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第33話
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「言っておくが人に見せたのは初めてだぞ。……何か感想はあるか?」
「とても綺麗でした」
シンプルな言葉に霧島が初めて照れた微笑みを口元に漂わせたのを京哉は見逃さず、それで神懸ったように美しかった霧島が自分の許に戻ってきたような気がした。
「でもやっぱり僕は忍さんが欲しいなあ。治ったら押し倒しちゃいますからね」
「嬉しいことを言うものだな。それを愉しみに私も禁欲に耐えよう」
「僕も体力温存して回復に努めますから」
そんなことを喋りながら霧島もパジャマを身に着ける。だがその直後に二人同時に手洗いに立とうとして顔を見合わせ、互いの腹を探り合うことになった。
◇◇◇◇
翌日の木曜の夜になってオルファスがインフルエンザを発症し、気の毒だが訪日の残り三日間は殆どベッドの住人として過ごさなければならないことが確定した。
この頃になると保養所内でも感染者が増え、四階の部屋が全て使われて隔離病棟の様相を呈する。そして既に予想し話していたことながら、感染源は霧島カンパニーの情報セキュリティ部門だとほぼ断定されたが、それで患者が治る訳ではない。
だがそんな中で最初に京哉から感染すると思われていた霧島がまだ無事で、却って二人は室内別居中なのではという噂がメイドやシェフの間でまことしやかに流れた。
「まるで私ではお前を満足させられないような噂まで立っている。失礼千万だ!」
四階の住人でありながら無事なため、自分のことは自分でするのは当然で人手不足に四階の食事運びを買って出た霧島は、耳に入った噂話にご立腹である。
「まあまあ。みんなこの状況でストレスが溜まってるんですよ」
「だからといって何故私が人身御供にされるんだ?」
「貴方はトランキライザーと縁のない精神の持ち主だからでしょう」
宥めているのか貶しているのか分からない発言をした京哉は、金曜の昼間にはベッドから出て普通の生活を営めるまでに回復し、現在はその晩だった。
まだウイルス保有確定者として部屋に軟禁状態だが、霧島の運んできたオムライスのハヤシソースがけとエビフライの盛り合わせに、サラダとスープの夕食を二人で美味しく頂いたところである。
「エイダさんも今朝インフルに倒れちゃったし、オルファスも可哀相かも」
「何だ、京哉。お前はまたオルファスの心配か?」
「そうじゃなくてですね、狙撃の実行犯のジョーイ=逆井も、それを柏仁会に雇わせたオルファスの敵である本ボシも、この分じゃ捕まえられないってことですよ」
「だが私たちの受けた特別任務はオルファスのSPのみ、あと二日で完遂だ。何もなければそれに越したことはないと思うのだがな」
ソファを立った霧島はコーヒーメーカで淹れたコーヒーをカップひとつになみなみと注いできた。二人で飲みながら煙草を吸い始めた京哉は真顔で霧島を見返す。
「そうは言いますが、忍さんだってあれだけ無茶な狙撃にまでゴーサインを出した本部長を始め、『上』が僕らのSP任務イコール、オルファスの敵・炙り出し作戦と同一視してるの、分かっているんでしょう?」
すると霧島は「ふん」と鼻を鳴らして醒めた物言いをした。
「正式任務でもないのに『上』が獲得しようと目論む『リンドル王国から得られる日本政府の利』など護る必要などない。命令は聞いて実行するものであって、慮るものでも忖度するものでもないからな」
「それでも本部長はあからさまでしたよ?」
「ただでさえ私たちは命懸け、任務完遂だけで充分だろう。お前は真面目過ぎるぞ」
「霧島隊長の普段の職務態度に比べたら、何やってても真面目な自信はありますけれど、何れにせよ自分を囮にしたオルファスが動けないなら、同じことなんですよね」
「それも分かっているならお前は悩み損だな。ふあーあ、食ったら眠いな」
お約束の『貴方は悩みがなさそうでいいですね』などと京哉は口に出さなかったが顔には出して、コーヒーを味わう。それでも正義感の塊の霧島が本当に何も考えていないと京哉も思わない。オルファス個人に情は移さなくても、日本国内に武器弾薬を持ち込みマンションの自室をRPGで吹き飛ばした敵に明確な敵意を持っている筈だ。
「そういえば僕らのマンションはどうなったんでしょう?」
「本部長によると、もう修復工事に入ったという話だ」
エイダ経由でオルファス側の手配した業者と、サッチョウ側の手配した業者がかち合ってしまい最初は揉めたようだが、結局合同で当たった挙げ句に競い合い、超速で工事は進んでいるらしかった。
家主や不動産屋にも普通の民間人のふりをしたサッチョウの人員が菓子折りを持って行き、面倒な話は全て終わっているという。
「でも色々と買い揃えなきゃならないですね」
「新たに私たち二人で積み上げていけることを喜ぼう」
「そっか、そうですよね」
微笑まされながらも京哉は本当にこんな男を独り占めしていてもいいのだろうかと思って、じっと灰色の目を窺った。気付いて霧島は京哉の隣に座り直すと固く抱き締めてくれる。
徐々に沁みてきた体温に心配を融かされ、長身の胸に頭を擦りつけた。
「どうした、京哉?」
「忍さん、チキンライスがドレスシャツに付いてます」
「……そうか」
ケチャップの染みは落ちづらいと思われる。外では完璧なマナーを披露するが京哉と二人の時は気が緩んで雑になるのだ。そう考えると独り占めもいいと思えてくる。
そういった方面に思考が向いてしまい、軌道修正が叶わないうちに霧島にも同じ思考が流れ込んだのが分かった。霧島の側も京哉の思考に気付いている。まるで長年連れ添った夫婦のように、もはや言葉も要らないのではないかと思えるほどだったが、この二人は口も減らないので、やはり言葉は必要だった。身を屈めて霧島が京哉の耳元に低く囁く。
「京哉、風呂に入ったら……なあ、いいだろう?」
「勿論ですよ、僕だってずっと我慢していたんですから」
そこでさっさと交代でシャワーを浴び、二人はセミダブルベッドにもつれ込んだ。
◇◇◇◇
だがその頃、高熱で寝ていたオルファスがムクリと起き上がり、思いつくままあちこちに電話を掛けていた。断れない誘いに電話の相手は皆が皆、頷くしかなかった。
「では首相、色々と世話になった礼だ。俺の主催するパーティーに出席を願いたい。日時は俺の訪日最終日で十九時から、場所は白藤市駅前通りのウィンザーホテルだ!」
「とても綺麗でした」
シンプルな言葉に霧島が初めて照れた微笑みを口元に漂わせたのを京哉は見逃さず、それで神懸ったように美しかった霧島が自分の許に戻ってきたような気がした。
「でもやっぱり僕は忍さんが欲しいなあ。治ったら押し倒しちゃいますからね」
「嬉しいことを言うものだな。それを愉しみに私も禁欲に耐えよう」
「僕も体力温存して回復に努めますから」
そんなことを喋りながら霧島もパジャマを身に着ける。だがその直後に二人同時に手洗いに立とうとして顔を見合わせ、互いの腹を探り合うことになった。
◇◇◇◇
翌日の木曜の夜になってオルファスがインフルエンザを発症し、気の毒だが訪日の残り三日間は殆どベッドの住人として過ごさなければならないことが確定した。
この頃になると保養所内でも感染者が増え、四階の部屋が全て使われて隔離病棟の様相を呈する。そして既に予想し話していたことながら、感染源は霧島カンパニーの情報セキュリティ部門だとほぼ断定されたが、それで患者が治る訳ではない。
だがそんな中で最初に京哉から感染すると思われていた霧島がまだ無事で、却って二人は室内別居中なのではという噂がメイドやシェフの間でまことしやかに流れた。
「まるで私ではお前を満足させられないような噂まで立っている。失礼千万だ!」
四階の住人でありながら無事なため、自分のことは自分でするのは当然で人手不足に四階の食事運びを買って出た霧島は、耳に入った噂話にご立腹である。
「まあまあ。みんなこの状況でストレスが溜まってるんですよ」
「だからといって何故私が人身御供にされるんだ?」
「貴方はトランキライザーと縁のない精神の持ち主だからでしょう」
宥めているのか貶しているのか分からない発言をした京哉は、金曜の昼間にはベッドから出て普通の生活を営めるまでに回復し、現在はその晩だった。
まだウイルス保有確定者として部屋に軟禁状態だが、霧島の運んできたオムライスのハヤシソースがけとエビフライの盛り合わせに、サラダとスープの夕食を二人で美味しく頂いたところである。
「エイダさんも今朝インフルに倒れちゃったし、オルファスも可哀相かも」
「何だ、京哉。お前はまたオルファスの心配か?」
「そうじゃなくてですね、狙撃の実行犯のジョーイ=逆井も、それを柏仁会に雇わせたオルファスの敵である本ボシも、この分じゃ捕まえられないってことですよ」
「だが私たちの受けた特別任務はオルファスのSPのみ、あと二日で完遂だ。何もなければそれに越したことはないと思うのだがな」
ソファを立った霧島はコーヒーメーカで淹れたコーヒーをカップひとつになみなみと注いできた。二人で飲みながら煙草を吸い始めた京哉は真顔で霧島を見返す。
「そうは言いますが、忍さんだってあれだけ無茶な狙撃にまでゴーサインを出した本部長を始め、『上』が僕らのSP任務イコール、オルファスの敵・炙り出し作戦と同一視してるの、分かっているんでしょう?」
すると霧島は「ふん」と鼻を鳴らして醒めた物言いをした。
「正式任務でもないのに『上』が獲得しようと目論む『リンドル王国から得られる日本政府の利』など護る必要などない。命令は聞いて実行するものであって、慮るものでも忖度するものでもないからな」
「それでも本部長はあからさまでしたよ?」
「ただでさえ私たちは命懸け、任務完遂だけで充分だろう。お前は真面目過ぎるぞ」
「霧島隊長の普段の職務態度に比べたら、何やってても真面目な自信はありますけれど、何れにせよ自分を囮にしたオルファスが動けないなら、同じことなんですよね」
「それも分かっているならお前は悩み損だな。ふあーあ、食ったら眠いな」
お約束の『貴方は悩みがなさそうでいいですね』などと京哉は口に出さなかったが顔には出して、コーヒーを味わう。それでも正義感の塊の霧島が本当に何も考えていないと京哉も思わない。オルファス個人に情は移さなくても、日本国内に武器弾薬を持ち込みマンションの自室をRPGで吹き飛ばした敵に明確な敵意を持っている筈だ。
「そういえば僕らのマンションはどうなったんでしょう?」
「本部長によると、もう修復工事に入ったという話だ」
エイダ経由でオルファス側の手配した業者と、サッチョウ側の手配した業者がかち合ってしまい最初は揉めたようだが、結局合同で当たった挙げ句に競い合い、超速で工事は進んでいるらしかった。
家主や不動産屋にも普通の民間人のふりをしたサッチョウの人員が菓子折りを持って行き、面倒な話は全て終わっているという。
「でも色々と買い揃えなきゃならないですね」
「新たに私たち二人で積み上げていけることを喜ぼう」
「そっか、そうですよね」
微笑まされながらも京哉は本当にこんな男を独り占めしていてもいいのだろうかと思って、じっと灰色の目を窺った。気付いて霧島は京哉の隣に座り直すと固く抱き締めてくれる。
徐々に沁みてきた体温に心配を融かされ、長身の胸に頭を擦りつけた。
「どうした、京哉?」
「忍さん、チキンライスがドレスシャツに付いてます」
「……そうか」
ケチャップの染みは落ちづらいと思われる。外では完璧なマナーを披露するが京哉と二人の時は気が緩んで雑になるのだ。そう考えると独り占めもいいと思えてくる。
そういった方面に思考が向いてしまい、軌道修正が叶わないうちに霧島にも同じ思考が流れ込んだのが分かった。霧島の側も京哉の思考に気付いている。まるで長年連れ添った夫婦のように、もはや言葉も要らないのではないかと思えるほどだったが、この二人は口も減らないので、やはり言葉は必要だった。身を屈めて霧島が京哉の耳元に低く囁く。
「京哉、風呂に入ったら……なあ、いいだろう?」
「勿論ですよ、僕だってずっと我慢していたんですから」
そこでさっさと交代でシャワーを浴び、二人はセミダブルベッドにもつれ込んだ。
◇◇◇◇
だがその頃、高熱で寝ていたオルファスがムクリと起き上がり、思いつくままあちこちに電話を掛けていた。断れない誘いに電話の相手は皆が皆、頷くしかなかった。
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