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第10話
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笑うオルファスを睨みつけながら霧島は言った。
「無茶も大概にして頂きたい。SPは先の先を読み、緊張感を保って職務を遂行するために一定時間毎の交代が基本だ。たった二人きりで他国の皇太子を殺られても責任は取れません」
「しかしだね、他のSPを就けて再び脱走されるよりはマシだと思わんかね?」
「けれどリンドル王国側のSPもいるのではないですか?」
「協議の結果、リンドル王国側SPは全員羽田のボーイング機に待機と相成った。お国事情が違い過ぎ、本国内ガードに特化したSPは却って足手まといとの判断だ」
「それに俺はそなたたちが気に入ったのだ。料理も上手く酒の趣味もいいからな」
さすがの霧島もこれには絶句する。呆れるより純粋に怒っていた。
「貴様、無銭飲食及び不法侵入で留置場体験ツアーにしてやってもいいんだぞ!」
「留置場とは何だ? ふむ、牢屋だと? それでは日本見物ができんではないか」
そこで話を聞いていた京哉が発言した。
「でもオルファスは日本語も堪能だし、目立たないスーツでも着せて防弾車両の中から日本見物でもしていれば問題はないんじゃないでしょうか」
「そう、それなのだ。俺は普通の日本見物がしたいだけなのだ。資源はあるのに上手く活用できない我がリンドルの未来のためにな。それなのに毎夜のように政治家とのディナーの予定が組まれ、用を足すのでもSPがぞろぞろとついてくる。もう我慢がならんと侍従長に言えば帝国ホテルに監禁だ。だからそなたたちには申し訳ないが、伏して頼む」
頼むという割に態度は尊大だったが、オルファスの目は真剣だった。
「では、霧島警視と鳴海巡査部長に特別任務を下す。リンドル王国の皇太子であるオルファス=ライド四世のセキュリティポリスに就きたまえ」
本部長命令とあらば仕方ない。霧島の発した鋭い号令で京哉も立ち姿勢を正す。
「気を付け、敬礼! 霧島警視以下二名は特別任務を拝命します。敬礼!」
揃って身を折る敬礼をした二人に一ノ瀬本部長は満足そうに頷いた。
「宜しい。きみたちなら安心して任せられる。心して完遂してくれたまえ。以上だ」
オルファスも立ち上がり三人で本部長室を出る。エレベーターで下って本部庁舎裏に待たせてあった黒塗りに乗り込んだ。白藤市は首都圏下でも特筆すべき都市部である。高低様々なビルをオルファスはサイドウィンドウにへばりついて眺めていた。
四十分で着いた保養所では今枝が色々と采配を振るってくれて、オルファスには京哉の隣の部屋があてがわれた。反対側の隣は霧島の部屋だが、いつも霧島は京哉の部屋に入り浸りである。それはともかく霧島は暫し思い通りになって安堵していた。
来客を恭しく扱い慣れた今枝に何もかも丸投げする計画だったのである。
だが偉そうな闖入者は独りではつまらないからと京哉の部屋に押し掛け、
「朝食は和食を所望する!」
などと言い放った。仕方ないので急遽メニュー変更され、朝ご飯はおにぎりにアサリの味噌汁、釣ってきたカレイの切り身の照り焼きに漬物となった。
「うむ、これは旨い! もうホテルのゴテゴテした洋食は飽き飽きでな」
「そうですか……」
本部長室では自分からオルファスの援護射撃をしたものの、残り二日の休日がだめになった京哉は萎れ気味だ。可哀相に思うも霧島にもどうしようもない。明日からの一週間、どうお茶を濁してオルファスにリンドル王国へとお帰り願うか、それに頭を絞るのみだ。
綺麗に食してしまうと今枝が呼んだテーラーの人間が顔を出した。オルファスの目立たない普段着やスーツなどを仕立てるためである。採寸して一旦撤収したテーラーの人間たちは昼には再び現れてオーダーメイドのコートやスーツにドレスシャツなどを数着と、普段着のシャツやカシミアのセーターにジーンズまで置いて去った。
「すんごいお金掛かってますよね。本部長が領収書を見て目を回すかも」
「どうせクソ親父の策略だ。リンドル王国に恩を売る絶好のチャンスだからな」
「ああ、それかも知れませんね。こんな美味しいシチュエーション、御前は見逃さないでしょうから。でも忍さん、今日からどうするんですか?」
「海だ、海。お国には海がないから物珍しいだろう」
聞きつけてセーターにジーンズ姿のオルファスが頷く。
「俺は海が好きだ。広くて自由なのがいい」
「ならば一週間、釣り三昧で決まりだな」
「ちょっと待て。俺は釣りもしたいが、あらゆる日本を見物したい」
「そうか。そのうち連れて歩いてやる、そのうちな」
口先だけで霧島が相手をしているとチャイムも鳴らさずドアが開かれ、小柄な枯れ木の如き老人が上品なグレイのスーツ姿で現れた。老人は駆け込んできてオルファスに取り縋る。
「オルファスさま、よくぞ御無事で!」
叫ぶなり滂沱と涙を流し始めたのを見ると、どうやら知り合いらしい。
「エイダ、どうしてお前がここにいる?」
「侍従長として、わたくしがオルファスさまのお側を離れられましょうか!」
「もう警視庁から情報が洩れたらしいな。全く、余計なことを」
会話は全て英語だったが霧島が通訳してくれたので京哉にも事情は理解できた。皇太子のお守りが一人増えたらしい。少し安堵できる事態である。
「それにしてもオルファスさま、そのような賤民めいた格好をされておいたわしい」
「構わん、俺が望んでこの貧しい姿をしている。動きやすくてなかなか良いぞ」
賤民二人は眉間にシワを寄せて主従を眺めた。そこで侍従長のエイダも目立たないよう貧しい姿になる。小柄なので京哉の衣服を貸した。
主従揃ってジーンズにセーターを身に着け、何やら盛り上がっている。エイダも賤民めいた格好がお気に召したようだ。
「無茶も大概にして頂きたい。SPは先の先を読み、緊張感を保って職務を遂行するために一定時間毎の交代が基本だ。たった二人きりで他国の皇太子を殺られても責任は取れません」
「しかしだね、他のSPを就けて再び脱走されるよりはマシだと思わんかね?」
「けれどリンドル王国側のSPもいるのではないですか?」
「協議の結果、リンドル王国側SPは全員羽田のボーイング機に待機と相成った。お国事情が違い過ぎ、本国内ガードに特化したSPは却って足手まといとの判断だ」
「それに俺はそなたたちが気に入ったのだ。料理も上手く酒の趣味もいいからな」
さすがの霧島もこれには絶句する。呆れるより純粋に怒っていた。
「貴様、無銭飲食及び不法侵入で留置場体験ツアーにしてやってもいいんだぞ!」
「留置場とは何だ? ふむ、牢屋だと? それでは日本見物ができんではないか」
そこで話を聞いていた京哉が発言した。
「でもオルファスは日本語も堪能だし、目立たないスーツでも着せて防弾車両の中から日本見物でもしていれば問題はないんじゃないでしょうか」
「そう、それなのだ。俺は普通の日本見物がしたいだけなのだ。資源はあるのに上手く活用できない我がリンドルの未来のためにな。それなのに毎夜のように政治家とのディナーの予定が組まれ、用を足すのでもSPがぞろぞろとついてくる。もう我慢がならんと侍従長に言えば帝国ホテルに監禁だ。だからそなたたちには申し訳ないが、伏して頼む」
頼むという割に態度は尊大だったが、オルファスの目は真剣だった。
「では、霧島警視と鳴海巡査部長に特別任務を下す。リンドル王国の皇太子であるオルファス=ライド四世のセキュリティポリスに就きたまえ」
本部長命令とあらば仕方ない。霧島の発した鋭い号令で京哉も立ち姿勢を正す。
「気を付け、敬礼! 霧島警視以下二名は特別任務を拝命します。敬礼!」
揃って身を折る敬礼をした二人に一ノ瀬本部長は満足そうに頷いた。
「宜しい。きみたちなら安心して任せられる。心して完遂してくれたまえ。以上だ」
オルファスも立ち上がり三人で本部長室を出る。エレベーターで下って本部庁舎裏に待たせてあった黒塗りに乗り込んだ。白藤市は首都圏下でも特筆すべき都市部である。高低様々なビルをオルファスはサイドウィンドウにへばりついて眺めていた。
四十分で着いた保養所では今枝が色々と采配を振るってくれて、オルファスには京哉の隣の部屋があてがわれた。反対側の隣は霧島の部屋だが、いつも霧島は京哉の部屋に入り浸りである。それはともかく霧島は暫し思い通りになって安堵していた。
来客を恭しく扱い慣れた今枝に何もかも丸投げする計画だったのである。
だが偉そうな闖入者は独りではつまらないからと京哉の部屋に押し掛け、
「朝食は和食を所望する!」
などと言い放った。仕方ないので急遽メニュー変更され、朝ご飯はおにぎりにアサリの味噌汁、釣ってきたカレイの切り身の照り焼きに漬物となった。
「うむ、これは旨い! もうホテルのゴテゴテした洋食は飽き飽きでな」
「そうですか……」
本部長室では自分からオルファスの援護射撃をしたものの、残り二日の休日がだめになった京哉は萎れ気味だ。可哀相に思うも霧島にもどうしようもない。明日からの一週間、どうお茶を濁してオルファスにリンドル王国へとお帰り願うか、それに頭を絞るのみだ。
綺麗に食してしまうと今枝が呼んだテーラーの人間が顔を出した。オルファスの目立たない普段着やスーツなどを仕立てるためである。採寸して一旦撤収したテーラーの人間たちは昼には再び現れてオーダーメイドのコートやスーツにドレスシャツなどを数着と、普段着のシャツやカシミアのセーターにジーンズまで置いて去った。
「すんごいお金掛かってますよね。本部長が領収書を見て目を回すかも」
「どうせクソ親父の策略だ。リンドル王国に恩を売る絶好のチャンスだからな」
「ああ、それかも知れませんね。こんな美味しいシチュエーション、御前は見逃さないでしょうから。でも忍さん、今日からどうするんですか?」
「海だ、海。お国には海がないから物珍しいだろう」
聞きつけてセーターにジーンズ姿のオルファスが頷く。
「俺は海が好きだ。広くて自由なのがいい」
「ならば一週間、釣り三昧で決まりだな」
「ちょっと待て。俺は釣りもしたいが、あらゆる日本を見物したい」
「そうか。そのうち連れて歩いてやる、そのうちな」
口先だけで霧島が相手をしているとチャイムも鳴らさずドアが開かれ、小柄な枯れ木の如き老人が上品なグレイのスーツ姿で現れた。老人は駆け込んできてオルファスに取り縋る。
「オルファスさま、よくぞ御無事で!」
叫ぶなり滂沱と涙を流し始めたのを見ると、どうやら知り合いらしい。
「エイダ、どうしてお前がここにいる?」
「侍従長として、わたくしがオルファスさまのお側を離れられましょうか!」
「もう警視庁から情報が洩れたらしいな。全く、余計なことを」
会話は全て英語だったが霧島が通訳してくれたので京哉にも事情は理解できた。皇太子のお守りが一人増えたらしい。少し安堵できる事態である。
「それにしてもオルファスさま、そのような賤民めいた格好をされておいたわしい」
「構わん、俺が望んでこの貧しい姿をしている。動きやすくてなかなか良いぞ」
賤民二人は眉間にシワを寄せて主従を眺めた。そこで侍従長のエイダも目立たないよう貧しい姿になる。小柄なので京哉の衣服を貸した。
主従揃ってジーンズにセーターを身に着け、何やら盛り上がっている。エイダも賤民めいた格好がお気に召したようだ。
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