セイレーン~楽園27~

志賀雅基

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第7話

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「……って、マジかよ?」
「海洋性人種だね。海の匂いはこれだったんだ」

 人魚たちは女性ばかり五体、動かず沈んでいるのは死んでいるのか眠らされているのか分からない。見入っていたシドはハイファの大声で我に返った。

「ちょっとシド、こっちにきて!」
「何だ、どうした?」

 ハイファに近づく前に気付く。水槽の中にあと二人の人物が沈んでいた。それは普通に二本足の男性たちで、だが胸と腹に穴を空けている。弾痕だ。殺されて投げ込まれたらしい。

「シド、よく見て。制服、それもこのタイだよ」

 死体二人は濃緑色の制服を着ていた。テラ連邦陸軍のものだ。普通の兵士なら締めたタイは制服と同じ濃緑色、だが死体が締めているのは両方とも焦げ茶のタイだった。
 焦げ茶のタイはハイファと同じ中央情報局員の証しである。

「ねえ、別室に一報入れてもいいかな?」

 途端にシドは苦々しい思いで不機嫌になった。軍に通報、それも相手が別室ともなれば一切合切、根こそぎ持って行かれて、あとは何も聞こえてこなくなることが多いのだ。

「別室員なのか?」
「さあ、僕は知らない顔だけど……」

 もう外からは緊急音が響いてきていた。同僚たちが踏み込んでくるまであと僅かだ。

「くそう……勝手にしろ」

 まもなく機捜課の面々と鑑識がなだれ込んできた。救急機も同時に現着したらしく自走担架を伴った白ヘルメットに作業服の隊員たちが駆け込んできて、速やかに意識のない男たちを回収し始める。

「おう、パルスレーザーにサディとは、イヴェントストライカも穏やかじゃねぇな」

 と、機捜の主任であるゴーダ警部がシドの背をこぶしでどついた。ゴーダ警部のバディであるペーペー巡査のナカムラが恐る恐る撃たれた男たちを眺めている。

「なかなかにイヴェントストライカらしいヤマのようですね」

 広域惑星警察大学校・通称ポリスアカデミーでのシドの先輩であるマイヤー警部補が、涼しい笑顔で評した。更にシドの後輩のヤマサキが馬鹿デカい声で喚く。

「六人斬りとは先輩、これで連続三週二桁越えっスよ。イヴェントストライカの面目躍如っスね、ヴィンティス課長が青くなって倒れそうに……ぐがが、ぎげっ!」

 嫌味な仇名の連呼にシドは腹立ち紛れにヤマサキにヘッドロックを掛けた。

「愉しそうだがシド、こいつはいったい何なんだ?」

 水槽の中身に気付いた捜査一課のヘイワード警部補が半ば呆然としている。
 捜一は殺しやタタキの専門課、シドたち初動捜査の機捜が取り扱った案件は一週間で殆どが捜一送りになるので縁が深く、今回も先遣隊としてやってきたらしい。

 その頃にはその場の全員の目が水槽に釘付けとなっていた。当然だ。
 五体の人魚だけでなく死体ふたつにも気付いたヘイワード警部補が顔をしかめる。

「弾ぶち込んで、水にぶち込んで、ムゴいよなあ」
「鑑識、今のうちに取れるモンは全部取っておけ!」

 軍絡みと知ったゴーダ警部の怒号で鑑識班が動き出した。だが幾らもせぬうちに表側の大きなオートドアが開き始める。入ってきたのは戦闘服のテラ連邦軍兵士一個分隊十二名だった。
 惑星警察の人員が注視する中、濃緑色の制服に焦げ茶のタイを締めた男が一人進み出る。

「私は中央情報局所属の一等陸佐でブレアという者です。申し訳ありませんが、この案件は全てテラ連邦軍で捜査させて頂くので、惑星警察諸氏は速やかにお引き取り願いたい」

 倉庫に響いた声は要請ではなく命令だった。

 その場の全員が硬直したように動かず睨み合い、だがゴーダ警部が怒りを溜息で吐き出す。

「……撤収だ」

 惑星警察の人員が次々に裏口から出ていく中、ハイファは軍人に密やかに近づいた。

「ブレア一佐。直々のお出まし、ご苦労様です」
「連絡を感謝するよ、ファサルート二尉。ワカミヤ氏も元気そうで何よりだ」

 以前に顔を合わせたことのある別室員をシドは睨みつけている。

「そう尖らないでくれたまえ、面倒を減らして差し上げるのだから」
「事件を面倒と思ったことはねぇよ。それよりこの本星に銃を持ち込んだルートの元締め、キッチリ捜査するんだろうな?」

 応えず軍人は頬だけに笑みを浮かべた。笑わない目をシドは暫し見つめてから踵を返す。

「ハイファ、行くぞ」

 軍人に挙手敬礼をしてからハイファはシドに追い付いて肩を並べた。
 外に出ると小型BELの緊急機が一機残って二人を待っていた。

「イヴェントストライカ、ハイファス、遅いぞ!」

 同じく腹立ちの収まらないらしいゴーダ警部の声で二人は駆け出す。乗り込んだ緊急機の中でヤマサキが珍しく遠慮がちに口を開いた。

「ヴィンティス課長命令っス。『歩かずBELで帰ってこい』だそうっス」
「ふん。胆の小せぇ上司には苦労するぜ」

 毒づいておいてシドは空けられたパイロット席に着く。だからといって何をするでもなく全てはコ・パイロット席に着いたハイファ任せだ。反重力装置を起動したハイファはテラ連邦軍でのBEL手動操縦資格・通称ウィングマークも持つという小器用さだが、ここは素直に七分署を座標指定しオートパイロットをオンにした。緊急機はテイクオフ。

「しかし面白いモノを見たよなあ」

 暢気にヘイワード警部補が言うとマイヤー警部補が頷く。

「けれど我々の手に余る……とでも思うしかありませんね」

 微笑んだその頬にはやはり悔しげな色が浮かんでいて、ハイファは背後の雰囲気に気付いていながら、無言で俯いているしかない。

「まあ、帳場も立たないんだ、有難いのは確かだよなあ」

 ヘイワード警部補の言葉には皆が同意して、やや場が和んだ。帳場とは重要案件が発生した際に立てられる捜査本部のことで、ひとたびこれが立つと組み込まれた捜査員は文字通りに寝食を忘れさせられて昼夜関わらずホシを追うハメになるのである。

「人魚殺人事件なんて、面白そうっスけどね」
「何だ、ヤマサキ。一人で追いたきゃ追えよ。つーか、人魚は死んでたか?」

 シドの問いに皆が首を捻った。そこでヤマサキ一人が自信ありげに答える。

「生きてたっス。こう、胸が動いてたっスよ」
「ンなとこばっか見てたんだろ。嫁さんに通報するぞ」
「あ、え、や、やめて下さいよ。シド先輩、本気じゃないっスよね? ね?」

 ヤマサキの焦りように皆が笑った。これでも妻帯しているだけでなく二児の父で娘のサヤカ嬢とナナミ嬢を誰より愛しているのだ。ヒマさえあれば3Dポラを眺めている。

 歩いて二時間の距離をBELは五分ほどに短縮した。
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