やんごとなき依頼人~Barter.20~

志賀雅基

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第52話

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 すっかり窓外も暗くなった中、霧島と京哉は本部長と向かい合い、書類を検めていた。それを眺めながら一ノ瀬本部長は切々と説き続ける。

「宗田理研にSPを就けた以上、宗田が洩らしたという事実が議員サイドから遡って柏仁会に伝わるのも時間の問題だ。向こうは警戒しているだろう。組対と捜一に機動隊を出してガサ入れという体裁をとってもいいのだが、霧島くん、どうかね?」

「時間を食って国外に飛ばれては元も子もありません。それに警備部所属の機動隊から同じく備でサッチョウ上層部の手足ともいえる公安課ハムに事案が洩れるのも避けたいですから。鉄壁の保秘を誇るハムもこの場合は逆に危ないでしょう」
「ふむ。確かにこれまでの案件から鑑みて公安は要注意だが」

 事実、公安課は鉄壁の保秘を誇るため、初期の頃から暗殺肯定派・反対派問わずに手駒として利用してきたのを霧島も京哉も知っていた。

 お蔭で最初期の暗殺肯定派事件の際から通常命令系統を無視しサッチョウの『上』の直接指令を受けてハムは動いていたのだ。
 各都道府県警の本部長すら知らない中央からの命令でハムが動くのは普段からおかしいことではなく、故に今更疑っても仕方ないという思いを抱いているのは暗殺反対派の急先鋒だった本部長も同様だろう。

「我々は後ろから撃たれたくはありません。スタンドプレイで大金星が欲しい訳でもありませんが、私は私と鳴海が殺されかけた落とし前をつけに行きます」
「サツカンが落とし前かね。だがわたしはきみたち二人を消されたくないのだよ」
「では、折衷案です。私は私の部下をつれて行きます。それでどうでしょうか?」

 保秘やその他について考えたらしく、暫し一ノ瀬本部長は黙ってから答えた。

「いいだろう。管轄破りにならんよう捜一や組対、所轄には筋を通しておく」

 この業界で管轄破りは御法度なのだ。情報を横取りしただの職掌を侵しただので、掴み合いの喧嘩に発展することも珍しくはないのである。

「有難うございます。では、行ってまいりますので」

 本部長室を辞した二人は二階の機捜の詰め所に駆け込んだ。定時を過ぎて小田切は既に不在だったが、霧島は自らに何かがあった場合のことも考え、携帯でコールして帰宅途中の副隊長を呼び戻す。三十分ほどで戻れるという返答を得て通話を切った。

 次に機捜本部の指令台に就いていた機捜の長老・二班長の田上たがみ警部補に警邏中の覆面全車を市内郊外の柏仁会本家に向かわせるよう指示を出させる。幸い夕飯休憩で戻っていた人員が多く、遠出している覆面は少なかった。

「今度は隊長自らカチコミですかね。こりゃあ大変だ」

 さすがは長老で田上班長は驚きもせずに笑っている。隊員たちも相手が柏仁会会長と知って目を輝かせた。最近ずっと手を煩わされてきた柏仁会のトップの首を取る興奮だけでなく、久々に隊長と共に逮捕劇に参加できる嬉しさで大騒ぎとなる。

 そんな彼らは霧島が一ノ瀬本部長から預かった、本日付で発付された通常逮捕状と捜索差押許可状を読んだだけで裏事情については何も訊かない。もう自分たちの上司と京哉が『知る必要のないこと』に大きく関わっているのは承知しているからだ。

「機捜二、機捜六が既に柏仁会本家付近に着いて巡回中ですわ」

 田上班長の報告を受けて霧島が頷く。

「分かった。では田上班長と機捜八及び機捜九は、すまんがここで待機し他の案件発生時に対処して貰う。機捜三から機捜七までは私と鳴海の機捜一に続け。各自銃は持っているな? それでは行くぞ!」

 歓声を上げた男たちが詰め所からなだれ出て階段を降りた。裏口から出て霧島と京哉はメタリックグリーンの覆面に滑り込む。霧島の運転で大通りに出ると京哉が指令部に無線で許可を取って緊急音とパトライトを出した。週末の都市を数台の覆面が緊走する。

 緊走も柏仁会本家のある郊外に入ると通常走行に戻した。警戒させてもいいことはない。柏仁会本家付近を警邏しながら待機していた機捜二及び機捜六と合流する。

 そして先頭のメタリックグリーンの覆面は、柏仁会の本家前に横付けして停止した。

 霧島も内勤をサボって自ら警邏し何度か目にしてきた指定暴力団の本家は、今どき珍しい板塀で囲まれた日本家屋だ。板塀の上に瓦屋根が載り、あちこちに監視カメラとライトが煌々と眩しい。かなり分厚くて丈夫そうな板塀にはカチコミに備え鉄板でも挟んであるのだろう。車ごと入れる大きさの門扉はキッチリ閉まって人影もない。

 珍しく『MIU』、いわゆる【Mobile Investigative Unit】の略称が背にプリントされた機捜としての自己主張をしたジャンパーを着て降車した霧島と京哉に倣い、皆もジャンパー姿で覆面から降りた。
 今回は本部長お墨付きで執行隊が機捜のみ、遠慮なく自ら機捜と喧伝して構わない訳だ。

「で、どうするんですか?」
「こちらには令状フダもある。堂々と正面突破だ」

 霧島は二組四名を覆面ごと裏手に走らせておいて、総勢十名で門扉前に立つとチャイムを鳴らした。他の皆は門扉をドンドンと叩く。中では監視カメラ映像を見て何が起きたか把握している筈だ。だが裏からも逃げられない。

 まもなく大きな門扉の傍にある御用口が開いて丸坊主の巨漢が現れた。巨漢は霧島の顔をじっと見たのち「入れ」と顎で示す。霧島と京哉に皆が続き、広い日本庭園の中の飛び石となった小径を歩いた。誰も何も言わずとも隊長を護ろうと囲んでいる。

 この寒いのに庭のあちこちには張り番のチンピラたちが立っていた。こちらが何者か分かる筈だが癖なのか、一団を見てチンピラたちは一様にへそを見るようなお辞儀をする。

 三階建て日本家屋の玄関だけは警備上からか洋風だった。
 ドアを開けられて坊主頭の巨漢を相手に霧島が令状を読み上げ説明する。

「――以上、強要罪で通常逮捕状と捜索差押許可状が出ている。現在時の十九時四十分を以て執行する」
「十九時四十分、執行、執行だ!」

 その頃には丸坊主の巨漢以外にも手下たちが玄関口に鈴なりとなっていた。目を三角にしてテンパった彼らを押し分けるようにして十名の男たちは日本家屋に上がり込む。これも警備上からか、カーペットの敷かれた廊下は土足で入ってもいいらしい。
 そのまま十人は手下たちに揉まれながら、手前の部屋から順にルームクリアリング、いわゆる内部の安全点検をしてゆく。

 その間も隊長を護るべく隊員たちは霧島を囲んで目を配った。当然ながら霧島としては誰が撃たれるのも望まず、皆をあるべき場所に帰すのが至上命題と思っている。だがここで説いても部下たちが譲らないのも知っていて、敢えて黙っていた。

 やがて廊下が分かれ道となる。霧島は迷わず庭園が見渡せる方を選んだ。

 分かれ道から廊下沿いに五ヶ所目のふすまの前に六名ものダークスーツの男たちがたむろしていて、令状を盾に身体検査したが普段持っているだろう銃は出てこなかった。
 監視カメラでいち早く知った幹部から指示でも降りたのだと思われた。しかしプロの目つきをした彼らの護る者がこの部屋にある筈だった。隊員の一人と京哉でふすまを開ける。

「もう少しだけ待ってくれないかい、本日のブログだけ上げておきたいからね」

 暢気な声を投げてきたのは槙原省吾その人だった。ドレスシャツにカシミアらしいニットのベストを着て座椅子に座り、座卓に置いたノートパソコンに向かっている。

「悪いが既にフダは執行されている。待つ訳にはいかん」

 そう霧島が応えたが槙原は滑らかなタッチタイプの指を止めようとしない。

「融通が利かないな。わたしの再々逮捕の瞬間、それも噂の霧島警視が執行者というのだからね。過去最高の閲覧数になること請け合いだよ」
「ふざけるな、遊びではない。二十時五分、槙原省吾、強要の罪で貴様を逮捕する」

 そこでノートパソコンのエンターキィを押した槙原は初めて顔を上げ、唇の両端を吊り上げて笑ったかと思うと座卓で隠れていたベルトの腹からマカロフを抜き出す。

 咄嗟に霧島と京哉は互いを射線から押し出そうとしたが、槙原が銃口を向けたのは己のこめかみだった。トリガを引く寸前に霧島と京哉が同時に発砲。霧島は槙原の手首を撃ち抜き、京哉はトリガごと人差し指を吹き飛ばしている。手を押さえて槙原が呻いた。

 轟音で黒山の人だかりとなっていた手下たちの後ろから更に手下が駆けつけた。銃を手にした彼らが槙原の血を見て今度こそ霧島たちに銃口を向ける。だがそれが火を噴く前に機捜隊員たちはシグ・ザウエルP230JPを抜き撃っていた。次々と銃が弾け飛ぶ。

 そこで霧島の大喝が響いた。
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