あなた♡おもちゃ~嘘から始まる、イケメンパティシエとの甘くて美味しい脅され関係~

ささきさき

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38:一人前

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「雛子の都合が着くなら、バレンタイン当日に行ってみる?」
「当日? 美緒、バレンタインは忙しいんじゃないの? 撮影は?」
「クリスマスほどじゃないから平気。それにクリスマスも年末年始も出てたんだから、バレンタインぐらいは休ませて貰わないと。そうしないと後輩達が休み取りにくくなるでしょ」
「美緒もすっかりと一人前だね」

 少し前まで美緒は『まだまだ半人前だから』と言って仕事詰めになっていたのに、いつの間にか後輩達の事を考えるようになっていた。
「成長したわね」とまるで自分が育てたかのようにうんうんと頷きながら話せば、美緒が照れ臭そうに、それでいてどことなく誇らしげに笑った。

「でも、雛子だってもう一人前でしょ。よく後輩のこと話してるじゃない」
「うちの後輩は私が休みを取らなくっても勝手に休んでるわよ」
「休みの話だけじゃなくて、全体的によ。後輩の事とか仕事の話とかよくしてくれるでしょ。その時の雛子、楽しそうだし、もう一人前って感じ」
「そう? あんまり意識してなかったけど、美緒が言うならそうなのかな……」
「最初は大丈夫かなって心配だったけど、良い職場みたいで良かった」

 穏やかに美緒が笑う。まるで自分のことを喜んでいるかのような表情。
 それに対して雛子もまた笑んで返した。……照れ臭さと、そして同時に湧く罪悪感を胸の内に押し留めて。

(美緒は本当のことを知ったら、……アダルトグッズ会社って知ったらどう思うんだろう。恥ずかしいとか、そんな会社だったのかとか、そういう風に考えるのかな……)

 ふと、美緒の口から拒絶の言葉が漏れる様を想像する。
 嫌悪とまでは言わずとも、躊躇いや困惑の言葉。そういったものを美緒から聞かされたら……。

 そこまで考え、雛子は小さく首を横に振った。

(他でもない美緒がそんなこと言うわけない。きっとちゃんと話を聞いて、良い会社だねって言ってくれる。……だけど、そう信じてるのにまだ言えない)

 美緒は事実を知っても拒否などするわけがない。親友の職場を悪く言うなんて有りえないし、友情抜きに、他人の職場に偏見を持つ女性ではない。
 だがそう信じているのにいまだ言えずにいる。それがまた罪悪感を募らせて、事実を打ち明けるタイミングを損なわせる。
 だけど、と雛子はふと手元のカタログに視線を戻した。美味しそうなチョコレートの写真、覚えのある店名。本人の写真は乗っていないのに、それでも店名を目にするだけで彼の姿が容易に思い出せる。

(颯斗との関係が進んだら、打ち明ける勇気が出るかな……)

 もしも仮に恋人という関係になったら、もちろんだが美緒に報告する。
 その時に「実はね……」と打ち明けられるだろうか。想像するだけで不安が湧くが、隣に颯斗が居てくれるのならと考えると不思議と不安も薄まっていく。

「……雛子? 雛子、どうしたの?」
「えっ……?」

 ふと名前を呼ばれて顔を上げれば、美緒が眉尻を下げてじっと見つめてくる。
 さっきは雛子が考え事をするや「私と考え事のどっちが大事なの!」と怒っていたというのに、今はそれを言い出す様子も拗ねる様子もない。「大丈夫?」と尋ねてくる声は囁くように小さく、表情も今にも泣きだしそうだ。
 心配させてしまったと察し、雛子は慌てて大丈夫だと返した。

「大丈夫、ちょっと考え事してたの」
「もしかして私のせいで前の職場のこと思い出させちゃった?」
「違うの、美緒が謝る必要なんてないよ。ただ、そう……えっと……このバレンタインのイベントに行くこと、颯斗に連絡しようかなって思って。カタログの写真撮って連絡入れたら驚くかもしれないって想像してただけ」
「本当? それなら良いんだけど……。そうだ、せっかくだし限定のデザート頼んで、それと一緒に写真撮って送ろうよ。私、買ってくるからさ。……あ、でも」

 弾んだ声で提案し立ち上がったかと思えば、何かに気付いたように美緒の言葉尻が途端に弱くなる。
 眉根を寄せた表情だ。思いつめているのだと分かる。
 あまりに深刻な空気を纏うので雛子も窺うように「……美緒?」と彼女の顔を覗き込んだ。

「ここの限定デザート、ペンギンがテーマなの。もしも雛子を取られたらどうしよう……」
「変な心配しないで!」

 もう! と雛子がわざとらしく叱咤の声をあげれば、美緒が楽しそうにクスクスと笑って売店へと向かっていった。

 


 頼んだ限定デザートとカタログの写真を撮り、美緒と一緒に遊びに行くことになったと連絡を入れる。
 だが颯斗からの返事は無く、むしろメッセージを読んだ様子もない。

「朝桐君からの返事は?」
「まだだけど、仕事中じゃないかな」

 そんな話をしながら、どれを買おうかと相談するためにテーブルに広げたカタログを覗き込む。
 チョコレートと一口に言っても多種多様で、それも普段はお目にかかれないような店も多く出店している。更に完売する商品も少なくないというのだから、どれを買うか目移りしてしまう。
 何を買おうか、何時から行こうか、人気商品を狙うなら朝一に……。そんな事を話しつつ――そして時にわざとペンギンに見惚れて美緒を嫉妬させて遊びながら――、頃合いを見て席を立った。

 しばらく水族館内を見て回り、外に出て商業施設へと移る。
 あちこちと店を覗き、そろそろ夕飯を……、となった頃、雛子の携帯電話がヴンと唸った。
 それも一度ではなく何度も。
 ヴン、ヴン、ヴン、と短く、それでいて断続的に。

「何かが大量に送られてる」
「朝桐君じゃない?」
「颯斗? 颯斗にしてもこんなに連続して何を……」

 いったい何を、と携帯電話の画面を表示させれば、美緒の言う通り『朝桐 颯斗』の名前が表示されている。
 そして彼の名前と同時に表示されているのは受信したメッセージの件数。二桁いきそうな数字に雛子が眉根を寄せ……、そして眉根を寄せた瞬間に二桁に到達した。

「なにこれ。お店の情報? あ、まだ送ってくる」
「多分、買い物リストじゃないかな」
「買い物って……。あぁ、チョコレートの。これを買ってきて欲しいってこと」
「実は私、俊君から頼まれてるんだ」

 ヴン、とまた一つ唸りをあげる雛子の携帯電話を眺め、美緒が苦笑を浮かべた。
 曰く、美緒は俊と出かけている時にこのバレンタインフェアのポスターを見て、その場で俊達の店の出店と彼等が接客することを知ったという。
 その際に『面白そうだから雛子を誘って行く』と言い出したところ買物を頼まれたらしい。その際の俊は控えめに『出来ればで良いんだけど』と前置きをしてはいたものの、件数はやはり似たり寄ったり、十件は超えていたという。

 颯斗も俊もパティシエで、そしてパティシエとして会場に居る。
 周囲は興味のあるチョコレートで溢れているが、彼等には仕事があるのだ。当然だが仕事を抜け出して買いに行くわけにはいかず、休憩中も自由に行動できるかどうか定かではない。更にこのイベントはバレンタインだけあり女性だらけなのだから、彼等が臆して、そして買物に行くという雛子と美緒に頼むのも頷ける。
 件数と連投ぶりから必死さが伝わってくるが、これも甘い物への熱意ゆえなのだろう。

「ねぇ見て、ちゃんと合計金額まで計算してる。しかも『先に金が必要なら次に会った時に渡す。今すぐに必要なら振り込むから口座を教えてくれ』だって。この文面だけ見ると怪しい取引してるみたい。というか必死過ぎてちょっと怖い」
「さすがに振込は冗談だと思うけど、朝桐君もやっぱり甘い物好きなんだね。もしかして、去年オープンしたお店に付き合わされた?」
「朝一で並ぶところ? もしかして美緒も並ばされたの?」

 まさか同じ目にあっていたなんて、と思わず雛子が問えば、美緒が笑いながら頷く。
 あの時の颯斗の甘い物への熱意は相当だったが、どうやら俊も同じレベルらしい。なにせ二人とも甘い物が好きでパティシエの道を選んだのだ。

「当日、きっと二人とも同じコックコートだよね。私達もお揃いにしようよ!」

 テンションが上がったのか、美緒がぐいと片腕を掴んで誘ってくる。
 さすがに全身お揃いとは言わないが、洋服の上下どちらかや、上着や鞄、さり気ない小物だって良い。お揃いが目立つなら色違いでも……。
 既にお揃いは決定し何にするかと話し始める美緒に、雛子は「お揃いって……」と恥ずかしがりつつも、自分の声色も表情も満更でもなさそうなのを感じながら歩き出した。

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