セイレーン~楽園27~

志賀雅基

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第29話

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「なるほど、そうだったのか。ここ暫く出荷に対して供給される肉が減っていて、おかしいとは思っていたんだが。それでは今日の便に乗れるように取り計らって宜しいですかな?」

 俄然、協力体制に入った伯爵にシドが頷いた。

「ああ、頼む」
「ただレヴィ島は政府の管理下にありますからな。わたしがついて行ければいいのだが……」
「それなら俺が行ってやる」

 ふいに口を開いた息子に伯爵は不審な顔をした挙げ句、難色を示す。

「お前はまたこのお二人に何か――」
「しねぇよ、何も。あそこの警備は厳しい、怪しいことをしたらすぐに撃つって話だろ。だから俺が一緒に行って護ってやる」

 護ってやるとは大きく出たなとシドは思い、足手まといを背負い込まされたんじゃないかなとハイファは思った。だが親子の会話で伯爵の総領息子の同行は勝手に決められる。

「お二人を無事に連れ帰るんだ。分かってるな、アーサー」
「おうよ、任せとけって親父」
「お前もしっかりしてきたな」
「よせよ。他人様の前で息子を褒めるんじゃねぇ、恥ずかしい」

 暢気な親子に溜息をつきたい気分でシドとハイファは食事を終えた。その場で伯爵は葉巻を吸い始め、それを見てシドも煙草を咥える。チラチラとハイファの方を気にしながらアーサーも口の端に煙草だ。メイドが灰皿を追加で持ってくる。

「十時には船が堤防に着きますからな」
「レヴィ島まではどのくらいだ?」
「ここからは一時間もあれば。ですがくれぐれも密輸グループなどに――」
「ああ、アーサーはキッチリ帰す。安心してくれ」

 煙草を二本吸うとシドは腰を上げた。ハイファは執事殿に頼んでファーストエイドキットを手に入れ、箱を提げてシドと一旦ゲストルームに戻る。部屋でシドを座らせておいて慣れない薬品で右頬の傷を消毒し、クサい液を塗りつけてからガーゼを貼り付けた。

「痕が残りそうだから、高度文明圏に戻ったら治療し直しだからね」
「……」

 返事をしない愛し人を睨んでおいて薬箱を片付ける。

 そのあとは愛銃テミスコピーを整備し、本体と予備弾倉二本のフルロードを確かめて、更に九ミリパラをソフトスーツのポケットに移した。バッグは置いていくことにしたのだ。
 シドも巨大レールガンにフレシェット弾を満タンにし、対衝撃ジャケットも羽織って準備万端にすると、ハイファとソフトキスを交わして部屋を出る。

 早めに外に出て白いビーチを散策した。有刺鉄線の柵が囲っているとはいえ伯爵邸の庭とも云えるビーチは広い。敢えて堤防には上らず、養殖場は覗かなかった。
 それでもシドは海を眺める。堤防の向こうの自由な人魚たちがいる海を。

 だが恒星コリスの光に波頭を輝かせる海の何処にも薄い玻璃のような虹色はなかった。

 やがてかなり大きな漁船がやってきて堤防に歩み板を渡した。業者らしい男が二人降りてきて伯爵邸の端の扉から入ってゆく。たぶんエサ場から五人の人魚を漁船の何処かにしつらえた生け簀に移すのだろう。

 男たちと入れ違いにアーサーが出てきた。ハイファと変わらないようなソフトスーツにノータイ姿でシドたちの方にふらりと歩いてくる。さりげなさを装ってはいるが意識しすぎ、動きが硬かった。ハイファの前で気取りたくないという思いが全身から溢れているようで、これはこれで微笑ましい。

 だが自称・他称ともに薄愛主義者を前に、やはり気の毒だ。
 気の毒だが、今ここで士気を削ぐようなことはシドも言わない。年季の入った天然のポーカーフェイスを前にアーサーも精一杯の無表情を気取って言った。

「よう。俺からあんまり離れるんじゃねぇぞ、分かったな」
「あー、分かったが、またテメェは親父からオモチャを貰ったのかよ?」
「……何で分かる?」

「分かるさ。いいから大人しくしてろよな」
「なっ、お前らこそ危なくなったときには俺の背中で大人しくしてることだ」
「へいへい」

 耳をかっぽじるシドにアーサーは更に噛みついたがハイファの微笑みに気付いてふいに黙り、乱れてもいない襟元を直す。そして懐からリボルバ式の銃を抜き出すとトリガガードに指を掛けてくるくると回し、またグリップを握って懐に収めた。まるきり子供のようだ。

「何口径で何発なのかな?」

 ふいにハイファから話し掛けられ、アーサーは舌をもつれさせながら答える。

「あっ、う……三十八口径サンパチで六発と予備弾が十二発っす」
「僕は九ミリで一発プラス十七発、スペアは二本。一応、覚えておいてよね」
「……わ、分かったっす」

「使わなくていいなら、それに越したことはないけど、頼りにしてるからね」
「お、おう。任せとけ!」

 悪魔じみたハイファの言動にシドは内心溜息だ。これでは危ない場面で不必要に特攻をかけかねない。それこそ薄愛主義者はシドに傷を負わせた恨みをまだ忘れていないのだ。
 愛しのシドと自分さえ無事なら構わない、平気で他人を盾にする鬼畜だった。

 そんなやり取りをする二人に背を向け、シドはまた海へと目を向ける。意識せず波間に虹色の尾びれを探すも、海は穏やかに波打つのみだ。
 じっと見つめているとハイファに対衝撃ジャケットの裾を引っ張られた。

「シド、もう船に乗るよ」

 引っ張られるままに移動し、堤防に上るときにはハイファに手を貸そうとしたが、シドを押し退けてアーサーが手を差し伸べた。テンパった顔つきの男にまたハイファは微笑む。

「ありがとう」

 もうやめてやれよと思うがシドは言葉を飲み込んだ。伯爵の総領息子というのが何処で活きてくるか分からない。盾にする気こそないものの、シドも結構鬼畜だった。

 いつの間にか業者らしい男二人も乗り込んでいて、すぐに歩み板が外され出航だ。一時間の航行、シドとハイファは既にリモータの地図でレヴィ島の位置を確かめてある。ここから北に四、五十キロだ。だからといって何かがあっても泳いで戻れる距離ではないが。

「何処に人魚が収まってるんだ?」
「船の腹の中に決まってるだろう。それより本当に大人しく――」
「分かった分かった。いいからアーサー、あんたも銃は見せびらかすな」

 相手をしていればヒマ潰しの役には立った。透明度の高い青紫の海面を眺めつつ、ハイファも混ざって雑談に興じる。業者とかいう男二人はシドたちには近づいてこなかった。アーサーに依ればこの業者も政府に雇われているということだが、何処か剣呑な雰囲気の彼らと無理にコミュニケーションを取りたい訳でもない。

 それに喩え密輸に関わっていてもタダで吐くような人種には思えなかった。レヴィ島に着いてからならともかく、ここで銃にものを言わせても得るものは少ないだろう。
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