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07:ずっと見てた
しおりを挟むふと、雛子は夜中に目を覚ました。
真暗な部屋、目を開けても殆ど見えない。それでも自室ではないことを感じ取る。シーツが違う、布団が違う、着ているものもパジャマではない。
それに……、と自分を抱きしめる相手を見上げた。
次第に目が暗闇に慣れ、そこに居る人物の姿が薄ぼんやりと視認出来るようになってきた。
整えられていた黒髪も今は少し乱れ、時に鋭く、そして時に誘うように雛子を見つめていた目も今は閉じられている。凛々しさのある顔付きだと思っていたが、無防備な寝顔はどことなくあどけなさを感じさせる。
「……颯斗」
確認するように彼の名前を口にしてみる。囁きよりも小さく、微かに聞こえる空調の音にすら負けるほど微かに。
もちろんだが熟睡している颯斗には届かず、彼は返事どころか眉一つ動かすこともしない。雛子を抱きしめたまま眠り続けている。
ひとを脅して性的な行為に及んだ人物とは思えない無防備さではないか。逆襲されるとは考えていないのだろうか。
……と考え、雛子は彼を起こさない程度に首を横に振って考えを打ち消した。彼の無防備さを指摘すれば、同時に自分の無防備さも言及せねばならなくなる。どっちもどっち、お互い様。ならば深く考えずにおくのが心の平穏というもの。
(でも、まだ会って一日も経ってないのにこんな事になるなんて、人生って何が起こるか分からないものね)
事実は小説よりなんとやら、というものだろうか。
その言葉だけで片付けて良いのか定かではないが、今はひとまずと自分を納得させる。まだ眠くて現状や今後を真剣に考える気にならない。
……それにやっぱり、いまだ颯斗に対して嫌悪感は無いのだ。一度寝て、起きて、改めて考えても嫌悪はない。現状や今後に対しても不安はない。
そもそも、嫌悪感があれば彼の腕枕で眠ったりなんてしないだろう。今だって抱きしめられたままなのだ。むしろこのまま彼に抱きしめられて腕に頭を置いて二度寝に入るつもりである。
(私って、実は男の人に対して危機感が無い? でもこんな事いままで一度も無かったし……。むしろ男友達だっていないのに)
不思議、と呟きながら枕元を見上げれば、暗闇の中、それでも見覚えのある携帯電話が見えた。
颯斗を起こさないようにそっと手を伸ばして掴む。
雛子の携帯電話だ。電源を押せばパッと画面が明るくなる。真暗な室内ではやたらと眩しく感じられ、慌てて画面を隠しながら光量を落とした。
「……あ、」
と、画面を見て小さく声を漏らした。美緒からメッセージが届いている。
ラブホテルの部屋に入る直前、彼女には連絡をしておいた。もちろん『脅されて今ラブホテルに居ます』なんていうものではない。『途中で抜けてごめんね、もう帰るから大丈夫』というものだ。直後に『おつかれ』と返事がきたのは確認したが、その後はもう携帯電話どころではなかった。
今になって改めて確認すれば、美緒からのメッセージは『お疲れ』の後も続いている。二時間ほど間が開いているのは自宅に戻り入浴を済ませた後だからだろう。
今日は楽しかったね。突然誘ったのに来てくれてありがとう、今度は女の子だけでご飯に行こうよ。次はいつ遊ぼうか……。
そんな他愛もないメッセージだ。
彼女も疲れとお酒が回っているのだろう文章はどれも手短で、雛子からの返事がないことに気付いたようだが『寝ちゃった?』と尋ねてくるだけで疑う様子はない。可愛らしい子犬が寝ているイラストで話をお終いにしている。
その後には、追記で送られた文章。
『朝桐君、雛子のことかなり気になってるみたいだよ! 合コンの最中もずっと雛子のこと見てたんだって!』
楽し気な文面、後押しなのかニンマリと悪戯っぽく笑う子犬のイラストが続いている。
それを最後に美緒からのメッセージはきていない。送信時間から考えるときっと彼女も寝たのだろう。
雛子は長く放置してしまっていたメッセージに返事をしようとし……、『おつかれ』の文字と眠る猫のイラストだけで返した。きちんと返信をするのは朝になってからにしよう、そう考えて携帯電話の明かりを消して傍らに置く。
今は何をどう返事して良いのか分からない。自分自身、なんでこんな状況に居るのか不思議でしかない。
「……私のこと、ずっと見てたんだ」
美緒から送られてきた文章、そこに綴られていた颯斗について。
彼は合コンの最中ずっと雛子のことを見ていたらしい。
気付かなかった。
だけど……、と思い返すのは、この部屋に入ってすぐのこと。名刺と携帯電話を片手に颯斗は笑みを浮かべ、そして雛子の職場について黙っている代わりにと迫ってきた。
あの時、彼は雛子が何を言うでもなく、友人である冴島俊の名前を口にして脅してきた。
その理由が……。
『飲んでる最中、俊のことずっと見てたもんな』
と、彼はそう言っていた。
事実、雛子は合コンの最中に何度も俊に視線をやっていた。
かといって他者を無視するような事もしないし、露骨に見つめたりはしていない。別の人が話をしている時はきちんとそちらを向いていたし、時には美緒や女性達と話して盛り上がってもいた。明らかに狙っていますオーラを出して凝視なんて事はしていない。
それでもやはり、チラチラと見てしまった。
それ程までにタイプだったのだ。幸い、それに気付いたのは颯斗だけだったようだが。
……それはつまり。
(私が冴島君を見てたって断言できるくらいに、颯斗は私のことを見てたって事よね)
自分の視線に俊は気付いてくれなかった。そう雛子は思っていたが、どうやら自分もまた颯斗の視線に気付いていなかったようだ。
それがなんだかおかしくて思わず肩を小さく震わせて笑みを堪えれば、気付いたのか颯斗が小さく唸った。「うん……」と微睡んだ声を出してもぞと動き……、そして雛子を抱きしめ直してきた。かと思えばあっという間に再び眠ってしまう。
やっぱり、脅しだの無理やりだのといった雰囲気は全くない。
不思議でおかしな感じ。
だけど悪くない。
そう雛子は自分の中で結論付け、颯斗の腕の中で寝心地を直すと目を閉じた。
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