やんごとなき依頼人~Barter.20~

志賀雅基

文字の大きさ
33 / 53

第33話

しおりを挟む
「言っておくが人に見せたのは初めてだぞ。……何か感想はあるか?」
「とても綺麗でした」

 シンプルな言葉に霧島が初めて照れた微笑みを口元に漂わせたのを京哉は見逃さず、それで神懸ったように美しかった霧島が自分の許に戻ってきたような気がした。

「でもやっぱり僕は忍さんが欲しいなあ。治ったら押し倒しちゃいますからね」
「嬉しいことを言うものだな。それを愉しみに私も禁欲に耐えよう」
「僕も体力温存して回復に努めますから」

 そんなことを喋りながら霧島もパジャマを身に着ける。だがその直後に二人同時に手洗いに立とうとして顔を見合わせ、互いの腹を探り合うことになった。

◇◇◇◇

 翌日の木曜の夜になってオルファスがインフルエンザを発症し、気の毒だが訪日の残り三日間は殆どベッドの住人として過ごさなければならないことが確定した。

 この頃になると保養所内でも感染者が増え、四階の部屋が全て使われて隔離病棟の様相を呈する。そして既に予想し話していたことながら、感染源は霧島カンパニーの情報セキュリティ部門だとほぼ断定されたが、それで患者が治る訳ではない。

 だがそんな中で最初に京哉から感染すると思われていた霧島がまだ無事で、却って二人は室内別居中なのではという噂がメイドやシェフの間でまことしやかに流れた。

「まるで私ではお前を満足させられないような噂まで立っている。失礼千万だ!」

 四階の住人でありながら無事なため、自分のことは自分でするのは当然で人手不足に四階の食事運びを買って出た霧島は、耳に入った噂話にご立腹である。

「まあまあ。みんなこの状況でストレスが溜まってるんですよ」
「だからといって何故私が人身御供にされるんだ?」
「貴方はトランキライザーと縁のない精神の持ち主だからでしょう」

 宥めているのか貶しているのか分からない発言をした京哉は、金曜の昼間にはベッドから出て普通の生活を営めるまでに回復し、現在はその晩だった。
 まだウイルス保有確定者として部屋に軟禁状態だが、霧島の運んできたオムライスのハヤシソースがけとエビフライの盛り合わせに、サラダとスープの夕食を二人で美味しく頂いたところである。

「エイダさんも今朝インフルに倒れちゃったし、オルファスも可哀相かも」
「何だ、京哉。お前はまたオルファスの心配か?」
「そうじゃなくてですね、狙撃の実行犯のジョーイ=逆井も、それを柏仁会に雇わせたオルファスの敵である本ボシも、この分じゃ捕まえられないってことですよ」

「だが私たちの受けた特別任務はオルファスのSPのみ、あと二日で完遂だ。何もなければそれに越したことはないと思うのだがな」

 ソファを立った霧島はコーヒーメーカで淹れたコーヒーをカップひとつになみなみと注いできた。二人で飲みながら煙草を吸い始めた京哉は真顔で霧島を見返す。

「そうは言いますが、忍さんだってあれだけ無茶な狙撃にまでゴーサインを出した本部長を始め、『上』が僕らのSP任務イコール、オルファスの敵・炙り出し作戦と同一視してるの、分かっているんでしょう?」

 すると霧島は「ふん」と鼻を鳴らして醒めた物言いをした。

「正式任務でもないのに『上』が獲得しようと目論む『リンドル王国から得られる日本政府の利』など護る必要などない。命令は聞いて実行するものであって、慮るものでも忖度するものでもないからな」
「それでも本部長はあからさまでしたよ?」
「ただでさえ私たちは命懸け、任務完遂だけで充分だろう。お前は真面目過ぎるぞ」

「霧島隊長の普段の職務態度に比べたら、何やってても真面目な自信はありますけれど、何れにせよ自分を囮にしたオルファスが動けないなら、同じことなんですよね」
「それも分かっているならお前は悩み損だな。ふあーあ、食ったら眠いな」

 お約束の『貴方は悩みがなさそうでいいですね』などと京哉は口に出さなかったが顔には出して、コーヒーを味わう。それでも正義感の塊の霧島が本当に何も考えていないと京哉も思わない。オルファス個人に情は移さなくても、日本国内に武器弾薬を持ち込みマンションの自室をRPGで吹き飛ばした敵に明確な敵意を持っている筈だ。

「そういえば僕らのマンションはどうなったんでしょう?」
「本部長によると、もう修復工事に入ったという話だ」

 エイダ経由でオルファス側の手配した業者と、サッチョウ側の手配した業者がかち合ってしまい最初は揉めたようだが、結局合同で当たった挙げ句に競い合い、超速で工事は進んでいるらしかった。
 家主や不動産屋にも普通の民間人のふりをしたサッチョウの人員が菓子折りを持って行き、面倒な話は全て終わっているという。

「でも色々と買い揃えなきゃならないですね」
「新たに私たち二人で積み上げていけることを喜ぼう」
「そっか、そうですよね」

 微笑まされながらも京哉は本当にこんな男を独り占めしていてもいいのだろうかと思って、じっと灰色の目を窺った。気付いて霧島は京哉の隣に座り直すと固く抱き締めてくれる。
 徐々に沁みてきた体温に心配を融かされ、長身の胸に頭を擦りつけた。

「どうした、京哉?」
「忍さん、チキンライスがドレスシャツに付いてます」
「……そうか」

 ケチャップの染みは落ちづらいと思われる。外では完璧なマナーを披露するが京哉と二人の時は気が緩んで雑になるのだ。そう考えると独り占めもいいと思えてくる。

 そういった方面に思考が向いてしまい、軌道修正が叶わないうちに霧島にも同じ思考が流れ込んだのが分かった。霧島の側も京哉の思考に気付いている。まるで長年連れ添った夫婦のように、もはや言葉も要らないのではないかと思えるほどだったが、この二人は口も減らないので、やはり言葉は必要だった。身を屈めて霧島が京哉の耳元に低く囁く。

「京哉、風呂に入ったら……なあ、いいだろう?」
「勿論ですよ、僕だってずっと我慢していたんですから」

 そこでさっさと交代でシャワーを浴び、二人はセミダブルベッドにもつれ込んだ。

◇◇◇◇

 だがその頃、高熱で寝ていたオルファスがムクリと起き上がり、思いつくままあちこちに電話を掛けていた。断れない誘いに電話の相手は皆が皆、頷くしかなかった。

「では首相、色々と世話になった礼だ。俺の主催するパーティーに出席を願いたい。日時は俺の訪日最終日で十九時から、場所は白藤市駅前通りのウィンザーホテルだ!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔
キャラ文芸
​【平凡な高校生 × 妖従者たちが紡ぐ、絆と成長の主従現代和風ファンタジー!】 ★第9回キャラ文芸大賞エントリー中! 「選ぶのはお前だ」 ――そう言われても、もう引き返せない。 ​ごく普通の高校生・奏太(そうた)は、夏休みのある日、本家から奇妙な呼び出しを受ける。 そこで待っていたのは、人の言葉を話す蝶・汐(うしお)と、大鷲・亘(わたり)。 彼らに告げられたのは、人界と異界を隔てる結界を修復する「守り手」という、一族に伝わる秘密の役目だった。 ​「嫌なら断ってもいい」と言われたものの、放置すれば友人が、家族が、町が危険に晒される。 なし崩し的に役目を引き受けた奏太は、夜な夜な大鷲の背に乗り、廃校や心霊スポットへ「出勤」することに! ​小生意気な妖たちに絡まれ、毒を吐く蛙と戦い、ついには異世界「妖界」での政変にまで巻き込まれていく奏太。 その過程で彼は、一族が隠し続けてきた「残酷な真実」と、従姉・結(ゆい)の悲しい運命を知ることになる―― ​これは、後に「秩序の神」と呼ばれる青年が、まだ「ただの人間」だった頃の、始まりの物語。 ​★新作『蜻蛉商会のヒトガミ様』 この物語から300年後……神様になった奏太の物語も公開中! https://www.alphapolis.co.jp/novel/174241108/158016858

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ユニークアイテムな女子(絶対的替えの効かない、唯一無二の彼女)「ゆにかの」

masuta
キャラ文芸
恋と友情、そして命を懸けた決断。青春は止まらない。 世界を股にかける財閥の御曹司・嘉位は、U-15日本代表として世界一を経験した天才投手。 しかし、ある理由で野球を捨て、超エリート進学校・和井田学園へ進学する。 入学式の日、偶然ぶつかった少女・香織。 彼女は、嘉位にとって“絶対的替えの効かない、唯一無二の存在”だった。 香織は、八重の親友。 そして八重は、時に未来を暗示する不思議な夢を見る少女。 その夢が、やがて物語を大きく動かしていく。 ゴールデンウィーク、八重の見た夢は、未曾有の大災害を告げていた。 偶然か、必然か……命を守るために立ち上がる。 「誰も欠けさせない」という信念を胸に走り続ける。 やがて災害を未然に防ぎ、再びグラウンドへと導く。 その中で、恋もまた静かに進んでいく。 「ずっと、君が好きだった」告白の言葉が、災害と勝負を越えた心を震わせる。 それぞれの想いが交錯し、群像劇は加速する。 一人ひとりが主人公。人生に脇役はいない。 現代ファンタジーとリアルが交錯する青春群像劇。 本作は小説家になろう、オリジナル作品のフルリメイク版です。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

処理中です...