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第51話
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御前の命令で相変わらず仕事の早い桜木が新生・暗殺肯定派及び過去の殺害リストをもたらしたのは翌日だった。
全てを網羅している訳ではなかったが暗殺肯定派が立ち上げられた初期の頃から属していたサッチョウ上層部の一名と未だ議員を続けている二名を脅して吐かせたというリストは、表沙汰になったら冗談ではなく現政府が転覆しかねない重大情報である。
「ふむ。幾つかの企業名も載っているな」
「霧島カンパニーやミラード化学薬品の轍を踏むとは思わなかったんでしょうか?」
「露見しなければこれほど旨味のある話もないだろう。自社の邪魔者を消すだけでなく議員連中に暗殺資金を提供すれば、法案その他の面で引き立てて貰えるからな」
「それと柏仁会が仲介する暗殺者はスナイパーばかりとは限らないんですよね」
「派手に撃ち殺すだけでなく事故や病死に見せかけ殺っているということか?」
「ええ。だからこれに載っている以上に暗殺は実行されている、おそらくは」
そもそも殺されるほど恨みを買っている事実は企業や議員としてマイナス、その役員や議員を射殺されても可能な限り企業や議員の周辺は隠蔽しようとするのが常套。つまり隠せるなら隠し、お抱え医師に事故や病死の検案書を書いて貰うのである。
だからこそ巷で連続射殺事件が明るみに出なかった訳だが、最初から事故死や病死なら世話がない。警察も殆ど介入せず、殺した側も殺された側もビクつかなくていいのだ。
「隣人がいきなり注射針を突き立て、通り掛かった車が突然暴走するとは堪らんな」
「で、どうするんですか?」
「まずは本部長にこれを送って、了解を得たら動く」
「病み上がりの忍さんが自分で動かなくても、本部長に任せたらいいのに」
「もう医師からも太鼓判を押されたのはお前も知っているだろう。それにこのリストに載っている面子を見ろ、本部長が他に洩らすとは思えん。保秘の観点から私たちに特別任務が降りるのは必至だぞ?」
「バッチリ与党議員先生なんかも載っちゃってるから保秘第一ですよね。あーあ、僕らはいつまで暗殺肯定派の亡霊と付き合っていかなきゃならないんでしょう?」
「厭世的になるのも分かるが、このリストで突破口は開ける筈だ」
ポジティヴに言いつつ霧島は画像に撮ったリストをメール添付して一ノ瀬本部長に送り付けた。まもなく一ノ瀬本部長からは暗殺反対派としての礼と共に、
【他言無用のリストにつき、きみたち二人に特別任務として動く許可を与える】
といったメールが返ってくる。
「では行くか」
二人はドレスシャツとベストの上から銃を吊ってタイを締め直し、ベルトの上から手錠ホルダーと特殊警棒にスペアマガジンパウチを着けた帯革を締めた。ジャケットを羽織るとチェスターコートを手にする。準備ができるとソフトキスをして霧島の部屋を出た。
車寄せの黒塗りはエンジンが掛けられ、ヒータも利いていた。
「では、お気を付けて行ってらっしゃいませ」
「ああ、行ってくる」
今枝に見送られて出発する。防弾の黒塗りだが、もしものことを考えて運転はより巧みな霧島が担当だ。海岸通りからバイパスに乗り高速に乗り換える。事故渋滞もなく都内に入り環状線に乗って東麻布で降りた。
超高級住宅地でも広い敷地を占有する洋館の前に着いたのは十五時を過ぎた頃だった。京哉が降りてインターフォンに声を掛ける。
「霧島カンパニーの者ですが、ご主人にお会いできますでしょうか?」
《――お車をその先の門からお入れ下さい》
アポも取らずにやってきたが応対の感触は悪くない。助手席に京哉が戻ると霧島は黒塗りを進め、オートで開いた車用門から乗り入れた。入り口では守衛二名に二人して手帳を見せたが、それよりも霧島の顔を見た守衛の一人が慌てて内部に連絡を取っていた。
植え込みや芝生の中の小径をスムーズに走って洋館の車寄せに黒塗りを停める。
ここまで全て監視カメラでも見られていたのだろう。開けられた玄関ホールには壮年の男と老婦人が待ち受けていて二人を目にすると深々と頭を下げた。
「本来貴女のご主人に伺うべきでしょうが、まだ意識が戻らないと聞きましたので」
「わたくしと息子でもご用は足りると思います。では、こちらにどうぞ」
サロンに案内され、ソファに二人が収まると向かい側に主人と老婦人が座る。使用人が紅茶と茶菓子を置いて去るまで待ってから霧島が切り出した。
「挨拶は抜きにさせて貰います。貴方の力を以てすれば息子さんの起こした当て逃げくらい揉み消せた筈、それなのに柏仁会の命令を聞かざるを得なかったのは貴方が暗殺肯定派だったから……そうですね、宗田理研社長」
「わたしではなく父の会長が暗殺肯定派の議員に資金提供をしていたのだが、間違いありませんという他ないですな。議員から社名を洩らされ脅されて、父はあのようなことを」
「社名を知って脅してきたのは誰ですか。貴方の口からおっしゃって頂きたい」
「それは……」
「ご自分は元よりご家族の命を狙われたくないお気持ちも分かります。ですが会長があのような目に遭った以上、この先、何が待ち受けているのか誰より貴方がたが身に染みておられる筈だ。ずっと脅され、言われるがままに踊らされてゆくのですか?」
低く静かな霧島の声に宗田理研社長は深い溜息をつく。老婦人が口を開いた。
「……柏仁会の会長、槙原省吾から全てを指示されました」
「実際に会って脅迫されたのでしょうか?」
「はい。最初に電話があり貝崎市のお寺で墓参するふりをして互いに待ち合わせて」
「なるほど。すみやかに警視庁からSPを回させますのでご心配なされませんよう」
あとは資金提供していた議員の名や、実際に貝崎市で槙原省吾と会った日時や場所なども事細かに聴取し京哉が手帳に書き留める。
それが済むと宗田社長の目前で霧島が一ノ瀬本部長にコールして県警から警視庁警備部に、宗田邸と家族にSPを回すよう具申して了解を得た。
宗田邸を辞すと数時間後には県警本部に着いている。
全てを網羅している訳ではなかったが暗殺肯定派が立ち上げられた初期の頃から属していたサッチョウ上層部の一名と未だ議員を続けている二名を脅して吐かせたというリストは、表沙汰になったら冗談ではなく現政府が転覆しかねない重大情報である。
「ふむ。幾つかの企業名も載っているな」
「霧島カンパニーやミラード化学薬品の轍を踏むとは思わなかったんでしょうか?」
「露見しなければこれほど旨味のある話もないだろう。自社の邪魔者を消すだけでなく議員連中に暗殺資金を提供すれば、法案その他の面で引き立てて貰えるからな」
「それと柏仁会が仲介する暗殺者はスナイパーばかりとは限らないんですよね」
「派手に撃ち殺すだけでなく事故や病死に見せかけ殺っているということか?」
「ええ。だからこれに載っている以上に暗殺は実行されている、おそらくは」
そもそも殺されるほど恨みを買っている事実は企業や議員としてマイナス、その役員や議員を射殺されても可能な限り企業や議員の周辺は隠蔽しようとするのが常套。つまり隠せるなら隠し、お抱え医師に事故や病死の検案書を書いて貰うのである。
だからこそ巷で連続射殺事件が明るみに出なかった訳だが、最初から事故死や病死なら世話がない。警察も殆ど介入せず、殺した側も殺された側もビクつかなくていいのだ。
「隣人がいきなり注射針を突き立て、通り掛かった車が突然暴走するとは堪らんな」
「で、どうするんですか?」
「まずは本部長にこれを送って、了解を得たら動く」
「病み上がりの忍さんが自分で動かなくても、本部長に任せたらいいのに」
「もう医師からも太鼓判を押されたのはお前も知っているだろう。それにこのリストに載っている面子を見ろ、本部長が他に洩らすとは思えん。保秘の観点から私たちに特別任務が降りるのは必至だぞ?」
「バッチリ与党議員先生なんかも載っちゃってるから保秘第一ですよね。あーあ、僕らはいつまで暗殺肯定派の亡霊と付き合っていかなきゃならないんでしょう?」
「厭世的になるのも分かるが、このリストで突破口は開ける筈だ」
ポジティヴに言いつつ霧島は画像に撮ったリストをメール添付して一ノ瀬本部長に送り付けた。まもなく一ノ瀬本部長からは暗殺反対派としての礼と共に、
【他言無用のリストにつき、きみたち二人に特別任務として動く許可を与える】
といったメールが返ってくる。
「では行くか」
二人はドレスシャツとベストの上から銃を吊ってタイを締め直し、ベルトの上から手錠ホルダーと特殊警棒にスペアマガジンパウチを着けた帯革を締めた。ジャケットを羽織るとチェスターコートを手にする。準備ができるとソフトキスをして霧島の部屋を出た。
車寄せの黒塗りはエンジンが掛けられ、ヒータも利いていた。
「では、お気を付けて行ってらっしゃいませ」
「ああ、行ってくる」
今枝に見送られて出発する。防弾の黒塗りだが、もしものことを考えて運転はより巧みな霧島が担当だ。海岸通りからバイパスに乗り高速に乗り換える。事故渋滞もなく都内に入り環状線に乗って東麻布で降りた。
超高級住宅地でも広い敷地を占有する洋館の前に着いたのは十五時を過ぎた頃だった。京哉が降りてインターフォンに声を掛ける。
「霧島カンパニーの者ですが、ご主人にお会いできますでしょうか?」
《――お車をその先の門からお入れ下さい》
アポも取らずにやってきたが応対の感触は悪くない。助手席に京哉が戻ると霧島は黒塗りを進め、オートで開いた車用門から乗り入れた。入り口では守衛二名に二人して手帳を見せたが、それよりも霧島の顔を見た守衛の一人が慌てて内部に連絡を取っていた。
植え込みや芝生の中の小径をスムーズに走って洋館の車寄せに黒塗りを停める。
ここまで全て監視カメラでも見られていたのだろう。開けられた玄関ホールには壮年の男と老婦人が待ち受けていて二人を目にすると深々と頭を下げた。
「本来貴女のご主人に伺うべきでしょうが、まだ意識が戻らないと聞きましたので」
「わたくしと息子でもご用は足りると思います。では、こちらにどうぞ」
サロンに案内され、ソファに二人が収まると向かい側に主人と老婦人が座る。使用人が紅茶と茶菓子を置いて去るまで待ってから霧島が切り出した。
「挨拶は抜きにさせて貰います。貴方の力を以てすれば息子さんの起こした当て逃げくらい揉み消せた筈、それなのに柏仁会の命令を聞かざるを得なかったのは貴方が暗殺肯定派だったから……そうですね、宗田理研社長」
「わたしではなく父の会長が暗殺肯定派の議員に資金提供をしていたのだが、間違いありませんという他ないですな。議員から社名を洩らされ脅されて、父はあのようなことを」
「社名を知って脅してきたのは誰ですか。貴方の口からおっしゃって頂きたい」
「それは……」
「ご自分は元よりご家族の命を狙われたくないお気持ちも分かります。ですが会長があのような目に遭った以上、この先、何が待ち受けているのか誰より貴方がたが身に染みておられる筈だ。ずっと脅され、言われるがままに踊らされてゆくのですか?」
低く静かな霧島の声に宗田理研社長は深い溜息をつく。老婦人が口を開いた。
「……柏仁会の会長、槙原省吾から全てを指示されました」
「実際に会って脅迫されたのでしょうか?」
「はい。最初に電話があり貝崎市のお寺で墓参するふりをして互いに待ち合わせて」
「なるほど。すみやかに警視庁からSPを回させますのでご心配なされませんよう」
あとは資金提供していた議員の名や、実際に貝崎市で槙原省吾と会った日時や場所なども事細かに聴取し京哉が手帳に書き留める。
それが済むと宗田社長の目前で霧島が一ノ瀬本部長にコールして県警から警視庁警備部に、宗田邸と家族にSPを回すよう具申して了解を得た。
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