やんごとなき依頼人~Barter.20~

志賀雅基

文字の大きさ
47 / 53

第47話

しおりを挟む
 和服の袂から携帯を出し御前はメールを打つ。送信するのを眺めて京哉は言った。

「あ、それと御前は今回の件で僕とオルファスが忍さんを救出する前に日本政府から全てを聞かされていながら、事態を看過しようとしましたよね?」
「忍の奴はそう簡単に死なん。それにおぬしらを信じておった」

「だけど幾らリンドル王国から得るものが大きくても、忍さんをすり潰されかけてなお放置しようとした事実……僕は許しませんからね、御前」

 至極朗らかに京哉は言ったが、口元の薄い笑いが御前の目を釘付けにする。

「……どうすれば許して貰えるかの?」
「そのうちバーターになり得る情報か何かをくれたら、それで構いませんよ」
「貸し借りはその場で清算する主義なんじゃが、おぬしが相手ならそれも良かろう。それにしてもおぬしと話すのは面白い。面白い話で腹が減ったぞよ。茶の時間にせぬか?」

 夕食が少なめだった京哉は同意し、御前が携帯で今枝に茶の支度を申し付けた。まもなくチャイムが鳴って今枝がワゴンを押したメイドを伴いやってくる。すると茶菓子の匂いで霧島が目を覚まし、ベッドから降りると点滴台を押して真っ先に丸テーブルに着いた。

 白いシルクサテンのパジャマ一枚の霧島は見るからに寒々しく、京哉はクローゼットからグレイのカーディガンを出し羽織らせてから着席する。御前も椅子に腰掛けた。

「お茶は本年度のディンブラブレンド、マーテル・シャンテルー入りでございます」

 ブランデーもたっぷりの紅茶が配られ、小難しい話もせずに釣りなどを話題にして淡々と三人は茶を飲み、大皿二枚に盛られたカナッペにサンドウィッチ、シュークリームやタルトなどを味わう。あらかた食い終えると霧島は再びベッドに這い込んで横になった。

「忍さんが御前に対して喧嘩腰にならないなんて珍しいかも」
「まあ、あれだけの熱じゃ。寝ておるのが普通、食えるのが異常じゃからの」
「忍さんに関しては食欲がなくなったら本気の一大事と心得てますから」

 まもなく茶も飲み尽くし、今枝とメイドが空になった茶器や皿の載ったワゴンと共に去る。御前が和服の裾を捌いて立ち、京哉にひらひらと手を振った。

「もう二十三時過ぎじゃ。おぬしも寝るがよい」
「おやすみなさい、御前」
「また明日、語ろうぞ」

 姿勢のいい和服の背を見送って、京哉はまず食後の煙草をソファで吸う。一本で切り上げると霧島の様子を覗いた。毛布の蔭から灰色の目が見返している。

「もう今日はマンションには戻れませんよ、ブランデー入り紅茶を飲みましたから」
「分かっている。今枝も小賢しい真似をするようになったものだ」
「貴方のためを思いやってのことでしょう、小賢しいなんて失礼ですよ」
「お前は何処までも私ではなく他人の味方をするんだな」

 そう言って霧島は深々と溜息をついて見せた。またも拗ねた男に京哉は提案する。

「じゃあ、ほら、躰を拭いてあげますから。前のお返しです」

 アクセントが『前のお返し』に置かれていたのに目を輝かせた霧島に京哉は笑いかけ、洗面所に向かって熱い湯に何枚ものタオルを浸して絞り始めた。

◇◇◇◇ 

 ひたすら霧島は食っては寝ることを繰り返し、京哉は御前を相手にヒマ潰しをして週が明けたが、霧島は治療薬が効かずに四十度の熱を出したままだった。

「忍さん、これ、このニュース。槙原省吾が出てますよ」
「ん、ああ、見ている。胆石で入院した西尾にしお組組長の見舞いか」
「元はひとつの組で分裂したのに、お見舞いなんか行くんですね」
「あの業界は義理事も命懸けだからな」

 相変わらずベッドの住人ながら、やや目覚めている時間が長くなった霧島と喋りつつ、京哉は午後の茶を飲んでからずっとTVを眺めていた。
 映っている槙原省吾とは以前にパーティーで顔を合わせたことがあるが、その時の記憶と同じく組長としては三十代という若さで結構な色男ぶりである。

「それにしたって本当にパイされちゃったんですね。狙ってくるでしょうか?」
「目立つことは避けると思いたいが、面子で生きているのが奴らだ」
「仕掛けてくる可能性は大ありと。でもここは狙撃もされない天然の要塞ですから」

 疑心暗鬼になっても仕方ないので話題を変え、せっかく『出張』終了宣言したのに休んでしまっている機捜について話し、隊員たちに関する無責任な噂で笑い合った。

「ああ見えて栗田さんは女子高生と清いお付き合いですからね」
「元社長でお嬢の彼女が高校卒業後は栗田も所帯持ちか。それより竹内一班長はもう二人目ができたらしいぞ。私たちの贈ったデジカメのメモリを買い足したらしい」
「ええっ、二人目なんてすごい早業。涼しい顔しててもさすがはデキ婚ですね」

 ひとしきり盛り上がると京哉は高熱の霧島を心配して寝かせにかかる。TVを消し毛布を掛け直し手を握ってやると、まもなく規則正しい寝息が聞こえ始めた。そこで京哉は丸テーブルにノートパソコンをセットして起動した。

 何をするのかといえば、何処かに橋渡しとしての槙原と顧客である議員先生やサッチョウ上層部の一部がやり取りしている『取引現場』が載っていないか探すのだ。そう簡単に他人が閲覧できるとは思えないが、ヒマ潰しには丁度いい。

 ブラウザを立ち上げ、思いつく片端からワードを入れて検索していると、槙原省吾はネット界の一部で結構な有名人という事実を知る。ブログまで運営して閲覧者数は六桁に及んでいた。
 無論違法なシノギに関する事項は載せていないが、行事などの記録や時事的ニュースに対して現役業界人としての切り口でコラムめいたものを書いてあったりした。

「ふうん。結構面白いけど、ちょっと狙い過ぎって気がするなあ」

 呟いた京哉だったが、そのブログから『取引現場』にリンクが張られている筈もない。過去日記まで読んでから再び検索に熱中していると日も暮れて少し寒くなっていた。
 エアコンの設定温度を上げ、フランス窓から外を眺める。自分で『天然の要塞』といったように、眼下の三十メートルもある切り立った崖の下は黒々とした海になっていた。

 御前が『窓から釣りをしたい』などと言ってこの保養所を建てたらしいが、特殊部隊でもあるまいし、ここから登ってくる敵などまずいないだろう。

 ふと掛け時計を見上げてみると、もう二十時近かった。熱中しすぎて時間感覚もなかったのだ。そろそろ夕食かなと思った途端にチャイムが鳴る。
 ドアを開けるとワゴンを押したメイドと今枝だ。匂いで霧島も起き出してくる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔
キャラ文芸
​【平凡な高校生 × 妖従者たちが紡ぐ、絆と成長の主従現代和風ファンタジー!】 ★第9回キャラ文芸大賞エントリー中! 「選ぶのはお前だ」 ――そう言われても、もう引き返せない。 ​ごく普通の高校生・奏太(そうた)は、夏休みのある日、本家から奇妙な呼び出しを受ける。 そこで待っていたのは、人の言葉を話す蝶・汐(うしお)と、大鷲・亘(わたり)。 彼らに告げられたのは、人界と異界を隔てる結界を修復する「守り手」という、一族に伝わる秘密の役目だった。 ​「嫌なら断ってもいい」と言われたものの、放置すれば友人が、家族が、町が危険に晒される。 なし崩し的に役目を引き受けた奏太は、夜な夜な大鷲の背に乗り、廃校や心霊スポットへ「出勤」することに! ​小生意気な妖たちに絡まれ、毒を吐く蛙と戦い、ついには異世界「妖界」での政変にまで巻き込まれていく奏太。 その過程で彼は、一族が隠し続けてきた「残酷な真実」と、従姉・結(ゆい)の悲しい運命を知ることになる―― ​これは、後に「秩序の神」と呼ばれる青年が、まだ「ただの人間」だった頃の、始まりの物語。 ​★新作『蜻蛉商会のヒトガミ様』 この物語から300年後……神様になった奏太の物語も公開中! https://www.alphapolis.co.jp/novel/174241108/158016858

ユニークアイテムな女子(絶対的替えの効かない、唯一無二の彼女)「ゆにかの」

masuta
キャラ文芸
恋と友情、そして命を懸けた決断。青春は止まらない。 世界を股にかける財閥の御曹司・嘉位は、U-15日本代表として世界一を経験した天才投手。 しかし、ある理由で野球を捨て、超エリート進学校・和井田学園へ進学する。 入学式の日、偶然ぶつかった少女・香織。 彼女は、嘉位にとって“絶対的替えの効かない、唯一無二の存在”だった。 香織は、八重の親友。 そして八重は、時に未来を暗示する不思議な夢を見る少女。 その夢が、やがて物語を大きく動かしていく。 ゴールデンウィーク、八重の見た夢は、未曾有の大災害を告げていた。 偶然か、必然か……命を守るために立ち上がる。 「誰も欠けさせない」という信念を胸に走り続ける。 やがて災害を未然に防ぎ、再びグラウンドへと導く。 その中で、恋もまた静かに進んでいく。 「ずっと、君が好きだった」告白の言葉が、災害と勝負を越えた心を震わせる。 それぞれの想いが交錯し、群像劇は加速する。 一人ひとりが主人公。人生に脇役はいない。 現代ファンタジーとリアルが交錯する青春群像劇。 本作は小説家になろう、オリジナル作品のフルリメイク版です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

処理中です...