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第13話
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十一時になって二人は隣室のチャイムを鳴らした。
随分前に目覚めてはいたが京哉が起きられなかったのだ。SPとしてあるまじきことだと京哉は頬を膨らませていたが霧島は非常に機嫌がいい。
ドアはエイダの手によって開けられ二人は入室する。
既にオルファスも起きてフランス窓の傍の丸テーブルに着きTVを眺めていた。フランス窓の外は三十メートルもある崖で眼下は海、狙い撃たれる心配は殆どない。
「そなたたち、ここを知っているか?」
挨拶も抜きでいきなり訊かれ、目を瞬かせて指差されたTVを見る。画面に映っていたのは都内を跨いだ他県にある水族館だった。全国的にも有名な大型施設を女性リポータが紹介している。それと二人の顔を交互に見るオルファスの目は子供のように輝いていた。
「ここ霧島本家のすぐ近くだ。確かに海のない国の人に水族館は珍しいでしょうね」
「本家の近くで勝手は分かるが……だからといって他県にまで出張るのか?」
「なあ、だめか?」
そのオルファスの口調が自分を求めるときの霧島と似ていたために、京哉は思わず頷きかけて灰色の目を見上げる。眉間にシワを寄せた霧島に訴えた。
「つれて行ってあげましょうよ。動き回っている方が却って狙われづらいですし」
「……小田切が来てから出発する」
意外にも文句を言わずに霧島は決断したが、「わぁい!」と喜んだのはオルファスだけでなく京哉も一緒だった。本当にSPという自覚があるのか疑わしい。
そこでチャイムが鳴ってブランチのワゴンを押したメイドと共に今枝が登場した。恐縮する侍従長も同じテーブルで甘塩の鮭の切り身や明太子に厚焼き玉子、ほうれん草のおひたしに大根おろし、なめこと豆腐の味噌汁にご飯という純和風の朝食を摂る。
炊飯器のご飯と鍋の味噌汁を四人は先を争うようにしておかわりした。
「何もかも世話を掛ける。大儀だ」
「ふん。どうせクソ親父は貴様の国からそれなりのものを引き出す、遠慮は要らん」
「遠慮してはいない」
「見れば分かる」
「御前にはきちんと返す。企業人はそのくらい当然だと俺も承知している」
日本語まで堪能なくらいだ、様々な知識を詰め込まれているらしい。悠々と目前のものを食する男をチラリと見て、霧島はさっさと自分の飯を片付けた。
同じくサツカンで食事にあまり時間を掛けない京哉と共に隣の部屋に戻る。ドレスシャツにスラックス姿の二人はベルトの上に特殊警棒と手錠ホルダーにスペアマガジンパウチを着けた帯革を締め、銃入りショルダーホルスタを装着した。
タイを締め、ジャケットを羽織る。殆ど車両移動なのと動きを阻害されるのを嫌って敢えてコートは着ない。
すぐに出られる格好で二人はソフトキスを交わした。
「もう足腰はつらくないか?」
「大丈夫です。じゃあ下に降りますか」
部屋を出てエレベーターで一階に降りる。するとそこでタイミング良く玄関ホールの方から小田切が姿を見せる。小田切も二人を見て手を振りつつ近づいてきた。
「これって休日出勤で代休が取れるのかい?」
「セコいことを言うより、また特別任務の私たちを労え。敬え、崇め奉れ」
「それよりもこれ、昨日プレゼントされたブツです」
と、京哉は小田切にひしゃげた7.62ミリNATO弾を投げた。小田切は左手でキャッチする。キャリアで霧島の二期後輩に当たるが、人間関係で失敗して機捜に流れてきた小田切は京哉と同じくスペシャル・アサルト・チーム、いわゆるSATの非常勤狙撃班員だ。興味を持ったらしく暫し眺めてからポケットに収める。
「大した得物だなあ。鑑識に回せばいいんだろ?」
「ついでに貴様も特別任務に参加して――」
「あああ、聞こえない、聞こえない~っと」
こちらもかつて特別任務に編入された上に狙撃され、鎖骨骨折までしたことのある小田切は餃子と称される耳を塞いだ。そんな小田切に霧島は「ふん」と鼻を鳴らしてから念を押す。
「結果は誰にも洩らすな、副隊長」
「了解した。頑張って特別任務に励んでくれ。じゃあな」
そう言うと再び二人に手を振って小田切は玄関を出て行った。
入れ替わりにエレベーターからオルファスとエイダが姿を現す。オルファスは濃紺のオーダーメイドスーツに黒いカシミアのチェスターコートを羽織り、シルバーグレイのストールを掛けていて、浅黒い肌に彫りの深い顔立ちが強調され、なかなかの男前に見えた。
「わあ、すっごい、オルファス、格好いい!」
「賛辞は有難く受け取ろう。だが鳴海、そなたも美しいな」
「お世辞でも嬉しいですよ」
「世辞ではない、本当に俺の妃にならぬか?」
会話を黙って聞いている霧島の機嫌がぐいぐい傾いてゆくのを察し、京哉は返事を避けて曖昧に笑うに留まる。なるべくオルファスを見ないようにして霧島を促した。
「遠いですし、もう出ましょうか」
「遠いぞ。高速でも三時間以上は掛かるからな、覚悟しておけ」
しかしこの面子で目立たないというのは無理があるんじゃないかな、などと京哉が冷静に考えていると少々揉め始める。エイダがどうしてもついてゆくと言い出してオルファスに縋りつき剥がれなかったのだ。
仕方なくエイダも含めた四人で黒塗りに乗り込むことになる。運転は霧島、助手席に京哉で後部にオルファスとエイダだ。今枝に見送られる。
随分前に目覚めてはいたが京哉が起きられなかったのだ。SPとしてあるまじきことだと京哉は頬を膨らませていたが霧島は非常に機嫌がいい。
ドアはエイダの手によって開けられ二人は入室する。
既にオルファスも起きてフランス窓の傍の丸テーブルに着きTVを眺めていた。フランス窓の外は三十メートルもある崖で眼下は海、狙い撃たれる心配は殆どない。
「そなたたち、ここを知っているか?」
挨拶も抜きでいきなり訊かれ、目を瞬かせて指差されたTVを見る。画面に映っていたのは都内を跨いだ他県にある水族館だった。全国的にも有名な大型施設を女性リポータが紹介している。それと二人の顔を交互に見るオルファスの目は子供のように輝いていた。
「ここ霧島本家のすぐ近くだ。確かに海のない国の人に水族館は珍しいでしょうね」
「本家の近くで勝手は分かるが……だからといって他県にまで出張るのか?」
「なあ、だめか?」
そのオルファスの口調が自分を求めるときの霧島と似ていたために、京哉は思わず頷きかけて灰色の目を見上げる。眉間にシワを寄せた霧島に訴えた。
「つれて行ってあげましょうよ。動き回っている方が却って狙われづらいですし」
「……小田切が来てから出発する」
意外にも文句を言わずに霧島は決断したが、「わぁい!」と喜んだのはオルファスだけでなく京哉も一緒だった。本当にSPという自覚があるのか疑わしい。
そこでチャイムが鳴ってブランチのワゴンを押したメイドと共に今枝が登場した。恐縮する侍従長も同じテーブルで甘塩の鮭の切り身や明太子に厚焼き玉子、ほうれん草のおひたしに大根おろし、なめこと豆腐の味噌汁にご飯という純和風の朝食を摂る。
炊飯器のご飯と鍋の味噌汁を四人は先を争うようにしておかわりした。
「何もかも世話を掛ける。大儀だ」
「ふん。どうせクソ親父は貴様の国からそれなりのものを引き出す、遠慮は要らん」
「遠慮してはいない」
「見れば分かる」
「御前にはきちんと返す。企業人はそのくらい当然だと俺も承知している」
日本語まで堪能なくらいだ、様々な知識を詰め込まれているらしい。悠々と目前のものを食する男をチラリと見て、霧島はさっさと自分の飯を片付けた。
同じくサツカンで食事にあまり時間を掛けない京哉と共に隣の部屋に戻る。ドレスシャツにスラックス姿の二人はベルトの上に特殊警棒と手錠ホルダーにスペアマガジンパウチを着けた帯革を締め、銃入りショルダーホルスタを装着した。
タイを締め、ジャケットを羽織る。殆ど車両移動なのと動きを阻害されるのを嫌って敢えてコートは着ない。
すぐに出られる格好で二人はソフトキスを交わした。
「もう足腰はつらくないか?」
「大丈夫です。じゃあ下に降りますか」
部屋を出てエレベーターで一階に降りる。するとそこでタイミング良く玄関ホールの方から小田切が姿を見せる。小田切も二人を見て手を振りつつ近づいてきた。
「これって休日出勤で代休が取れるのかい?」
「セコいことを言うより、また特別任務の私たちを労え。敬え、崇め奉れ」
「それよりもこれ、昨日プレゼントされたブツです」
と、京哉は小田切にひしゃげた7.62ミリNATO弾を投げた。小田切は左手でキャッチする。キャリアで霧島の二期後輩に当たるが、人間関係で失敗して機捜に流れてきた小田切は京哉と同じくスペシャル・アサルト・チーム、いわゆるSATの非常勤狙撃班員だ。興味を持ったらしく暫し眺めてからポケットに収める。
「大した得物だなあ。鑑識に回せばいいんだろ?」
「ついでに貴様も特別任務に参加して――」
「あああ、聞こえない、聞こえない~っと」
こちらもかつて特別任務に編入された上に狙撃され、鎖骨骨折までしたことのある小田切は餃子と称される耳を塞いだ。そんな小田切に霧島は「ふん」と鼻を鳴らしてから念を押す。
「結果は誰にも洩らすな、副隊長」
「了解した。頑張って特別任務に励んでくれ。じゃあな」
そう言うと再び二人に手を振って小田切は玄関を出て行った。
入れ替わりにエレベーターからオルファスとエイダが姿を現す。オルファスは濃紺のオーダーメイドスーツに黒いカシミアのチェスターコートを羽織り、シルバーグレイのストールを掛けていて、浅黒い肌に彫りの深い顔立ちが強調され、なかなかの男前に見えた。
「わあ、すっごい、オルファス、格好いい!」
「賛辞は有難く受け取ろう。だが鳴海、そなたも美しいな」
「お世辞でも嬉しいですよ」
「世辞ではない、本当に俺の妃にならぬか?」
会話を黙って聞いている霧島の機嫌がぐいぐい傾いてゆくのを察し、京哉は返事を避けて曖昧に笑うに留まる。なるべくオルファスを見ないようにして霧島を促した。
「遠いですし、もう出ましょうか」
「遠いぞ。高速でも三時間以上は掛かるからな、覚悟しておけ」
しかしこの面子で目立たないというのは無理があるんじゃないかな、などと京哉が冷静に考えていると少々揉め始める。エイダがどうしてもついてゆくと言い出してオルファスに縋りつき剥がれなかったのだ。
仕方なくエイダも含めた四人で黒塗りに乗り込むことになる。運転は霧島、助手席に京哉で後部にオルファスとエイダだ。今枝に見送られる。
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