マスキロフカ~楽園7~

志賀雅基

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第41話

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 惑星警察名で宙港内専用コイルを借り受けたシドたちがマックスを探し当てた時にはマックスの意識は既になかった。
 フォッカーの押したスイッチが制服の内ポケットに仕舞っていた信管を破裂させ、マックスの心臓を吹き飛ばしていたからだ。

 勿論救急機要請はしたが何せ広大な宙港だ。捜索にもかなりの時間が掛かっており薄暗がりの中でも判る出血量は半端ではなく、助かるかどうかは微妙だった。
 右手がちぎれかけた上、胸にこぶし大の穴を空け血溜まりを作って動かぬマックスに泣きむせび取り縋るキャスの傍にシドとハイファは立ち尽くしている他なかった。

 宙港専用救急機の到着はさすがに早く、そのままマックスは移動式再生槽に放り込まれて一分署管内の病院へと運ばれた。
 実際には二、三時間だったがそれよりずっと長く思われる間、病院の廊下のベンチでシドとハイファは両側からキャスの手を握り続けた。

 手術室のドアが開き、医師と再び再生槽に入れられたマックスを見た三人は一応、安堵の溜息をつく。助からない者は再生槽に入れないからだ。

「彼はどうなんですか?」

 気丈にも立ち上がり、しっかりとした声でキャスが医師に訊いた。

「今は人工心肺を埋めていますが、のちに培養したものを接合する手術をせねばなりません。手首の方は培養せずとも繋がりました。それとですね――」
「何でしょう?」
「スキャンした結果、脳に異物が埋め込まれていましたが、ご存じですか?」
「知っていますが、何か?」
「今回の怪我で酸素欠乏による脳細胞の損壊が異物周辺に集中して見られます。壊死してゆくその部分の切除手術も早急に行う必要があります。結果、大変残念なのですが記憶や知識に言語、特に記憶の方にかなりの後遺症が残るとだけ申し上げたい」
「……分かりました。ありがとうございます」

 深々と礼をして医師を見送ったキャスはその場にへたり込んだ。慌ててシドとハイファが手を貸し小柄な身を支える。ICUへと運ばれてゆく再生槽にゆっくりと付き従いながらシドは小声を出した。

「――あのさ、キャス」
「なあに?」
「傷が治ったらセントラルエリアに来いよ。脳外科もピカイチの病院、あるからさ」
「ありがとう。でも爆破の方は……」
「治ってみてからだろうけどシドが言った通り『心神喪失、又は心神耗弱』ってのになるんじゃない? 目的を達した別室はこれ以上マックスに興味は持たないと思う」
「そう。……ああ、何はともあれ生きててくれて良かったわ」
「記憶は残念だけど……」
「いいえ。意地でも『この子』の父親だって思い出させてやるわ。忘れたのならまた作ればいい。忘れた分よりもっとたくさん作ればいいもの――」

 気が緩んだのか、ICUの前で静かに泣き出したキャスをシドは抱き締めてゆっくりと背を叩く。それと同時にレールガンを発射した指が微かに痛み始めていた。

◇◇◇◇

「この程度で入院はバカじゃねぇのか?」
「小指の骨が飛び出しかけててショートワープさせられるとでも思ってんの?」
「表面に傷がねぇから行けるだろ、こんな小骨くらい」
「小骨って……メザシじゃないんだから」
「俺より細いお前の方がメザシだろうが」
「こんなメザシだって毎晩のように欲しがる人もいるんですけどね。そのメザシとしては貴方に博打を打たせる気はないの。確率低い方に必ず当たるんだから。それに銃も撃てないで本星セントラルに戻ってストライクなんてのはやめてよね。どうせマックスも入院したばっかりでキャスも色々と不安だろうし、いいじゃない少しくらい」
「それはまあ、そうだが……」

 などという会話が交わされ、折衷案として病院の近くのホテルに投宿した二人は、今暫くタイタンに留まり病院に日参することになった。惑星警察の方は再び傷病休暇である。
 時間の掛かる通常空間レピータでの届け出をヴィンティス課長はしかつめらしく受け取ったが内心は喜んでいるに違いなかった。

「こういうTV音声のノイズにずっと苦しんできた奴は、きっとマックスだけじゃないんだろうな。爆発物処理課程も『声』に誘われたんじゃねぇか?」
「それあるかも。でも別室が解析してね、もう大丈夫みたい。片っ端からふるいに掛けたらドラクロワ=メイディーン爆散後に制作したのには混じってなかったって」

 マックスが病院に運ばれた翌日二人は病院の外科待合室でホロTVを眺めていた。

 ここは馴染みの本星セントラルの病院ほどには広くないが、医療機器などは充実しており、スタッフも優秀な人間が本星から派遣されてきている。

 名を呼ばれたシドは処置室へと入り、椅子に座って指に部分点滴を受けた。浸透圧利用の無針タイプの点滴は痛くも痒くもない。飛び出しかけた小指の中節骨、第二関節部分はとっくに矯正済みだ。何事もなければ、あと二日も通えば完治だという。

「で、本当に別室はマックスを無罪放免するんだな?」

 心配で何処までもついてくるハイファにシドは訊いた。

「キャスに言った通りだよ。目的を果たした別室はもうマックスに興味を持たない。それに記憶の無い人相手にどうしようもないじゃない」
「シブい我らがテラ連邦はシャトルの爆破の弁済くらいはさせるんじゃねぇかと」
「その点はキャスには悪いけど何にも覚えてない方がいいだろうね」
「都合の悪い記憶だけ綺麗にとぶなら、いいんだけどな」

 キャスはマックスの唯一の親族扱いでICUの近くの部屋にベッドを借りられた。マックスの容体が安定して一般病室に移ればシドたちと同じホテルに泊まる予定だ。

 五日後にマックスは再生槽を出て手術を受ける。その際に一度意識は戻るだろうと医師は言っていた。そのときはまだ脳の手術を受ける前、もしかしたらこれまでのマックスと相対する最後になるかも知れないのだ。

 そのマックスに会い手術後の様子を確認してから、というよりもキャスの方を心配して、それまではタイタンに滞在しようと二人は決めていた。

「あ、点滴終わったね。痛くない?」
「全然。キャスの様子みてから帰ろうぜ」
「勿論だよ」
「あとで歓楽街でも行って、何か買ってきてやるのもいいな」
「へえ、貴方にもそんな風に女性に気遣いなんてできるんだね。ちょっと吃驚かも。自分がヒマってのが本当のとこだろうけど」
「だから俺にだって女と付き合ったことぐらい……って、何でもねぇよ」
「何なら時系列順に名前、挙げてみましょうか?」
「スパイ稼業はヒマだったんだな」
「いいえ、忙しくとも。若宮志度のことを知り、若宮志度の傍にいるのが、出会った七年前からの僕のライフワークですから。覚悟しといてよね」
「そっちこそ覚悟しとけよ、俺はネチこい土鍋性格らしいからな」

 嬉しそうにハイファはシドの腕を取り、ICUのある上階に昇るべくエレベーターホールへと向かった。
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