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第20話
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「もうそろそろ出掛けたい。そなたたち、つれて行ってくれるのだろうな?」
「本当に頭を割られても知りませんからね」
「そなたたちに期待している。では行こう」
だが一階に降りて車寄せの黒塗りに乗り込む時になって、留守番を言いつけられたエイダが涙ながらにオルファスの脚に縋りつくという愁嘆場になった。
「オルファスさま、行ってはなりませぬ、オルファスさま!」
「エイダ、離せ、離さんか!」
「尊い御身が危険に飛び込むなどとはもってのほか、せめてわたくしをお連れ下さいまし!」
「ええい、離せ! 俺は王となるための試練を受けに行くのだ!」
必死で留めようとし、流す涙を見ては京哉と霧島も気の毒に思わないでもなかったが、しかし二人で二人は護れないと言い渡したのも京哉たちだ。
結局オルファスは忠実な侍従長を振り切って後部座席に滑り込んだ。ドアを閉めるなりすぐさま霧島が発車させる。ミラーの中で小さくなってゆくエイダたちを眺めながら京哉は呟いた。
「あーあ。本気で後悔しなけりゃいいけど」
「後悔するものか。そなたたちでも切り抜けられぬなら誰がSPでも同じだろう」
「買い被られても困るんですけどね。この場合は数がものをいう典型ですから」
「そうなのか?」
「そうですよ。敵を見つけるための目は多ければ多いほどいいし、貴方を護るという点においても人の盾は分厚ければ分厚いほど、貴方の生存率は上がるんですから」
「俺はそなたらを盾などとは思っていないぞ。敢えて言うなら矛だな」
だんだん訳が分からなくなってきて、京哉は押し黙る。霧島も黙したまま運転し続けた。海岸通りからバイパスに入り高速道に乗って一区間で降りると、もうそこは白藤市内のビルの林立である。
いつもなら白藤市駅付近の混雑を避けるため、裏通りの一方通行路や狭い小径を利用するが今日は裏道に入り込まない。襲撃されたら逃げ場がないからだ。
ゆるゆるとしか動かない車列に混じり走ること四十分以上、県警本部も右手に見て通り過ぎる。訝しげな顔をするオルファスに何も告げないままビル街を抜けて郊外に入った。
そこで黙っていられなくなったらしく、オルファスが文句を垂れる。
「俺が見たいのは都市だ。このような土の地面は我が国でも飽きるほど見られる!」
「喚くな。SPの数が足りない分を補うブツを調達しに行くんだ。了解か?」
「何だ、それならそうと早く言わぬか」
本革張りシートに座り直し笑うオルファスをルームミラーで眺め、二人は数分後の未来を憂いて溜息を洩らした。そして辿り着いたのは警察学校だったが、二人の用はそこにない。ここは警察学校だけでなく機動隊本部もあり、中にSAT本部と射場があるのだ。
けれどここで問題なのはSAT隊長の寺岡警視という人物の存在である。寺岡はSAT狙撃班員である京哉のもう一人の上司とも言えたが、口さがない人物で京哉を『人殺し』呼ばわりして憚らない。それだけでなく叩き上げの寺岡は霧島と犬猿の仲なのだ。
「仕方ないですね、行ってきます」
「待て、私も行こう」
「何も喧嘩しに行かなくてもいいのに」
言ってみたが霧島がいつも寺岡の口撃の矢面に立ってくれているのも知っていて、京哉は有難く思いながら黒塗りから駐車場に降り立った。そうして重たいスライドドアの前で張り番をしている機動隊員を顔パスでクリアし、射場に足を踏み入れる。
その途端コンクリート打ちで跳弾防止に砂を敷き詰めた空間に怒声が響き渡った。
「この人殺しども、今度はいったい何を企んでいる!」
「本部長から連絡があった筈だ。私たちから告げることはひとつもない」
「貴様、霧島! また俺から責任を取り上げて満足か!」
「そうだな、あんたが知らないことを私は知っている。それだけでも満足だ」
なかなかにいい勝負だったが観戦しているヒマはない。オルファスが車から脱走する前に京哉は武器庫に入って使い慣れた狙撃銃を手に取った。
ドイツのヘッケラー&コッホ社製PSG1、セミオートだがボルトアクション並みに当たるライフルだ。その代わり値段も約七千ドルという高級品である。セミオートでつまり発射すれば自動的に空薬莢が排出され次弾が撃てる仕組みだ。7.62ミリNATO弾を薬室一発マガジン五発の計六連発。有効射程は約八百メートル。
難を言えばセミオートで機構がやや複雑なため重量が約八キロもある点だったが、狙撃銃は軽ければいいというものでもない。
あまり軽いと撃発時の衝撃を吸収せず射手が後方に吹っ飛ばされてしまうのだ。持ち歩く際の重さを我慢すれば、体重の軽い京哉には却ってこの重さが撃つ際には有利に働くとも云えた。
弾薬を満タンにしPSG1をソフトケースに入れる。スポッタたる霧島が使う気象計とレーザー反射で距離を割り出すスコープも一緒に入れジッパーを閉めた。スポッタは観測手ともいい、スナイパーのアシスト役だ。様々に変わる気象条件をスナイパーに伝えスコープを調整させる。スナイパーの護衛でスナイパーが負傷した際のスペアでもあった。
ソフトケースを担いで射場に出ると、上司二人はまだ言い争っていた。
京哉を見ると寺岡を無視して霧島が訊く。
「試射はしなくていいのか?」
「ええ。前回撃ってから誰も撃っていませんし、早くしないと逃げられますから」
「それもそうだな。では戻ろう」
「本当に頭を割られても知りませんからね」
「そなたたちに期待している。では行こう」
だが一階に降りて車寄せの黒塗りに乗り込む時になって、留守番を言いつけられたエイダが涙ながらにオルファスの脚に縋りつくという愁嘆場になった。
「オルファスさま、行ってはなりませぬ、オルファスさま!」
「エイダ、離せ、離さんか!」
「尊い御身が危険に飛び込むなどとはもってのほか、せめてわたくしをお連れ下さいまし!」
「ええい、離せ! 俺は王となるための試練を受けに行くのだ!」
必死で留めようとし、流す涙を見ては京哉と霧島も気の毒に思わないでもなかったが、しかし二人で二人は護れないと言い渡したのも京哉たちだ。
結局オルファスは忠実な侍従長を振り切って後部座席に滑り込んだ。ドアを閉めるなりすぐさま霧島が発車させる。ミラーの中で小さくなってゆくエイダたちを眺めながら京哉は呟いた。
「あーあ。本気で後悔しなけりゃいいけど」
「後悔するものか。そなたたちでも切り抜けられぬなら誰がSPでも同じだろう」
「買い被られても困るんですけどね。この場合は数がものをいう典型ですから」
「そうなのか?」
「そうですよ。敵を見つけるための目は多ければ多いほどいいし、貴方を護るという点においても人の盾は分厚ければ分厚いほど、貴方の生存率は上がるんですから」
「俺はそなたらを盾などとは思っていないぞ。敢えて言うなら矛だな」
だんだん訳が分からなくなってきて、京哉は押し黙る。霧島も黙したまま運転し続けた。海岸通りからバイパスに入り高速道に乗って一区間で降りると、もうそこは白藤市内のビルの林立である。
いつもなら白藤市駅付近の混雑を避けるため、裏通りの一方通行路や狭い小径を利用するが今日は裏道に入り込まない。襲撃されたら逃げ場がないからだ。
ゆるゆるとしか動かない車列に混じり走ること四十分以上、県警本部も右手に見て通り過ぎる。訝しげな顔をするオルファスに何も告げないままビル街を抜けて郊外に入った。
そこで黙っていられなくなったらしく、オルファスが文句を垂れる。
「俺が見たいのは都市だ。このような土の地面は我が国でも飽きるほど見られる!」
「喚くな。SPの数が足りない分を補うブツを調達しに行くんだ。了解か?」
「何だ、それならそうと早く言わぬか」
本革張りシートに座り直し笑うオルファスをルームミラーで眺め、二人は数分後の未来を憂いて溜息を洩らした。そして辿り着いたのは警察学校だったが、二人の用はそこにない。ここは警察学校だけでなく機動隊本部もあり、中にSAT本部と射場があるのだ。
けれどここで問題なのはSAT隊長の寺岡警視という人物の存在である。寺岡はSAT狙撃班員である京哉のもう一人の上司とも言えたが、口さがない人物で京哉を『人殺し』呼ばわりして憚らない。それだけでなく叩き上げの寺岡は霧島と犬猿の仲なのだ。
「仕方ないですね、行ってきます」
「待て、私も行こう」
「何も喧嘩しに行かなくてもいいのに」
言ってみたが霧島がいつも寺岡の口撃の矢面に立ってくれているのも知っていて、京哉は有難く思いながら黒塗りから駐車場に降り立った。そうして重たいスライドドアの前で張り番をしている機動隊員を顔パスでクリアし、射場に足を踏み入れる。
その途端コンクリート打ちで跳弾防止に砂を敷き詰めた空間に怒声が響き渡った。
「この人殺しども、今度はいったい何を企んでいる!」
「本部長から連絡があった筈だ。私たちから告げることはひとつもない」
「貴様、霧島! また俺から責任を取り上げて満足か!」
「そうだな、あんたが知らないことを私は知っている。それだけでも満足だ」
なかなかにいい勝負だったが観戦しているヒマはない。オルファスが車から脱走する前に京哉は武器庫に入って使い慣れた狙撃銃を手に取った。
ドイツのヘッケラー&コッホ社製PSG1、セミオートだがボルトアクション並みに当たるライフルだ。その代わり値段も約七千ドルという高級品である。セミオートでつまり発射すれば自動的に空薬莢が排出され次弾が撃てる仕組みだ。7.62ミリNATO弾を薬室一発マガジン五発の計六連発。有効射程は約八百メートル。
難を言えばセミオートで機構がやや複雑なため重量が約八キロもある点だったが、狙撃銃は軽ければいいというものでもない。
あまり軽いと撃発時の衝撃を吸収せず射手が後方に吹っ飛ばされてしまうのだ。持ち歩く際の重さを我慢すれば、体重の軽い京哉には却ってこの重さが撃つ際には有利に働くとも云えた。
弾薬を満タンにしPSG1をソフトケースに入れる。スポッタたる霧島が使う気象計とレーザー反射で距離を割り出すスコープも一緒に入れジッパーを閉めた。スポッタは観測手ともいい、スナイパーのアシスト役だ。様々に変わる気象条件をスナイパーに伝えスコープを調整させる。スナイパーの護衛でスナイパーが負傷した際のスペアでもあった。
ソフトケースを担いで射場に出ると、上司二人はまだ言い争っていた。
京哉を見ると寺岡を無視して霧島が訊く。
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