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第41話
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「じゃあ、オルファス。元気でね」
「我々も日本から貴様を見ているからな」
「ああ。そなたたちも達者でな、鳴海、霧島。鳴海は本当に俺の妃にはならんのか?」
「オルファス、また忍さんに殴られますよ」
「そうだな。あれはもう二度と御免だ。だが暴力の痛みも知った、いい経験をした」
そこでリンドル王国側のSP代表がオルファスを促した。もう出航らしい。
「では、さらばだ!」
特別に滑走路上での見送りを許された二人は、タラップを上ってゆくオルファスの背がボーイング・トリプルセブンに消えるまでじっと見つめてから踵を返した。そして真夜中の星空に飛び立った機の航法灯を駐車場の黒塗りに凭れて仰ぐ。
「あーあ、帰っちゃった。少し淋しくなるかも」
「何だ、京哉。お前は本当にオルファスに未練があるのではないだろうな?」
「そうじゃないですよ、でも急に静かになっちゃったから」
あれからオルファスと京哉で何とか霧島を隣のビル屋上まで運び、政府のヘリにピックアップして貰って何もかもから逃げた。柏仁会の事務所銃撃からコンスタンスホテルでの爆破という一連の事件は、柏仁会の内部抗争及び海外マフィアのカチコミという警察発表がなされた。
直後に組対と捜一が柏仁会にガサをかけ、ジョーイ=逆井の口から出た若頭補佐は逮捕された。一方、リンドル王国も防衛大臣の逮捕に向けて国家警察省が動いているらしい。
「では、保養所に戻って車を乗り換えたら、マンションに帰るぞ」
「あっ、運転は僕がしますから貴方は助手席です」
「もう大丈夫だ、問題ないぞ?」
「だめです。まだ無理をしないで下さい」
ヘリで都内の病院に送られた霧島は大量の点滴をして回復していたが、京哉はまだ心配で堪らない。霧島を押し退けて運転席に座る。仕方なく霧島は助手席に収まった。
発車させるなり京哉が二人の懸案を口にする。
「柏仁会へのガサ入れでも会長の槙原省吾にはワッパを打てなかったんですよね?」
「ああ。組対の箱崎が言うには、今回は若頭補佐曰く『自分が主犯』らしくてな」
「指定暴力団トップが一度も訴追されず済んでるなんて本当に上手く逃れてますね」
「上手く逃れた分だけ、私たちがシノギを潰している。気を付けんとな」
声には出さず京哉は頷いた。ゆったりした運転で首都高速に乗り環状線を抜けて最初のサービスエリアに寄る。そこで微糖の缶コーヒーを買って飲むと今度は給油だ。
だがガソリンスタンドで給油し再び出発する間際になって霧島が言い張った。
「もう遅い、私が運転した方が早く着く」
「分かってますけど、そんなに急がなくてもいいじゃないですか」
「往きもお前が運転したんだ、疲れただろう?」
「疲れてはいませんよ、あと一時間くらい僕が運転しますから」
「だめだ、私にさせろ。欠伸をしているのを見逃すとでも思ったのか?」
「う……貴方が本当に大丈夫なら」
結局は霧島に運転席を譲る。確かに京哉は眠たかったから缶コーヒーなど飲んでいた訳で、本音を言えば助かったと思わないでもなかった。
助手席に座って出発すると安堵から眠気が増す。ぼうっと窓外を眺めていると電子看板も派手なラブホテルが林立していた。
何で高速の傍にはラブホが多いんだろうかと疑問に思いながら、いつの間にか意識を白い闇に溶かしている。そうして車が停まりエンジンを切ったのを感じて目を見開くと、そこは見覚えのないガレージだった。
「京哉、着いたぞ」
「忍さん、ここ、何処ですか?」
「ホテルだ。もう我慢ができなくなった。お前をくれ」
「って、まさかラブホ……ですか?」
訊きながらも確信して頬に血が上るのを感じる。霧島はためらいなく車を降りると助手席側に回ってドアを開け、京哉を横抱きにすくい上げた。
京哉は抵抗しないが息を押し殺すようにして身を固くしていた。霧島とこういう所に来るのは初めてで妙に緊張していたのだ。
明確に『そういう行為をするための場所』に霧島がくるとも思っても見なかった。
「京哉、嫌なのか?」
「……いいえ」
誰に会うこともなく部屋まで辿り着く。ドアの前で降ろされノブを引いたのは京哉自身だった。すぐ霧島が先払い料金を指定された引き出し状の箱に入れて押し込む。
追加料金が発生したら、それも支払わなければドアが開かないシステムだが、それを心得ているらしい霧島は結構慣れた風だった。さっさとジャケットを脱ぎ、吊った銃を外し出す。
それからもガラス張りのバスルームをシャワーで流して湯を溜めたり、電気ポットを洗って水を張りプラグを繋いだりと立ち働いて、スリーピーススーツのベストを脱いだ。
「京哉、嫌なのか?」
「いいえ」
同じ会話を繰り返し、前髪をかき上げる霧島を見つめながら京哉もジャケットを脱いで銃その他の装備を解く。ベストを脱ぐと我慢できなくなって霧島の腕の中に飛び込んだ。
「我々も日本から貴様を見ているからな」
「ああ。そなたたちも達者でな、鳴海、霧島。鳴海は本当に俺の妃にはならんのか?」
「オルファス、また忍さんに殴られますよ」
「そうだな。あれはもう二度と御免だ。だが暴力の痛みも知った、いい経験をした」
そこでリンドル王国側のSP代表がオルファスを促した。もう出航らしい。
「では、さらばだ!」
特別に滑走路上での見送りを許された二人は、タラップを上ってゆくオルファスの背がボーイング・トリプルセブンに消えるまでじっと見つめてから踵を返した。そして真夜中の星空に飛び立った機の航法灯を駐車場の黒塗りに凭れて仰ぐ。
「あーあ、帰っちゃった。少し淋しくなるかも」
「何だ、京哉。お前は本当にオルファスに未練があるのではないだろうな?」
「そうじゃないですよ、でも急に静かになっちゃったから」
あれからオルファスと京哉で何とか霧島を隣のビル屋上まで運び、政府のヘリにピックアップして貰って何もかもから逃げた。柏仁会の事務所銃撃からコンスタンスホテルでの爆破という一連の事件は、柏仁会の内部抗争及び海外マフィアのカチコミという警察発表がなされた。
直後に組対と捜一が柏仁会にガサをかけ、ジョーイ=逆井の口から出た若頭補佐は逮捕された。一方、リンドル王国も防衛大臣の逮捕に向けて国家警察省が動いているらしい。
「では、保養所に戻って車を乗り換えたら、マンションに帰るぞ」
「あっ、運転は僕がしますから貴方は助手席です」
「もう大丈夫だ、問題ないぞ?」
「だめです。まだ無理をしないで下さい」
ヘリで都内の病院に送られた霧島は大量の点滴をして回復していたが、京哉はまだ心配で堪らない。霧島を押し退けて運転席に座る。仕方なく霧島は助手席に収まった。
発車させるなり京哉が二人の懸案を口にする。
「柏仁会へのガサ入れでも会長の槙原省吾にはワッパを打てなかったんですよね?」
「ああ。組対の箱崎が言うには、今回は若頭補佐曰く『自分が主犯』らしくてな」
「指定暴力団トップが一度も訴追されず済んでるなんて本当に上手く逃れてますね」
「上手く逃れた分だけ、私たちがシノギを潰している。気を付けんとな」
声には出さず京哉は頷いた。ゆったりした運転で首都高速に乗り環状線を抜けて最初のサービスエリアに寄る。そこで微糖の缶コーヒーを買って飲むと今度は給油だ。
だがガソリンスタンドで給油し再び出発する間際になって霧島が言い張った。
「もう遅い、私が運転した方が早く着く」
「分かってますけど、そんなに急がなくてもいいじゃないですか」
「往きもお前が運転したんだ、疲れただろう?」
「疲れてはいませんよ、あと一時間くらい僕が運転しますから」
「だめだ、私にさせろ。欠伸をしているのを見逃すとでも思ったのか?」
「う……貴方が本当に大丈夫なら」
結局は霧島に運転席を譲る。確かに京哉は眠たかったから缶コーヒーなど飲んでいた訳で、本音を言えば助かったと思わないでもなかった。
助手席に座って出発すると安堵から眠気が増す。ぼうっと窓外を眺めていると電子看板も派手なラブホテルが林立していた。
何で高速の傍にはラブホが多いんだろうかと疑問に思いながら、いつの間にか意識を白い闇に溶かしている。そうして車が停まりエンジンを切ったのを感じて目を見開くと、そこは見覚えのないガレージだった。
「京哉、着いたぞ」
「忍さん、ここ、何処ですか?」
「ホテルだ。もう我慢ができなくなった。お前をくれ」
「って、まさかラブホ……ですか?」
訊きながらも確信して頬に血が上るのを感じる。霧島はためらいなく車を降りると助手席側に回ってドアを開け、京哉を横抱きにすくい上げた。
京哉は抵抗しないが息を押し殺すようにして身を固くしていた。霧島とこういう所に来るのは初めてで妙に緊張していたのだ。
明確に『そういう行為をするための場所』に霧島がくるとも思っても見なかった。
「京哉、嫌なのか?」
「……いいえ」
誰に会うこともなく部屋まで辿り着く。ドアの前で降ろされノブを引いたのは京哉自身だった。すぐ霧島が先払い料金を指定された引き出し状の箱に入れて押し込む。
追加料金が発生したら、それも支払わなければドアが開かないシステムだが、それを心得ているらしい霧島は結構慣れた風だった。さっさとジャケットを脱ぎ、吊った銃を外し出す。
それからもガラス張りのバスルームをシャワーで流して湯を溜めたり、電気ポットを洗って水を張りプラグを繋いだりと立ち働いて、スリーピーススーツのベストを脱いだ。
「京哉、嫌なのか?」
「いいえ」
同じ会話を繰り返し、前髪をかき上げる霧島を見つめながら京哉もジャケットを脱いで銃その他の装備を解く。ベストを脱ぐと我慢できなくなって霧島の腕の中に飛び込んだ。
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