだがな」
「何だ、昨日の会議、寝てやがったな」
既知の刑事らがラフに話してくれるのに感謝しながらダベっていると、残り二名も到着する。そこで見計らったようにSPらしい男が一人現れ、二階に案内された。
専用の控室らしい室内はさほど広くはなかったが、結構な数の人間がいた。壁沿いに何脚も並べられた繻子張りの椅子でくつろいでいる者が多い。ふたつのテーブルには灰皿、サイドボード上にはコーヒーメーカやカップ類などが揃っている。
トイレに洗面所、続き間の隣室には仮眠できるベッドまであった。
それらをざっと見終えた六名の前にまるで葬式の如きスーツを着た、代表者らしき男が現れる。京哉は有名人である霧島共々じろじろと見られることを覚悟していたが話は通っていたのかすぐに視線は逸れた。
「俺は向坂警視という。当然ながら県警警備部の人間でここのSP主任を拝命している。マル対のガードを通常の四名から六名態勢に移行するに当たり、きみらが増援となった」
マル対とはガード対象者のことで、ここでは柾木議員である。
ひとくさり向坂警視の訓示めいた話を聞いてから、置かれていたノートパソコンに表示された屋敷内の配置図を見せられた。それを各人が頭に叩き込んだのち、屋敷中の部屋のマスターキィを向坂警視と副主任が預かっていることなどを教えられる。
「マル対に血縁者はいない。故に対象は秘書を含めて二名。普段はこの階の執務室前に二名、中に四名を配置する。外出移動時には六名が付く。外出時は別途指示する。二時間勤務・一時間休憩のローテーションで食事は一階食堂で受け持ち時間外に摂るように」
ローテーション表もノートパソコンのファイルの中だ。外部に洩れて拙い事柄は紙媒体では配られない。あとはその場の全員が携帯のナンバーとメアドを交換する。
ローテーション表を確認した京哉が囁いた。
「早速九時から執務室入りですよ、霧島警視。柾木将道議員とのご対面ですね」
「夜は十九時までか、結構長いな。接待でも入ればそれ以上だろう」
「カレーを大量生産しておいて正解だったかも」
質問はと訊かれたが思いつかずそのまま解散となる。僅かな空き時間に京哉は煙草を吸った。霧島はコーヒーをカップに半分だけ飲む。
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