やんごとなき依頼人~Barter.20~

志賀雅基

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第22話

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 公官庁も多いオフィス街を男女が行き交っている。スーツ姿ばかりでなくラフな服装をした者も多数いた。それもその筈でオフィスの入った高層ビルの一階にはテナントの店舗が入居し、人々の目を愉しませているのだ。
 ベーカリーにブティック、ファブリックにバスグッズの店など洒落た店舗が多い。

 かといえば牛丼屋やラーメン店に定食屋など、サラリーマンの胃袋を満たす憩いの場となるような店もあって、目に飽きない配置となっている。オルファスはそれらをくまなく見分しながら二時間近くも歩き回った。

 その間、ずっと霧島はヒットマンにオルファスが弾かれないよう、怪しげな人物がいないかどうか周囲に鋭い目を走らせ続けた。一方の京哉はもっと大変で、高層ビルの窓から狙われていないか、天を仰ぎ続けて眩暈を起こしそうだった。

 だが、はっきり言って先に敵スナイパーを見つけることは困難で、もしもの際は撃たれてから撃ち返すカウンタースナイプになると承知していた。それを見越して、見る者が見たら中身の分かるソフトケースをこれ見よがしに担いで歩くことで警告しているのだ。

 それでもただボーッと歩いている訳にもいかない。痛む首を回しつつ、眩暈で目を瞬かせながら京哉は緊張し続け、オルファスがパーキングに足を向けた時は心底ホッとした。

「これをバスタブの湯に入れると、シュワシュワのアワアワになるのだぞ」

 などと黒塗りの中で暢気にオルファスはバスグッズの店で手に入れた発泡入浴剤を自慢げに二人に見せびらかす。そんなことは二人も知っている、購入するのを見ていたのだ。

「それで今度は何を見たいんだ?」
「言ったであろう、ショッピングモールだ。大儀だが一番大きな所に行ってくれ」

 もう何を言っても仕方がないので、霧島はコインパーキングの料金を精算してレシートを受け取ると、そのまま白藤市内で最大の商業施設に黒塗りを向ける。二十分ほどで立体駐車場に乗り入れ、狙われる可能性を僅かでも減らそうと屋上を避けて車を駐めた。

「ここまで動き回っていたら、幾ら何でも僕らを行確できませんよね」
「今のところ行動確認はされていない。されていても初期段階で失尾した筈だ」

 尾行されていても撒いただろうと、カケラのような希望に縋って霧島と京哉は顔を見合わせ微笑み合う。そこでオルファスがそのカケラを踏みにじった。

「ときに知っておるか? 俺のブログに『本日の予定コーナー』がある。マップ付きで我ながら気が利いているぞ」
「あ……ああ?」

「日本語訳すれば『オルちゃんの日記』だ。少し捻りは足らんが、数にしてリンドル王国の三分の二以上が閲覧している人気サイトだ。毎朝更新するのが売りで――」

 抗議の意思を示すため前席の二人はダッシュボードをダンダンと叩く。そして顔を上げると元通りに鋭い目つきを取り戻し、今度はコートを置いて降車した。勿論京哉はソフトケースを担いでいる。風通しの良い駐車場を縦断し、三人はそそくさと店内に入った。

 ここからの京哉は先程までより格段に楽になった。窓際以外は狙撃に注意を払わなくてもいいのだ。代わりに霧島と共に周囲に怪しい者がいないかチェックする。
 その間オルファスは各階でじっくりと、ありとあらゆる売り物を見分した。

「おお、これは向こう側が透けて見えるではないか!」
「こんなに小さくては、隠すべきが隠れないのではないか?」
「これなど布地をケチりすぎだろう。その割にこの値段は何なのだ!」

 ついて歩く二人は恥ずかしくて堪らなかったが、そこはSPとして生真面目な顔を維持し続ける。その売り場でオルファスは二名の妃に土産まで購入した。

「まあ、軽くて畳めばコンパクトになるし、いいんじゃないでしょうか?」
「そうだな。夫婦円満で結構なことだ」
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