マスキロフカ~楽園7~

志賀雅基

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第40話

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 自分の胸元を掴んだシドの手をマックスは暫し見下ろしたのち、軽く振り払って静かに外させると間合いを取るように一歩下がる。

「二十年間近くも耳許で囁かれ続けてきたんだぜ? ……親も、親族も、全て内紛にくちばし突っ込んだテラ連邦軍に殺された。目の前でだ。テラはカネにならないからと星ごと斬り捨て、次には『人道的』援助と称してこのざまだ」
「軍が許せなかった、だからやったのか?」
「そうだ……いや、違うな。許す許さないの問題じゃない……忘れられない光景がある。それを抱えて真の幸せは俺には来ないと二十年も繰り返し囁かれて……気が狂いそうだ! いや、もう狂ってるに違いない。逃れるにはこれしかないんだ!」

 いつしか子供のように目から、鼻から水分を流して顔をぐちゃぐちゃにしたマックスの叫びは迸るようにフロア内に響いた。他の宙港利用客らは何事かと振り向きつつも関わりを避け、足早に去ってゆく。

「本当にすまない……キャス、愛してしまって悪かった」

 制服の袖で顔を拭ったマックスは平坦な口調で謝るとポケットに右手を入れた。
 シドとハイファは瞬時に銃を抜く。だがフォッカーが優雅な動きで発砲を留めた。

「悪いがきみにはずっと尾行がついていた。先日きみがここのレストルームに仕掛けた爆弾から信管は抜かせて貰った。宙港爆破は無理だよ」

 そう言って脚を組み替えたフォッカーの手には先程までは無かった筈の、薄い板のようなものが握られていた。五センチ掛ける三センチくらいの小さなもので、トグルスイッチが一個ついている。起爆装置だ。

 テレポートさせて手に入れたのであろうプレートを弄びながら、フォッカーはマックスに対しあくまで穏やかな口調で促した。

「先日の自爆テロリストの爆弾から抜かれた爆発物の総量が足りないと判明した。シャトル便爆破の規模とレストルームで発見された高性能爆薬を足してもまだ計算が合わない。残りはきみが持っている筈だ。できれば今、出して貰いたい」
「……素直に出すとでも?」
「出すんだ、マックス。これ以上キャスを泣かせるな」

 マックスは逡巡しているようでもあった。宥める口調でフォッカーが被せる。

「事情も事情であるし、きみの爆破では未だ一人の犠牲者も出ていない」
「軍施設爆破で周辺住人から怪我人が出ただろう」
「それに関してきみは未遂だ。今ならまだ別室の胸三寸できみは何の罪科なくこれまでの生活を続けられる。だからその爆薬は私が手を下す前に自ら渡して欲しい」

 そう言ったフォッカーを中心にして妙な静けさが広がった。マックスは左のポケットにそっと手を入れる。何かを取り出そうとした時にそれが響いた。
 ロビーフロアの中心、天井近くに像を結んでいる巨大な3DホロTVから、けたたましい音楽が流れ出したのだ。ここ暫く流行っているキャンディのCMだった。

 途端にマックスが左耳の後ろを押さえて呻き、喚いた。

「う、わあああっ!!」

 そのコマーシャルにマックスを約二十年もの間に渡って苦しめてきた音源が混じっていたかどうか他の誰にも分からなかった。

 だが動いた手がポケットを探りスイッチを押そうとしたのは確かで、シドとハイファがマックスを羽交い締めにすると同時にフォッカーは、二つ目のスイッチをサイキで手に入れている。3Dサーチ能力で危険物はお見通しという訳だ。

 起爆装置を奪われマックスは尋常でない力で暴れた。タガの外れた力はシドとハイファの腕を振り切るとポケットからライターを取り出す。素早く屈むと制服のスラックスの裾を捲った。
 右足首には直径五ミリ・長さ二十センチほどの高性能爆薬が樹脂製の結束バンド二本で固定されている。それにライターの火を近づけた。

「すまん、マックス!」

 叫ぶなりシド、レールガンのパワーを弱めてライターを持った手首を撃つ。二射で手首はちぎれかけ、ライターが転がった。

 だが別室エージェントには宙港爆破の危険を微塵であっても冒す甘さはなかった。瞬時に爆薬だけを切り離すことは叶わず、マックス自身を宙港の最端にテレポートさせる。同時にフォッカーは行動を起こされる前に起爆スイッチを入れた。

 しかしシドたちが想像していた爆発は起こらなかった。

「信管は未装着か。では彼は大規模爆破ではなく自死を選んだようだね」

 様々な大きさ・形の宙艦が一見でたらめに泊まっている白い宙港面を薄暗い窓外に眺めて呟いたフォッカーはそれでも変わらず優雅に腰掛け足を組んだままだった。
 一瞬の沈黙のあと、蒼白になったキャスが立ち上がった。シドとハイファも頷き合って宙港面に出るべく走り出す。その背にフォッカーが声を掛けた。

「まだ大規模爆破の危険はゼロではないよ」
「言わなきゃ、伝えなきゃならないことがあるんです!」

 駆け出しながらハイファが応える。

「ああ、そうだね」

 キャスの後ろ姿を見たのちフォッカーは瞑目し、そのサイキによって脳裏に広がる光景を見つめながら息を吐いた。信じることを捨てていない若い後輩別室員と、その傍で苛烈な光を宿す切れ長の黒い目……。

 彼らが見つけるだろう友人は今、自分が起爆スイッチをONにしたことで既にその身は大規模爆破など引き起こせる状態ではないというのに、何故意味のないことを私は口にしたのだろうか。

(久々に若い熱にあてられて希望を視た気でもしたか……最後まで嘘をつきながら)

 全てを細部に渡って見透していたスチルブルーの目を開くと、フォッカー=リンデマンはニューズペーパーを取り上げ、宙艦に乗る前の一服をするために喫煙室へと歩いていった。
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