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第9話
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「ハイファ、お前大丈夫か?」
「大丈夫だって。貴方、心配しすぎだよ」
そう言って笑うハイファだが白い肌は透けるようでシドの心配は尽きない。事実こうして移動するときには、腰を支えたシドの腕に重みが掛かった。
少しでも気が晴れるかと定期BELの座席、いつもなら自分が座る窓側にハイファを腰掛けさせる。だからといってここは既に太陽から遠い土星の衛星タイタンだ。約十六日の自転周期において今は昼のフェイズとはいえ、薄暗くて窓外に何が見えるでもない。
朝一番でタマをマルチェロ医師に預けた二人は、ストライクを避けてスカイチューブで出勤した。するとデカ部屋のデジタルボードには既に二人の欄に『研修』と入力されていた。
ヴィンティス課長と別室長ユアン=ガードナーはアンビリバボーなことに飲み仲間で、それは昨夜また鬼畜な上司たちが居酒屋『穂足』で飲んだことを示していた。
シドは怨嗟の言葉を吐きつつ、イヴェントストライカの不在を前に小躍りしそうな課長に武器庫の解錠を申し出てレールガンにフレシェット弾を満タンにし、裏取りに行くという捜一のBELに便乗して宙港に向かった。
宙港からはタイタンに向けて毎時間シャトル便が出ている。タイタンには第一から第七までのハブ宙港があり、このどれかを通過しなくては太陽系の内外の何処にも行けないシステムになっているのだ。
テラ連邦議会のお膝元であるテラ本星の最後の砦といったところである。タイタンには巨大テラ連邦軍基地があり、テラの護り女神である第二艦隊が駐留していた。
ちなみに攻撃の雄・第一艦隊は火星の衛星フォボスを母港としている。
とにかく二人はシャトル便でショートワープを挟んだ四十分を無事にクリアし、辿り着いた第一宙港から今度はユトリア星系便のある第五宙港までの定期BELに乗り込んだところだった。
「ユトリア星系便は……」
と、ハイファは機内に浮かぶホロティッカーを見て確認する。
「十一時二十分に出航だってサ。少し急がないとね」
急がせたくはなかったが仕方ない。第五宙港の屋上停機場に着くなりショルダーバッグを担いだシドは、それでも慎重にハイファの腰を支えてエレベーターで二階ロビーフロアに降りチケットの自販機に並んだ。
「いいよ、シド。僕が買っておくから、貴方は煙草吸ってきても」
「いいって。一時間や二時間、吸わなくても死にゃしねぇよ」
「本当かなあ……」
ハイファが首を傾げているうちに順番が巡ってきて、ユトリア星系第二惑星エターナ便のシートを連番でリザーブした。先払いクレジットでハイファが精算し、それぞれのリモータにチケットを流す。するともう出航十五分前だ。慌てて移動し通関の機器の森を駆け抜けた。
リムジンコイルの最終便に飛び乗って運ばれたのは、拍子抜けするほど小型の宙艦の前だった。小型といっても全長四十メートル近くはあるのだが周囲に停泊する宙艦に比べてあまりにも貧弱で、シドとハイファは顔を見合わせる。
だが乗らねば話にならない。エアロック前でキャビンアテンダントがにこやかに掲げるチェックパネルにリモータを翳し二人は最後の客としてエアロックをくぐった。
「何これ、すっごい……」
「どうなってんだ、これ?」
客室に足を踏み入れるなり、二人は思わず足を止めて周囲を見回していた。その足元は毛足の長い絨毯敷き、天井にぶら下がっているのはライトパネルではなく小ぶりのシャンデリアだ。
座席は革張りらしいものが、かなりの広さのパーソナルスペースを占めて並んでいる。窓に掛かっているのは刺繍を施されたカーテン、壁には名画のホロが飾られていた。
後ろからやってきたCAの女性にやんわりと急かされて、二人は化かされたような気分のままシートに着く。白い錠剤を配られたのはどんな艦とも同じだ。
チュアブル錠をポイと口に放り込んでシドが訊く。
「ワープ、何回だって?」
「四十分ごとに三回、二時間四十分の旅だよ」
「三回、ギリギリか。結構遠いな」
遥か三千年前に反物質機関の発明とそれを利用したワープ航法を会得したテラ人だったが、未だにワープの弊害を克服したとは言い難いのが現状だった。
ワープ前にはこうして宿酔止めを服用するのが一般的で、更には星系間ワープともなれば一日に三回までというのが常識とされている。
勿論、超えることも可能だが無理をしたツケは躰で払うハメになるのだ。
おまけに怪我をして治療を怠ってのワープは厳禁で、亜空間で血を攫われワープアウトしてみたら真っ白な死体が乗っていたということにもなりかねないのである。
「でもこの豪華さはいったい、何なんだ?」
「間違って個人所有艦に……乗ってないよね?」
出航前のアナウンスでは確かにユトリア星系便だった。客も他に乗っている。
いつも出航時には窓外を眺め、シンチレーションをやめた星々が美しく輝き始めるのを愉しむシドなのだが今回ばかりは落ち着かない。
だが暫し様子を見ていると何となくカラクリが分かってきた。艦内の中空に浮いたホロTV画面には常に『ローゼンバーグコンツェルン』なるロゴが入っているのだ。
それだけではなく回ってきたワゴンサーヴィスのコーヒーカップとソーサーにまでロゴが印刷されている。スプーンにまでバラの紋章とロゴ入りだ。スティックシュガーにまで紋章入りという徹底ぶりで、シドは目の高さに持ち上げて眺める。
「珍しいモンに行き合ったみてぇだな」
「本当だね。これはローゼンバーグコンツェルンとやらの所有艦ってことかあ」
各星系を結ぶ旅客艦は殆どが民間艦ではあるが、その維持管理は半官半民の宙港コーポレーションリミテッドに殆ど任されている。だが最近ではそれぞれの星系で力を持った企業体が旅客事業にも積極的に乗り出し、宙艦の維持管理まで全て自らが賄うことも増えてきた。
それら自社管理の宙艦も複雑かつ膨大なフライトプランの中にそれらも分け隔てなく組み込まれることがあり、たまたまそれに二人は乗り合わせたという訳だ。
「ラッキィなストライク、ちょっと嬉しいかも」
ストライクなどと口にされてムッとしかかったシドだったが、シートをリクライニングさせて素直に喜ぶハイファに文句はもう言えない。
ハイファの体調も考えればラッキィだったのは確かで、これもまあいいかと自分もリクライニングさせて仰向けに寝そべった。
「大丈夫だって。貴方、心配しすぎだよ」
そう言って笑うハイファだが白い肌は透けるようでシドの心配は尽きない。事実こうして移動するときには、腰を支えたシドの腕に重みが掛かった。
少しでも気が晴れるかと定期BELの座席、いつもなら自分が座る窓側にハイファを腰掛けさせる。だからといってここは既に太陽から遠い土星の衛星タイタンだ。約十六日の自転周期において今は昼のフェイズとはいえ、薄暗くて窓外に何が見えるでもない。
朝一番でタマをマルチェロ医師に預けた二人は、ストライクを避けてスカイチューブで出勤した。するとデカ部屋のデジタルボードには既に二人の欄に『研修』と入力されていた。
ヴィンティス課長と別室長ユアン=ガードナーはアンビリバボーなことに飲み仲間で、それは昨夜また鬼畜な上司たちが居酒屋『穂足』で飲んだことを示していた。
シドは怨嗟の言葉を吐きつつ、イヴェントストライカの不在を前に小躍りしそうな課長に武器庫の解錠を申し出てレールガンにフレシェット弾を満タンにし、裏取りに行くという捜一のBELに便乗して宙港に向かった。
宙港からはタイタンに向けて毎時間シャトル便が出ている。タイタンには第一から第七までのハブ宙港があり、このどれかを通過しなくては太陽系の内外の何処にも行けないシステムになっているのだ。
テラ連邦議会のお膝元であるテラ本星の最後の砦といったところである。タイタンには巨大テラ連邦軍基地があり、テラの護り女神である第二艦隊が駐留していた。
ちなみに攻撃の雄・第一艦隊は火星の衛星フォボスを母港としている。
とにかく二人はシャトル便でショートワープを挟んだ四十分を無事にクリアし、辿り着いた第一宙港から今度はユトリア星系便のある第五宙港までの定期BELに乗り込んだところだった。
「ユトリア星系便は……」
と、ハイファは機内に浮かぶホロティッカーを見て確認する。
「十一時二十分に出航だってサ。少し急がないとね」
急がせたくはなかったが仕方ない。第五宙港の屋上停機場に着くなりショルダーバッグを担いだシドは、それでも慎重にハイファの腰を支えてエレベーターで二階ロビーフロアに降りチケットの自販機に並んだ。
「いいよ、シド。僕が買っておくから、貴方は煙草吸ってきても」
「いいって。一時間や二時間、吸わなくても死にゃしねぇよ」
「本当かなあ……」
ハイファが首を傾げているうちに順番が巡ってきて、ユトリア星系第二惑星エターナ便のシートを連番でリザーブした。先払いクレジットでハイファが精算し、それぞれのリモータにチケットを流す。するともう出航十五分前だ。慌てて移動し通関の機器の森を駆け抜けた。
リムジンコイルの最終便に飛び乗って運ばれたのは、拍子抜けするほど小型の宙艦の前だった。小型といっても全長四十メートル近くはあるのだが周囲に停泊する宙艦に比べてあまりにも貧弱で、シドとハイファは顔を見合わせる。
だが乗らねば話にならない。エアロック前でキャビンアテンダントがにこやかに掲げるチェックパネルにリモータを翳し二人は最後の客としてエアロックをくぐった。
「何これ、すっごい……」
「どうなってんだ、これ?」
客室に足を踏み入れるなり、二人は思わず足を止めて周囲を見回していた。その足元は毛足の長い絨毯敷き、天井にぶら下がっているのはライトパネルではなく小ぶりのシャンデリアだ。
座席は革張りらしいものが、かなりの広さのパーソナルスペースを占めて並んでいる。窓に掛かっているのは刺繍を施されたカーテン、壁には名画のホロが飾られていた。
後ろからやってきたCAの女性にやんわりと急かされて、二人は化かされたような気分のままシートに着く。白い錠剤を配られたのはどんな艦とも同じだ。
チュアブル錠をポイと口に放り込んでシドが訊く。
「ワープ、何回だって?」
「四十分ごとに三回、二時間四十分の旅だよ」
「三回、ギリギリか。結構遠いな」
遥か三千年前に反物質機関の発明とそれを利用したワープ航法を会得したテラ人だったが、未だにワープの弊害を克服したとは言い難いのが現状だった。
ワープ前にはこうして宿酔止めを服用するのが一般的で、更には星系間ワープともなれば一日に三回までというのが常識とされている。
勿論、超えることも可能だが無理をしたツケは躰で払うハメになるのだ。
おまけに怪我をして治療を怠ってのワープは厳禁で、亜空間で血を攫われワープアウトしてみたら真っ白な死体が乗っていたということにもなりかねないのである。
「でもこの豪華さはいったい、何なんだ?」
「間違って個人所有艦に……乗ってないよね?」
出航前のアナウンスでは確かにユトリア星系便だった。客も他に乗っている。
いつも出航時には窓外を眺め、シンチレーションをやめた星々が美しく輝き始めるのを愉しむシドなのだが今回ばかりは落ち着かない。
だが暫し様子を見ていると何となくカラクリが分かってきた。艦内の中空に浮いたホロTV画面には常に『ローゼンバーグコンツェルン』なるロゴが入っているのだ。
それだけではなく回ってきたワゴンサーヴィスのコーヒーカップとソーサーにまでロゴが印刷されている。スプーンにまでバラの紋章とロゴ入りだ。スティックシュガーにまで紋章入りという徹底ぶりで、シドは目の高さに持ち上げて眺める。
「珍しいモンに行き合ったみてぇだな」
「本当だね。これはローゼンバーグコンツェルンとやらの所有艦ってことかあ」
各星系を結ぶ旅客艦は殆どが民間艦ではあるが、その維持管理は半官半民の宙港コーポレーションリミテッドに殆ど任されている。だが最近ではそれぞれの星系で力を持った企業体が旅客事業にも積極的に乗り出し、宙艦の維持管理まで全て自らが賄うことも増えてきた。
それら自社管理の宙艦も複雑かつ膨大なフライトプランの中にそれらも分け隔てなく組み込まれることがあり、たまたまそれに二人は乗り合わせたという訳だ。
「ラッキィなストライク、ちょっと嬉しいかも」
ストライクなどと口にされてムッとしかかったシドだったが、シートをリクライニングさせて素直に喜ぶハイファに文句はもう言えない。
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