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第7話
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「まだチャンスはありますからね、負けませんよ」
「悔しいのは分かるが往生際が悪いぞ。それより、なあ、いいだろう?」
「昼間もしたのに、良くありません!」
夜釣りは快調だった。五十センチオーバーのヒラメを釣り上げたくらいである。だがそれは霧島に云えることであり、昼間の真鯛のような大物は京哉の釣り針を掠めもしなかった。
釣れたのは小さなハゼやカレイだけ、それで夜明け近いというのに京哉はまだ粘っているのだ。
しかし霧島にしてみれば今回のクルージングの目的は、誰にも邪魔されず京哉を抱き尽くすことであって、釣りは口実に過ぎなかったのである。京哉が意地で握り締めている釣り竿にまで嫉妬するのも可笑しいが、事実として年上の男はご機嫌斜めになりつつあった。
そこでまたもエサを取られて憤慨する京哉を背後から襲う。
「あっ、何するんですか、忍さん!」
「さっさと夜食を食って、私のものになれ!」
釣り道具も放置したまま霧島はクーラーボックスだけ担ぐと京哉を船室につれ込んだ。厨房に入ると暴れる京哉を降ろしクーラーボックスを開ける。二人で食べきれない大物だけは備え付けの冷凍庫に移し、手頃なサイズの真鯛やヒラメなどの調理に取り掛かった。
「僕だってもう一度みんなに大物をご馳走したかったのに!」
「明日頑張れ。今日はもう店じまいだ。で、どうするんだ?」
「和食はもう食べたから、フライやムニエルがいいですね」
こちらも斜めだった京哉の機嫌が多少治ったようで霧島はホッとする。二人で料理し、まずムニエルが出来たので冷蔵庫からビールを取り出し京哉に渡してやった。
立ったままその場でフォークで頂く。素材が新鮮な上にバターの香りも高い魚は焼き加減が絶妙に仕上がっていた。霧島も飲もうとキャビンにウィスキーを取りに行った。だがいつも置かれている場所にウィスキーがない。探したが見当たらず、戻って京哉に訊いたが知らないという。
「今枝さんらしくないですけど、載せ忘れたんじゃないですか」
「かも知れんな。仕方ない、ビールで我慢するか」
飲みつつ調理を進め、やがてキャビンのロウテーブルにプレートが満載になった。載せきれない料理は明日の分と決め、厨房に置いておく。二人はキャビンで乾杯した。だが食しながらもまだ霧島は文句を垂れている。
「ウィスキーがないのは片手落ちだな」
「飲みすぎないよう、今枝さんが忍さんのためにわざと載せなかったとか?」
「それはあり得るな。京哉お前、ビールのおかわりは要らんのか?」
「じゃあ持ってきます。忍さんも飲みますよね?」
軽快に立って京哉は厨房に向かった。しかし自分で思うより酔いが回っていたらしく、ふわふわしながら冷蔵庫を開ける。やはり自分は相当飲んだらしい。ビールがごっそり減っていた。食べるのも捗ったようで置いていた料理のプレートも半分なくなっている。
ふわふわしたまま箱のビールを冷蔵庫に移し、冷えたビールを二本手にしてキャビンに戻った。だがソファに座るとまだ腹が減っていて、自分はどうしたのかと思う。
「何だ、京哉。妙な顔をして」
「いえ、何でもありません。お魚が美味しくて食べ過ぎそうですよ」
「もっと食え。お前に痩せられると抱き心地が悪くなるからな」
結局ロウテーブルのプレートを二人で綺麗にしてしまい、簡単に片付けると交代でシャワーを浴びた。狭いシャワーブースなので一緒には浴びられない。だが出てくるなり霧島は長袖Tシャツにジーンズという格好の京哉を抱き締める。
その胸からは上質なトワレが香っていて京哉は大好きな匂いに酔った。ペンハリガンのブレナムブーケだ。普段は内勤の機捜隊長だが大事件が起こると自ら飛び出してゆく。
そんな霧島は現場に匂いを残せないという理由で滅多にこれをつけてくれない。だが行為の時だけは香らせてくれるのだ。
お蔭で今では京哉が欲しいという意志表示となっている。
こちらも綿のシャツにコットンパンツという姿の霧島に抱き上げられ、横抱きにされた京哉は衣服一枚を隔てて逞しい胸を感じ、猫のように頭を擦りつけた。
「二階に行くが、いいな?」
「……はい」
二階キャビンはベッドルームだが京哉も拒否はしない。細い階段を霧島は慎重に上り、途中で身動きを止めた。同時に京哉も気付いている。二階に気配を感じたのだ。
静かに一階に戻った二人は置いてあったショルダーホルスタからシグ・ザウエルP226を抜いて頷き合った。忍び込んだのが人間だと二人とも察している。何者かは分からないが申告して乗り込んだ訳ではない以上、目的は二人に害なすことかも知れなかった。
階段を軋ませないよう、そっと二人は上った。霧島がドアノブを回すとロックは掛かっていない。二人は呼吸を図る。霧島が唇の動きだけで合図した。
「行くぞ、京哉。――三、二、一、動くな!」
ドアを開けるなり飛び込んだ二人が目にしたのは、ベッドでウィスキー瓶を抱えたまま気持ち良さそうに寝ている若い男だった。
そして足元にはフォークと魚の骨が載ったプレートが重ねられ、空っぽのビールの缶が四本も転がっている。
霧島の低い大喝でも起きなかった男を二人はじっと観察した。ホワイトのドレスシャツに緩めてぶら下がっている赤いタイ。スラックスはダークグレイだ。スーツのジャケットがベッドの端に脱ぎ捨てられている。それらの衣装は割と安物と言っていいだろう。
残る特徴は眠る男自身だ。肌が浅黒く、彫りの深い顔立ちは結構整っていた。
「何だか日本人じゃない気がしますけど、誰なんでしょうね?」
人の名前や顔を覚えるのが得意な霧島は答えたくなかった。そもそも自分でもまさかという思いだったのだ。だが事実は事実として認めないと先へ進めない。
「ニュースで見たリンドル王国の皇太子だ。間違いない」
「悔しいのは分かるが往生際が悪いぞ。それより、なあ、いいだろう?」
「昼間もしたのに、良くありません!」
夜釣りは快調だった。五十センチオーバーのヒラメを釣り上げたくらいである。だがそれは霧島に云えることであり、昼間の真鯛のような大物は京哉の釣り針を掠めもしなかった。
釣れたのは小さなハゼやカレイだけ、それで夜明け近いというのに京哉はまだ粘っているのだ。
しかし霧島にしてみれば今回のクルージングの目的は、誰にも邪魔されず京哉を抱き尽くすことであって、釣りは口実に過ぎなかったのである。京哉が意地で握り締めている釣り竿にまで嫉妬するのも可笑しいが、事実として年上の男はご機嫌斜めになりつつあった。
そこでまたもエサを取られて憤慨する京哉を背後から襲う。
「あっ、何するんですか、忍さん!」
「さっさと夜食を食って、私のものになれ!」
釣り道具も放置したまま霧島はクーラーボックスだけ担ぐと京哉を船室につれ込んだ。厨房に入ると暴れる京哉を降ろしクーラーボックスを開ける。二人で食べきれない大物だけは備え付けの冷凍庫に移し、手頃なサイズの真鯛やヒラメなどの調理に取り掛かった。
「僕だってもう一度みんなに大物をご馳走したかったのに!」
「明日頑張れ。今日はもう店じまいだ。で、どうするんだ?」
「和食はもう食べたから、フライやムニエルがいいですね」
こちらも斜めだった京哉の機嫌が多少治ったようで霧島はホッとする。二人で料理し、まずムニエルが出来たので冷蔵庫からビールを取り出し京哉に渡してやった。
立ったままその場でフォークで頂く。素材が新鮮な上にバターの香りも高い魚は焼き加減が絶妙に仕上がっていた。霧島も飲もうとキャビンにウィスキーを取りに行った。だがいつも置かれている場所にウィスキーがない。探したが見当たらず、戻って京哉に訊いたが知らないという。
「今枝さんらしくないですけど、載せ忘れたんじゃないですか」
「かも知れんな。仕方ない、ビールで我慢するか」
飲みつつ調理を進め、やがてキャビンのロウテーブルにプレートが満載になった。載せきれない料理は明日の分と決め、厨房に置いておく。二人はキャビンで乾杯した。だが食しながらもまだ霧島は文句を垂れている。
「ウィスキーがないのは片手落ちだな」
「飲みすぎないよう、今枝さんが忍さんのためにわざと載せなかったとか?」
「それはあり得るな。京哉お前、ビールのおかわりは要らんのか?」
「じゃあ持ってきます。忍さんも飲みますよね?」
軽快に立って京哉は厨房に向かった。しかし自分で思うより酔いが回っていたらしく、ふわふわしながら冷蔵庫を開ける。やはり自分は相当飲んだらしい。ビールがごっそり減っていた。食べるのも捗ったようで置いていた料理のプレートも半分なくなっている。
ふわふわしたまま箱のビールを冷蔵庫に移し、冷えたビールを二本手にしてキャビンに戻った。だがソファに座るとまだ腹が減っていて、自分はどうしたのかと思う。
「何だ、京哉。妙な顔をして」
「いえ、何でもありません。お魚が美味しくて食べ過ぎそうですよ」
「もっと食え。お前に痩せられると抱き心地が悪くなるからな」
結局ロウテーブルのプレートを二人で綺麗にしてしまい、簡単に片付けると交代でシャワーを浴びた。狭いシャワーブースなので一緒には浴びられない。だが出てくるなり霧島は長袖Tシャツにジーンズという格好の京哉を抱き締める。
その胸からは上質なトワレが香っていて京哉は大好きな匂いに酔った。ペンハリガンのブレナムブーケだ。普段は内勤の機捜隊長だが大事件が起こると自ら飛び出してゆく。
そんな霧島は現場に匂いを残せないという理由で滅多にこれをつけてくれない。だが行為の時だけは香らせてくれるのだ。
お蔭で今では京哉が欲しいという意志表示となっている。
こちらも綿のシャツにコットンパンツという姿の霧島に抱き上げられ、横抱きにされた京哉は衣服一枚を隔てて逞しい胸を感じ、猫のように頭を擦りつけた。
「二階に行くが、いいな?」
「……はい」
二階キャビンはベッドルームだが京哉も拒否はしない。細い階段を霧島は慎重に上り、途中で身動きを止めた。同時に京哉も気付いている。二階に気配を感じたのだ。
静かに一階に戻った二人は置いてあったショルダーホルスタからシグ・ザウエルP226を抜いて頷き合った。忍び込んだのが人間だと二人とも察している。何者かは分からないが申告して乗り込んだ訳ではない以上、目的は二人に害なすことかも知れなかった。
階段を軋ませないよう、そっと二人は上った。霧島がドアノブを回すとロックは掛かっていない。二人は呼吸を図る。霧島が唇の動きだけで合図した。
「行くぞ、京哉。――三、二、一、動くな!」
ドアを開けるなり飛び込んだ二人が目にしたのは、ベッドでウィスキー瓶を抱えたまま気持ち良さそうに寝ている若い男だった。
そして足元にはフォークと魚の骨が載ったプレートが重ねられ、空っぽのビールの缶が四本も転がっている。
霧島の低い大喝でも起きなかった男を二人はじっと観察した。ホワイトのドレスシャツに緩めてぶら下がっている赤いタイ。スラックスはダークグレイだ。スーツのジャケットがベッドの端に脱ぎ捨てられている。それらの衣装は割と安物と言っていいだろう。
残る特徴は眠る男自身だ。肌が浅黒く、彫りの深い顔立ちは結構整っていた。
「何だか日本人じゃない気がしますけど、誰なんでしょうね?」
人の名前や顔を覚えるのが得意な霧島は答えたくなかった。そもそも自分でもまさかという思いだったのだ。だが事実は事実として認めないと先へ進めない。
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