やんごとなき依頼人~Barter.20~

志賀雅基

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第46話

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 幾度か点滴の刺し替えをしながら、京哉は気付くと霧島のベッドに突っ伏しているというのを繰り返した。最終的にチャイムが鳴って目が覚め、開けに行くと今枝が夕食のワゴンを押したメイドを伴っていて、反射的に振り返り掛け時計を見る。

「あ、もう十九時なんですね」
「お茶の時間もなかったことですし、少々早めに用意させて頂きました」

 おそらく茶の時も眠っていて気付かなかったのだろう。京哉は恐縮し入って貰う。

 今枝もメイドもインフルエンザの洗礼を受けていて、同じ型のウイルスに今シーズン再感染する心配がないのが有難い。今枝は食後のコーヒーを淹れ、メイドはバスルームの支度を始める。そうして誰もが静かに動いていたが、霧島が目覚めているのを京哉は知っていた。
 他人が部屋に入ってきて気付かないようでは、とっくに特別任務で死んでいる。

「では鳴海さま、あとをお願いして宜しいでしょうか?」
「ええ。色々とすみません」
「いえいえ。病身の忍さまにおかれましても鳴海さまのお蔭で安心していられます」

 今枝たちが去るとワゴンの夕食を眺めた。海鮮のドリアと若鶏の香草焼きにサラダ、リゾットにクリームスープが載っている。チーズと鶏の香ばしい匂いが食欲をそそった。

「忍さん、食べられそうですか?」
「ん、ああ、食う」

 手を貸すまでもなく上体を起こした霧島の背に枕を詰め込んでやる。ワゴンを引き寄せてお絞りで手を拭くとスプーンでリゾットをすくい、少し冷ましてから「あーん」してやった。風邪程度なら『自分で食える』などと言う霧島が素直に口を開けるのが愛しい。

 だがリゾットとスープを完食した霧島はドリアと鶏の香草焼きも要求し、その食欲が嬉しくて自分も食べつつ「あーん」を続行していると、京哉の分を半分ほど食べてしまう。

「京哉、お前はそれでは足らんだろう。食堂に行ってきても構わんぞ」
「遠慮します。その間に誰かが逃走を図ると困りますから」

 見透かされて霧島は目を泳がせていた。残りを綺麗にさらえた京哉はカップひとつにコーヒーを注ぎ、霧島の手が届く位置にワゴンを動かしてやる。そこで熱を測らせたが、まだ四十度五分もあって眉をひそめた。この熱であの食欲は信じがたい。

「煙草、吸ってもいいからな」
「咳してた貴方の前で悪いですが、なるべく離れて吸うから勘弁して下さいね」

 窓際のテーブルではなくバスルーム寄りのソファに腰掛けて京哉は煙草を味わう。一本吸うと霧島の傍に戻った。カップの残りを飲んでしまうとワゴンを廊下に出す。

「ヒマだな。病気だの怪我だので入院はこれだから嫌なんだ」
「そんな本気で嫌そうな顔をしなくても。また寝ていて下さい。睡眠も栄養ですよ」
「あれだけ寝たんだ、すぐには眠れん。TVでも見よう」

 逆らわずTVを点け他愛ないクイズ番組を二人で眺めた。時間を潰しつつ京哉は風呂をどうするかで密かに悩みだす。シャワーを浴びている間に霧島が消えたら困る。
 そんなことを考えていたらチャイムが鳴った。開けに行くと和服姿の御前がいた。

「何をしに来た、貴様は帰れ!」

 振り向くなり喚いた息子に父親はここでも「べーっ!」と舌を出す。

「何じゃ、高熱で死にかけておると聞いたから出てきたが、元気そうじゃの」
「貴様がいると常人でも元気を吸い取られる。帰れ、クソ親父!」
「すみません、御前。忍さんは熱に浮かされて暴言を吐いているだけなんです」
「おぬしが謝らずとも良い、鳴海。それより食堂に行くなら今のうちじゃぞ?」

 これ幸いと御前に見張りを任せ京哉は食堂ではなく、バスルームを使うことにした。かつて御前は『忍と遊ぶ』ではなく『忍で遊ぶ』とまで言い放ったほどだ。霧島が逃走を図ろうとしたら必ずや邪魔し足止めしてくれる筈だった。安心して風呂に入る。

 リラックスし上機嫌で上がると警察官にしてはやや長めの髪をドライヤーで乾かしつつ、そろそろ切るべきかなあ、などと思った。特別任務での潜入時に便利なので放ったらかしてしまっているが、本当なら服務規程違反である。

 けれど一緒に眠る間際に、この髪を霧島の長い指で梳かれるのが大好きなのだ。

「婦警と違って縛る訳にもいかないしな。忍さんに切って貰うのはアリかなあ?」

 インフルエンザが治ったらヒマな時にでも頼んでみようと思いながら、ドレスシャツとスラックスを身に着ける。あとは寝るだけだが御前もいるのにパジャマは失礼だからだ。室温は霧島のために高めに設定されていて薄着でも寒くはなかった。

 部屋に出て行くと御前は椅子に座り、霧島は頭から毛布を被っている。またも一戦やらかしたらしい。規則正しく毛布が上下していて拗ねた挙げ句に眠ってしまったようだ。
 そこでソファに移動し御前と向かい合う。二人は煙草を出して咥え京哉がずっと前に御前から貰ったオイルライターで二本分に火を点けた。紫煙を吐いて小声で訊く。

「暗殺肯定派の復活話をお聞きになりましたか?」
「耳に入っておる。我が社とミラードの轍を踏みたがる愚か者じゃな」

 かつて京哉を陥れてまでスナイパーとして使っていた御前ではあったが、京哉の前で口にした『もう懲りた』という言葉は本物だ。だが未だに油断することなく桜木のような人物を使い、裏情報の収集は続けている上に、時にはやられたらやりかえすこともある。

「で、それって本当なんでしょうか?」
「まず間違いない。永田町の亡霊たちが先の件で生き還ったサッチョウの『上』に取り憑いたのじゃ。それも暴力団まで噛ませおって、露見すれば今度こそ政府が転覆するぞよ」

「その暴力団は柏仁会だと。会長の槙原省吾が直々に噛んでいるんですか?」
「毎度『代役』を立てる槙原じゃが、永田町こそ同じ手で切り抜けてきた者たちばかりじゃ。それだけに同じ手は使わせん。取引の窓口は槙原本人という噂じゃの」

「ふうん。それでも永田町は大きな博打に出ましたね」
「弱みを握れば骨までしゃぶり尽くすヤクザの本質を見抜けぬ馬鹿者たちじゃよ」

 一本吸い終えると京哉は立ちコーヒーをカップふたつに注いでひとつ御前に渡す。

「それで今回検挙された槙原をパイさせるのは誰ですか?」
「あちこちこぞって名乗りを上げておるようじゃが、表立っては言えんことじゃから確たる情報はまだ入っておらん。分からんと言えば槙原との取引方法も未だ割れん」

「そうですか。でも槙原本人が永田町のドアを叩くのも、永田町やサッチョウ上層部が柏仁会を訪れるのも立場的に目立ちますよね? それを避けるなら……安全策としてはネット上で全てをやり取りしているとか、どうでしょうか?」

 顔を上げた御前は霧島とよく似た切れ長の目を京哉に向けた。

「なるほど、その手があったか」
「おまけに今回の『オルファスの敵炙り出し作戦』で若頭補佐が使ったスナイパーの逆井は、触れ込みほどの腕じゃなかったんです。これって槙原や若頭補佐が現地に飛んでいない、我が目で確かめていない証拠じゃないでしょうか?」

「ふむ、なかなかいい読みをしておる。その線で桜木に再調査を命じようかの」
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