あなた♡おもちゃ~嘘から始まる、イケメンパティシエとの甘くて美味しい脅され関係~

ささきさき

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15:朝からなんて……!

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『次の休みは朝から一日空けておけよ』

 颯斗からのメッセージを見て、雛子は仕事中だというのに思わず「朝から!?」と声をあげてしまった。
 隣に座っていた後輩がパッとこちらを向いてどうしたのかと尋ねてくる。
 もちろん説明など出来るわけがなく、慌てて携帯電話を机に伏せて何でもないと誤魔化した。もっとも、誤魔化しようにもはっきりと驚愕の声をあげてしまったのだから怪しまれるのは当然。後輩がじっとりとした疑いの視線を向けてくる。

「朝から何があるんですか。怪しい……、なんだか先輩の頬も赤いし……」
「べ、別に何でも無いの。それよりメール打ってる途中なんでしょ。騒いでごめんね。さぁ仕事に戻って」
「怪しい……。朝からいったい何が……。まさかチケット販売!? 何日ですか!?大丈夫なんですか!? 手伝いましょうか!?」
「……よく分からないけど優しさは感じたわ。まったく違うけどありがとう」

 落ち着くように後輩を宥める。住む世界が違うので度々会話が擦れ違うが、それでも慕ってくれる良い後輩だ。
 ひとまず彼女を仕事に戻し、雛子は「上に行ってくるね」と一声かけて立ち上がった。となれば当然あちこちから書類やら荷物を頼まれるのだが、それはもう今更な話だ。


 元々颯斗からは一昨日会おうと誘われていた。互いに休みが重なりちょうど良いと考えたのだろう。
 だがそれに対して雛子は断りを入れた。上の階と合わせて女性社員の飲み会の予定があったのだ。夏場に何度も通ったビアガーデンが今週で終わりというので飲み納めである。
 それを告げると颯斗はあっさりと『分かった』と返事をし、それならと改めて予定を決め……、そして先程のメッセージだ。

(朝から一日って……、まさか一日中ずっとするつもり!?)

 外階段に出て改めてメッセージを確認し、途端に雛子の顔が熱くなる。
 思い出されるのは颯斗と体を重ねた夜の記憶。挿入こそしていないが、互いの手で、体で、快感を与えあって果てた。甘く優しく蕩けそうな夜……。

 あれから互いの予定が合わず性的な事はしていない。
 といっても性的な事が出来ないなら用無しというわけでもなく、こまめに連絡を取り合い、仕事終わりに食事に行ったりはしていた。ーーこういう所がやはり脅し脅されの関係性を薄めている気もするーー

(久しぶりに休みが被るから、出来なかった分を……ってこと? まさか、そんな……)

 一夜でさえ体も意識も蕩けていたのに、一日中なんて耐えられるわけがない。
 想像出来ないものを想像しようとし、思わず誰もいない外階段で一人盛大に首を横に振る。

「これは対策が必要だわ……! 大人しく一日中弄ばれたりなんかしないんだから!」

 待ってなさい! と何故か闘志を燃やし、雛子は荷物の入った紙袋を両手に階段を駆け上がった。


 ◆◆◆


 そんなメッセージでのやりとりを経て数日が過ぎ、一日空けろと言われていた件の日
 雛子は朝から颯斗と対面していた。

 ラブホテルの一室、……ではなく、なんだかよく分からないがとても長い列の一角で。

「……なにこれ」

 首を傾げながら疑問を口にし、列からひょいと身を乗り出して前後を覗いてみる。
 行列は随分と長く、建物の角を曲がっているため先頭は見えない。さりとて後方もまた角を曲がっているため、仮に最後尾のプレートがあったとしてもこれまた現在地からでは見えない。
 分かるのは、ただとにかく長い列という事だけだ。まさに長蛇の列。最近は日中とはいえ気温もだいぶ落ち着いてきたから苦ではないが、これが夏場だったなら熱中症の恐れがあっただろう。

「ねぇ、これなに?」
「長い列」
「それは見れば分かるし、むしろそれしか分からないの。私が知りたいのは何の列かってこと」

 教えてよ、と詰めるように問えば、颯斗が前後の列を眺めて「やっぱり凄いな」と感心の声を漏らした。


 颯斗の指示に従い、都内にある駅で合流したのが今から一時間程前。
 落ち合うや「行くぞ」と一言告げて迷いなく歩きだす颯斗に対し、雛子は彼の隣を歩きつつも周囲の様子を窺った。栄えた駅だけあり周囲は華やかで賑わっている。脅されラブホテルに呼び出され……、というような雰囲気は無い。
 だがわざわざこの駅を指定してくるのだから何か理由があるに違いない。
(もしかして特殊な部屋のあるラブホテルが……!?)
 と内心で考えながら、雛子は密かに覚悟を決めて鞄をぎゅっと強く抱えた。

 そうして歩き出して間もなく、ピタと足を止めた颯斗の「ここだ」という言葉を聞き、緊張でゴクリと生唾を飲みながら顔を上げ……、

 長蛇の列に並んで今に至る。

(てっきり一日中ずっとするつもりなのかと思ったけど、そうじゃないみたいね)

 ひとまず安堵の息を吐く。
 とんだ勘違いではないか。違うと分かるとなんだか鞄が重く感じてしまうが、それは意識の隅に追いやっておく。
 そうして勝手な誤解を一人で解決して安心していると、次いで湧くのは疑問だ。そもそもこの列はいったい何の列なのか、どうして自分が並ばされているのか……。

「ねぇ、いい加減に教えてよ。これ何の列なの? お店?」
「……これだ」

 颯斗が携帯電話を差し出してくる。画面に表示されているのはネットの記事だ。
 それを受け取り書かれている情報を読み、雛子は「これって」と呟いた。

 記事は先月オープンした洋菓子店について書かれている。
 曰く、海外で人気の老舗パティスリーで、長く切望され続けてこのたび満を持して日本一号店を開いたのだという。
 連日長蛇の列で二時間三時間待ちは当たり前。中にはこの店で食べるためだけに旅費を駆けて遠方から来る者も少なくないという……。
 ネットの記事にはいかにその店が人気かを語り、取り扱っているメニューの詳細と写真と続き、そして最後には店の外観と住所が記載されている。

 それらを読み終え、雛子はパッと顔を上げた。
 きょろきょろと周囲を見回してみる。ここからでは死角になって見えないが、きっと列は今この瞬間にも伸びているのだろう。

「今並んでるのって、このお店の列なの?」
「そうだ。やっぱりオープン前に来て正解だったな」
「とりあえず今なにが自分の身に起こってるのかは分かったけど、でもなんで私が一緒に並んでるの?」

 疑問はまだ尽きない。
 観念して洗いざらい話してと詰め寄れば、颯斗も話す気になったのか「分かったよ」と肩を竦めた。
 その際に鞄からお茶の入った未開封のペットボトルを一つ取り出して渡してくる。長蛇の列に並んで待ち続けるための準備だろうか。この気遣いがあるならさっさと話してくれればいいのに、そう考えながらも雛子は礼を告げてお茶を一口飲んだ。

「さっき見せた記事にも書いてあったと思うけど、この店は並ぶ。とにかく並ぶ」
「そうね。お店のオープンが十一時で、私達が並び始めたのが九時半頃。それでこの位置なんだから、先頭の人達っていったい何時に来たのかしら」

 先頭は見えず、最後尾も見えない。『連日長蛇の列』という表現に偽りなし。
 凄い人気だと雛子が感心すれば颯斗が深く頷いた。

「それほどの人気店なんだから、仕事柄食べてみたいと思うのは当然だろ。というか仕事関係なしに食べたい。ずっと食べたかった。二時間だろうが三時間だろうが喜んで待てる」
「熱意が凄いわ……! 淡々と話してるように見えるけど、さては内心はしゃいでるわね」
「必死で自分を落ち着かせてるが、内心じゃ今かなり感動してるからな。とにかく、それほど憧れの店ってことだ」
「なるほどねぇ。でもどうして私となの? 冴島君や職場の人と一緒に来ればいいじゃない」

 雛子も人並みに甘い物は好きだ。だがあくまで人並みである。
 有名店の新情報を常にチェックしたり、オープン前から長蛇の列に並ぶほどではない。現にこの店の事も今初めて知ったぐらいだ。
 対して、雛子が先程あげた冴島俊や、颯斗の同僚達はその道で生きている第一人者。誰もが甘い物が好きなはず。颯斗が誘えば喜んで共に食べにくるだろう。感想を言い合うにしても、ずぶの素人である雛子よりも実りのある会話になるはずだ。

 なのにどうして、と雛子が首を傾げて問えば、颯斗が表情を渋くさせた。


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