やんごとなき依頼人~Barter.20~

志賀雅基

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第11話

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 そうして昼食と英国式のティータイムも済ませ、夕食の時間が間近となった。
 基本的に夕食は二十時からだ。五分前になりリンドル王国組と霧島に京哉は一階の食堂にエレベーターで降りる。すると御前がロビーのソファに腰掛けていた。

「御前、こんな所にいらっしゃったんですか」
「昨日は殆ど流れ星が見えんかったからの。今日はリベンジじゃ」
「そうなんですか。僕も見たいなあ」

「午前三時頃が極大じゃぞ。皆で一緒に観察するのも良いな。のう、皇太子さんよ」
「俺のことはオルファスと呼べ、ご老人」
「わしのことは御前と呼ぶがよいぞ」

 そこからは流星群の話で盛り上がり、みんなでアプサラス号に乗って繰り出し、大海原から流れ星を眺めようという、行き当たりばったりのプランが御前によって勝手に立てられる。
 当然ながら霧島は不機嫌な顔を隠さないが、潰れた休暇を補うイヴェントに年下の恋人が満面の笑みを浮かべているのを見ては、溜息をつくしかない。

 夕食もアプサラス号で摂ろうということになり、急遽立てられたプランながら今枝やメイドたちに、厨房のシェフやドライバー、常駐する医師に看護師まで、保養所の人間全てが参加を申し出て、本気で一大イヴェントになった。

 移動は黒塗りと白いセダンに御前のリムジンを総動員してピストン輸送だ。

 最後にドライバーが運転する黒塗りで大きなバスケットを抱え、普段着に着替えコートを羽織ったシェフたち四名がマリーナに着くと、霧島の操舵でアプサラス号は出港する。
 船上流星群鑑賞案は御前の頭にあったらしく、手回し良く真水その他の準備はなされていて、何の問題もなく沖へとクルーザーは向かい始めた。

 夕食のメインディッシュだったフィレステーキは焼き目を付けたパンとたっぷりの野菜でサンドされ、熱いポタージュやコーヒーと共に航行中に皆の腹に収まる。午前零時前には沖で投錨し停泊した。

 まだ流星群の極大には早すぎる。そこで希望者が明日のおかずを狙って夜釣りに励み始めた。結局は全員の釣果を合わせても雑魚しか釣れなかったが、本当に海が好きらしいオルファスは非常に喜んで、皆に獲物のハゼを見せびらかしていた。

 やがて午前三時近くなると御前が仕切って宣言する。

「では、皆がひとつ以上流れ星を見るまで明かりを落とすとしようかの」

 衝突防止のライトだけを残し、船室の明かりは全て消された。広くとられた窓から見える夜空は満天の星屑で埋められている。殆どの者は天窓がある二階に上がってしまったけれど、京哉は操舵室に残った霧島の傍から離れる訳がない。

「流れ星じゃなくても、すっごい綺麗」
「そうだな。お前と二人きりならもっと綺麗に見えた筈だが」
「いいじゃないですか、たまにはみんなと一緒も愉しいですよ」
「本当にそう思っているのか?」
「思ってますよ。あっ、今流れたの見ましたか? また流れた! すごいすごい!」

 年下の恋人と同じものを見て霧島はこれも悪くないかと思い、操舵室に残ったメイドたちの目も気にせず京哉を抱き寄せた。星明りで二人を見た若いメイドたちが黄色い声を上げる。知っていながら『そういうシーン』は目の保養だと喜ばれるのだ。

 そのうち二階から皆が降りてきて明かりが点けられた。煌々と灯された明かりの中、シェフたちがキャビンのテーブルに夜食を広げ始めた。サンドウィッチやケーキにカナッペなど色鮮やかである。ワインやグラスも林立し、ちょっとしたパーティーが始まった。

「このワインは旨いな。ウィスキーといい、良い趣味をしておるではないか」
「飲んでばかりじゃなくて食べなきゃだめですよ、オルファス」
「そうガミガミ言うでない、せっかく五月蠅い輩から逃げてきたのだから」

「SPとしては貴方の健康にも気を配らなきゃならないんです」
「まるで新しい妃を貰ったようだ。何なら鳴海、俺の第三夫人になるか?」

 聞いてピクリと反応したのは霧島である。戯言と承知している上に年上の男としてのプライドは捨てられず、黙って看過しようとしたが、どす黒いオーラを振り撒いてオルファスを睨みつけてしまうのを止められない。
 それに気付いてなかなかにシニカルで霧島にも容赦がない物言いをする若い医師と、看護師が笑った。

「誘い文句も『妃』ときては破壊力がありますねえ」
「鳴海くん、第三夫人ですって。一生困らないわよ」

 やんやと騒ぎ立てられ、京哉は霧島の不機嫌を察知して臆面もなく言う。

「僕は喩え困っても忍さんの妻ですから」

 ここでもメイドたちが「きゃあっ!」と黄色い声を上げた。だがその時、ピシッと聞き覚えのある音がして、反射的に京哉は振り返った。
 すると窓の一枚に穴が開きヒビが入っている。まさかこんな所でという思いでまた振り返ると、侍従長のエイダがひとくち齧ったサンドウィッチを持って首を傾げていた。そのサンドイッチには穴が開いていた。 

「これ、いったい何でしょう?」

 外国なまりの日本語で呟いたエイダのサンドウィッチを目にするなり京哉は叫ぶ。

「忍さん、スナイプ!」
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