マスキロフカ~楽園7~

志賀雅基

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第24話

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 接地するなりハイファはマックスとキャスを急かして降機し、機の不具合と聞いて待機していた救護班のコイルを勢いで奪って、勝手知ったるタイタン基地の本部庁舎を目指した。

 本部庁舎はこの基地で一番大きな二十六階建てのどっしりとした建造物だ。その前でコイルを乗り捨てると建物入り口にいる立哨を別室リモータで黙らせ、マックスとキャスには別室リモータを振り翳して来訪者証コードを流させた。

 それらの動きは電子的に基地司令に伝わる。だがこの時間だ、あいにく当の基地司令は司令室におらず、基地内の官舎に帰っていた。その代わりを務めるのが基地当直司令である。日替わりのこの役職は司令が将官であるのに対して上級士官の佐官クラスが就く。

 本日の基地当直司令ヘルムート=スプリンガー二等宙佐は何故自分が制服も着用していない若造二等陸尉から民間人二人を預からねばならないのか最後まで理解し得なかった。別室リモータを見ても心に何ら響かない、ある意味幸せな軍歴の男だ。

 更に連れである民間人の男は巡察の合間にこの基地当直司令室で視ていたTVに、我が軍施設を同輩もろとも爆破した犯人として先刻出演していなかったか? という疑惑に充ち満ちた目でマックスを見やっている。

「ですから人違いなんです!」
「ならば何故こんな基地内に、こそこそと隠れようとするんだね!」

 ハイファとヘルムート二等宙佐の交渉がどんどん険悪になる中、やっとこの基地の主、アデライデ=クラーリ陸将が姿を現した。制服の肩章に金に輝く三個の大きな桜星に今度こそ当直司令が直立不動で挙手敬礼する。

 この時間にリモータ発振で呼び出されたアデライデ=クラーリはかなり無造作な答礼をし、ルージュを塗った唇をきゅっと上げてハイファと挨拶を交わした。

「久しぶりじゃない、ハイファス」
「お呼びだてして申し訳ありません、アデライデ=クラーリ陸将」
「何言ってるの、アディでいいわよ。で、今度は何の騒ぎなの?」

 陸・空・宙軍が揃ったこの大規模基地で最高権力を持つ女将軍は、濃緑色でウェストを共布のベルトで絞るタイプの制服の特徴を最大限に生かしたプロポーションを誇る。見た目はごく若い。ハイファとさほど変わらぬように見えた。

 そして過去においてはハイファの別室任務でそれなりの関係の女性でもあった。ある理由からアデライデ=クラーリの背後を調査せねばならなくなり、白羽の矢を立てられたのがハイファだった訳である。アデライデの背後は綺麗なもので、だが二人の過去は残った。

 一生を誓ったシドの前で過去の女性と会う。だから来るのが少々憂鬱だったのだ。
 だが今はそれどころではない。性急に用件を切り出した。

「この二人を貴女の庇護下に置いて欲しいんです」
「何故? なんて訊いても別室絡みじゃ、あっさり教えてくれる訳なんかないわよね。……いいわ、取り敢えず司令室まで来て」
「アディ、急ぐんです」
「ここで話せないこともあるでしょう? アカギリが上でコーヒー淹れて待ってるわ。そんな目をしていると上手くいくものも壊れちゃうわよ」

 ハイファは浅く速い呼吸の間に溜息をついてアデライデ=クラーリのあとに続き、マックスとキャスを連れてエレベーターで二十五階の司令室まで上がる。
 応接セットのソファに全員が腰掛けるのを見計らったように副官室から副官が出てきてそれぞれの前にコーヒーを置いた。

 副官、赤霧一尉の黒髪を見て、ハイファは更にシドへの心配が募り鼓動を速める。

 あれから一時間近くが経っている。どう考えても気が長くはなさそうだった連中にシドはどのような扱いを受けているのか。
 居場所だけはシドの別室カスタムメイドリモータが発する信号が教えている。だが専用のモニタ機器もなく、その生死は不明だった。まさか、もう――。

 ぐるぐると巡る思考はアデライデ=クラーリによって断たれた。

「ハイファス、そういうことなら仕方ないけれど、少し落ち着きなさい。五月蠅いわよ、貴方の頭の中」

 この女将軍はサイキ持ち、テレパスだった。傍の人間の思考なら簡単に読み取る。

「でも本当にどうしようかしら、この二人。基地内で目についたら、下手すればリンチに掛けられるわよ」
「ドラクロワ=メイディーンとヴィクトル星系解放旅団が片付くまででいいんです。それさえカタがつけば出頭させますから」
「ふうん、別室が組み上げた冤罪ねえ……せっかくやってきた貴方が他人行儀に頼み事、何かと思えばそういうことか」
「しつこいようだけど、本当に急いでるんだよ、アディ」

 浅からぬ付き合いで相手が一筋縄ではいかないのは分かっていた。そこで甘えた口調に切り替えてみたが、高鳴る心臓はどう押さえつけようが落ち着きを知らず、心が唯一人に占められているのは筒抜けだろうと思われた。
 相手が相手だけに誤魔化しは無駄、ならば縋ってでも――。

「お願いだから協力して。アディ、助けてよ」

 臙脂色の長い髪を結い、同じく臙脂の目で若草色の瞳を見つめるアデライデ=クラーリは、目前で自分を掻き口説く男が涙を見せずに泣いているのを感じ取っていた。

 テレパスであるこの自分を相手にかつて別室命令で付き合っているフリをし、自分がサイキ殺人の犯人として窮地に立たされたときにも、うわべだけで焦りや哀しみを表現し演じてみせた別室員が本気で泣いている……。
 アデライデ=クラーリはゆっくりと通る声ではっきりと言った。

「答えはノーよ、ハイファス」

 ハイファは臙脂色の瞳から若草色の目を逸らさず、こちらもはっきり応えた。

「それじゃあ悪いけど別室特権、中央情報局第二種強権発動だ」
「了解。拝命する」

 事務的に答えた女司令はその口先だけの、記録に残らない命令に真顔で従った。
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