希望の果実~楽園17~

志賀雅基

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第8話

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 本当に担がれてリフレッシャを浴びたハイファだったが、リフレッシャだけで済まなくなることまでは予想もせず、半ば呆然としてベッドに戻され寝かされた。
 下着と紺色のパジャマを着せ付けられ、口移しでグラス一杯分の水を流し込まれてやっと思考が正常作動を始める。脇腹辺りに寝そべったタマを撫でながら心配げだ。

「明日、起きられるかなあ」
「だから酔ったお前は拙いんだって。歯止めが利かなくなるんだよ、こっちは」
「全部僕のせいみたいに、そんな」
「百歩譲っても九割はお前のせいだ」

 色違いお揃いのグレイッシュホワイトのパジャマを着たシドは、枕元に腰掛けて長い金糸を指先で梳いている。だがしかつめらしく言いながらも機嫌はいい。

「まあ、無理することもねぇさ、ダメなら有休でも取れよ」
「貴方一人で出勤?」
「たまにはお前一人で休みもいいだろ。ここんとこずっと引っ張り回してたからな」
「うーん、明日になってから決める」

 などとハイファは口では言ったもののシドにも有休を取らせるか、這ってでも出勤するかのどちらがマシかを考え始めていた。

 あまりに危険な日常故にずっとバディもいない単独捜査を強いられてきたシドである。
 その背を護るのは自分の役目、誰かに譲る気もイヴェントストライカを単独に戻す気もハイファにはカケラもなかった。

 そんな思考がまたも精神的共有ドライヴに流れ込んでしまい、シドが文句を垂れようとしたときだった、二人のリモータが同時に振動を始めたのは。

「わあ……別室……」
「くそう……またかよ!」

 三分後、リビングの定位置である二人掛けソファに移動させて貰ったハイファは、独り掛けソファに不機嫌全開で腰掛けたシドと向かい合っていた。ロウテーブルにはデカ部屋の黒い悪魔並みに煮詰まったコーヒーのマグカップがふたつ鎮座している。

 上機嫌だったところに降って湧いた別室任務、シドは普段以上に怒り心頭だった。今日こそは左手首に嵌めたリモータをかなぐり捨ててやろうかと思ったほどだ。

 このガンメタリックのリモータも惑星警察の官品に限りなく似せてはあるがそれより大型で、ハイファのシャンパンゴールドと色違いお揃いの、別室と惑星警察をデュアルシステムにした別室カスタムメイドリモータだ。

 これはハイファと今のような仲になって間もないある日の深夜に、寝込みを襲うようにして宅配されたものを惑星警察のヴァージョン更新と勘違いし、嵌めてしまったのである。

 すぐに気付いて外そうとしたときにはもう遅い。別室リモータは一度装着者が生体IDを読み込ませてしまうと、自ら外すか他者から外されるかに関わらず、『別室員一名失探ロスト』と判定した別室戦術コンがビィビィ鳴り出すようになっているので、迂闊に外すこともできなくなってしまったのだ。

 まさにハメられたという訳である。

 その代わりにあらゆる機能が搭載され、例えば軍隊用語でMIA――ミッシング・イン・アクション――と呼ばれる任務中行方不明に陥っても、部品ひとつひとつにまで埋め込まれたナノチップが発振し、テラ系の有人惑星なら必ず上空に上がっている軍事通信衛星MCSが信号をキャッチするので捜して貰いやすいなどという利点もあった。

 おまけにハッキングまでも手軽にこなす便利グッズでもある。

 だがそんな機能の一切がクソの役にも立たない状況に何度放り込まれてきたことだろう。命すら危うかった過去の任務がシドの脳裏をよぎる。

 しかしシドは煙草を咥えて火を点けると紫煙混じりの溜息を何度かついて自分を宥めた。これを外して捨てるのは簡単だが、すると危険な任務にハイファ独りを送り出すことになる。

 そんなシドの葛藤をじっと見つめていたハイファは、恐る恐る窺った切れ長の黒い目に自分だけが分かる微笑みを見つけて表情を緩ませた。

「じゃあ、そろそろいいかな?」
「……仕方ねぇだろ」
「では……三、二、一、ポチッと」

 二人はそれぞれの小さな画面に映し出された発振内容を読み取った。

【中央情報局発:ユトリア星系第二惑星エターナにおいてテラ標準時で七日間、エマ=ルクシュが所持する『嘆きの果実』の警備に従事せよ。選出任務対応者、第二部別室より一名・ハイファス=ファサルート二等陸尉。太陽系広域惑星警察より一名・若宮志度巡査部長】

「警備って……ガードマン?」
「つーか、『嘆きの果実』って、いったい何だよ?」
「それ、何処かで最近聞いたような気がするんだけど……あっ、そうだ」

 何事かを思い出したらしいハイファがホロTVを点けた。リモータで検索してニュース映像をピックアップする。
 そこには今日、デカ部屋で視た八十億クレジットの風景画が映し出されていた。

《こうして二点もの贋物がオークションで落とされてしまった訳ですが、この『嘆きの果実』と『豊穣の都』の真作は現在、他星系で所有者が確認されており――》

「へえ、八十億クレジットの三号警備かよ」
「三号警備って?」

「三号ってのは現金だの貴金属だの美術品だの、ときには核物質だのを移送する際に盗難等の事故を防止する業務のことだ。ちなみに建物等の警備が一号、人や車輌の誘導案内なんかが二号で、人間のガードが四号。AD世紀の昔から民間警備業法での区別でそう呼ばれる」

「ふうん。じゃあ本当に飾ってある絵を護ればいいんだね?」
「所有者のエマ=ルクシュを護る四号警備って訳でもねぇし、そういうことらしいな。でも何で天下の別室が一個人の所有する絵なんかを護るんだよ?」
「さあ……?」

 二人は首を捻ったが資料には『嘆きの果実』と、それを描いた千五百年前の故人であるリオ=エッジワースについて少々の能書きが載っているだけだった。

「まるで理由が分かんねぇな」
「けどまあ、泥棒から絵を護るだけなんてシンプルだし、いいんじゃない?」
「たった一週間だしな。明日の朝イチで出掛け……られるのか、お前?」
「うーん、たぶんね」

 そうと決まれば寝ておくに限る。他星に行けば時差がある。どんなに簡単そうな任務でも別室案件を舐めては掛かれない。
 酷いワープラグ、いわゆる時差ぼけなどで失敗する訳にはいかないのだ。風が吹けば桶屋が儲かるような話で、巨大テラ連邦の平和が崩れ去るかも知れないのである。

 などと二人は思わなかったが、単に眠いので結局飲まなかったカップだけ片付け、シドはハイファを抱き上げ寝室に引っ込んだ。毛布を被るといつも通りに左腕でハイファを腕枕してやり、ハイファがリモータでライトパネルを常夜灯モードにする。

 タマがベッドに飛び乗って、二人の足元辺りで丸くなる気配を感じつつ、シドは温かなハイファを抱き締め、長い金髪を指で梳きながら眠りの訪れを待った。
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