裏稼業探偵

アルキメ

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case7 自白の鑑定

6 鳴動

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 夕桜支社に帰還後、スパイが存在するかもしれないという疑惑については伏せたまま、乃神に一連の報告をした。灰羽根旅団の裏にいた『代表』についてはナイツで調査を進めるとのこと。その後はとくに用事もなかったので、冬吾は帰宅することにした。

 市街地からやや外れて、住宅街をしばらく歩く。夕日が眩しくなってきた頃に、ようやく二階建ての自宅が見えてきた。すると、家の前に車が停まっていることに気がついた。少し古ぼけた、白色のセダンだ。その車にはなんとなく、見覚えがあるような気がする。

 距離が近づくと、車から男が降りてきた。年齢は五十前後くらいで、スーツ姿。頭は少し薄くなっているが、現役の格闘家のようながっちりと大きな体格をしている。男は微笑んで冬吾へ手を振ってきた。

「冬吾君。久しぶりだな」

 冬吾は、彼のことをよく知っている。

「名護(なご)さん!」

 彼の名は名護修一(なごしゅういち)。冬吾の父であり刑事であった千裕の、同僚だった人物だ。温和で親切な人柄で、千裕が亡くなったばかりの頃は冬吾に色々と親身に接してくれた。その見た目が示すとおり体力自慢の刑事で、射撃の腕も優秀らしい。警察の射撃大会では賞を何度も取っていると聞いたことがある。

「お久しぶりです」

 会うのはもう三年ぶりくらいになるだろうか。四年前に千裕が殺害される事件が起こってからしばらくの間は、事件の経過などを話しに来てくれていたのだが、捜査が行き詰まった頃から段々と会うことはなくなっていった。だが、こうしてわざわざ会いに来たということは……。

「何かあったんですか……その、父の事件のことで?」

 名護は申し訳なさそうにかぶりを振った。

「ああ、いや……。申し訳ないが事件について報告できることは何もないんだ。今日はそのことで来たんじゃないから」
「そうですか……」そう言ってから、ここで残念そうな顔をするのは失礼だと気がついた。「あ、すみません」

 名護は小さく笑って「気にしないでくれ」と言うように軽く手を振る。それから、咳払いをして名護が言う。

「……最近は、元気にしていたのか?」

 何か無理やり話題に出したかのような、ぎこちない話し方だった。

「ええ、おかげさまで」
「大学、受かったんだってな。年の暮れにもなって言うことじゃないが、おめでとう」

 本当に今さらという感はあるのだが、祝われるのは素直に嬉しい。会う機会がなかっただけで、今でも名護は自分のことを気にかけてくれているのかもしれない。

「妹さんのほうは、どうなんだ?」
「近頃は結構元気でやってますよ。学校にも行けてるし」
「そうか。それは良かった」

 そこで、会話が途切れてしまった。とくに話題も思いつかず、冬吾は名護の用件を聞き出すことにする。

「ええっと、それで……今日はどうして?」

 と言ってから、今の自分が、犯罪組織の一員であることを思い出す。まさか、そのことがバレて逮捕しに来たとかじゃ……。

 しかしその考えは外れていたようだ。

「ある人に頼まれて、これを君に渡しに来た」

 そう言って、名護はジャケットのポケットから一冊の手帳を取りだした。手の平ほどの大きさで、黒革のカバーが付いている。カバーの小口側はボタンでベルトを留められるようになっているようだ。冬吾はそれを受け取って、

「なんですか、これ?」
「君のお父さんが持っていた手帳だよ」
「……父の?」

 よく見ると、カバーの下端近くには『C.Inui』という名前が刻まれている。父の名前は千裕(Chihiro)戌井(Inui)だ。名前は一致している。ベルトを外してページをぱらぱらとめくってみると、予定などのメモが沢山書かれていた。その几帳面な字には見覚えがある。間違いない。この手帳は、死んだ父のものだ。だが……こんな遺品があったとは知らなかった。

「この手帳……名護さんが持っていたんですか?」

 名護はゆっくりと頷くと、気苦しそうに目線を下げる。

「今まで私が預かっていた。ある事情から、この手帳のことは君にも話せなかったんだ。……すまないと思っている」
「ある事情って……?」

 名護は黙ったまま、かぶりを振った。それは話せない……ということか?

「じゃあ、どうして今になってこれを俺に渡したんですか?」 
「君の役に立つはずだから、と。君にそれを渡すよう頼んだ人がそう言っていたよ」

 つまり名護は誰かに頼まれて、今まで自分が隠していた手帳を冬吾に渡したということになる。

「誰がそんなことを?」
「……すまない。今はそれしか伝えることができないんだ」

 どういう事情があるのかは知らないが、これ以上問いただしても答えてくれそうになかった。

「用件はそれだけだ。私はこれで失礼する」 

 名護は車のドアを開けてから、ふと思い立ったように冬吾へ尋ねた。

「最後に一つ訊かせてくれ。君は、『叢雲(むらくも)』という名前を……聞いたことがあるか?」
「……? いや、初めて聞きました。人の名前ですか、それ?」
「いや、知らないならそれでいい。……じゃあ、元気でな」

 名護はさっさと車に乗り込んで、走り去ってしまった。どこか思い詰めたような表情をしていたようにも見えたが、いったいなんだったのだろう?

 冬吾は名護から渡された手帳を見る。

 役に立つ……? この手帳がいったいなんの役に立つというのか? とにかく、一度部屋に戻ってから中身を確かめてみるべきだろうと思えた。

 自宅の玄関を鍵で開け、中に入る。用心のために在宅時でも鍵はかけておくように妹の灯里には言ってある。

「ただいま」

 玄関には灯里の靴とはべつに、女性用の靴が一足並んでいた。うちに来る客人といえば、一人しかいない。

「やぁ、おかえり」

 キッチンから廊下に出てきたのは、江里澤夕莉だった。肩につく程度の綺麗な黒髪に、涼しげな目元が印象的な冬吾の先輩である。彼女は灰色のニットとジーパンというラフな服装の上から、エプロンを付けている。

「来てたんですね、先輩」
「勝手にお邪魔してるよ。あと、厨房も借りてる。シチューで良かったかな?」
「好物です」
「ふふっ、よろしい。ならば腕をふるおうじゃないか」

 隣に住んでいる夕莉は、彼女の両親が仕事の都合などで家を空けると、たまにこうして夕食を作りに来てくれる。料理に関しては冬吾よりも夕莉のほうが遙かに上手なので、助かるし嬉しい。

「灯里はどうしてますか?」
「居間で寝てるよ」

 夕莉はクスッと笑って、

「昼間、一緒に買い物に行ったんだけどね。服なんかを見て回っているうちに疲れてしまったんだろう。帰ったらまた料理の練習をするんだと言っていたけれど、もうおねむだったようだから、私一人で作っているところさ」

 灯里は少し前から、夕莉を先生として料理を習っているらしい。危ないからそんなことしないでいい、とは言っているのだが、本人の意志は固いようなので無理やりやめさせるわけにもいかない。

「あいつの買い物に付き合ってくれたんですか? 大変だったでしょ」
「そうでもないさ。友達と買い物をするのと似たようなものだよ」

 最近は比較的安定しているものの、灯里は昔から病弱で入院しがちだったために、中学二年になった今でも親しい同年代の友達はいないようだった。そんな灯里にとって、夕莉は姉であり、友達のような存在なのかもしれない。買い物にしたって、男の冬吾には年頃の女の子の好みはよくわからない。そういう面でも冬吾は、夕莉がいてくれたことには感謝している。

「ところで……」

 冬吾は夕莉の右手に視線を注ぐ。最初から気になっていたのだが、彼女の右手には何やら物騒なものが握られている。

「なんで、包丁握ってるんですか?」
「ん? あ……」

 夕莉は指摘されて初めて気がついたようだった。彼女は照れたように笑って、

「いけないな。今ちょうど野菜を切るところだったから、つい持ってきてしまったみたいだ」

 慌てていたとか、胸を躍らせて出迎えたとかいうわけでもないだろうにそんなミスをするところがなんというか、夕莉らしい。頭も良いししっかりしているのに、妙なところで抜けている人なのだ。

「気をつけてくださいよ。先輩は何もないところでも転んじゃうタイプなんですから」
「む……そんなことは……いや、ぼーっとしてると、たまにあるけど……」

 あるんだ……。ほんとに気をつけてほしい。

 夕莉は誤魔化すように咳払いをする。

「と、ともかく。夕飯の支度にはもう少しかかるから、君は居間にでも行ってゆっくりしているといい」
「手伝いましょうか?」
「いい、いい。何の用事だったか知らないが、疲れてるんだろう? 見ればわかるよ」

 長年の付き合いだけある。深く詮索しようとしてこないのもありがたい。

「じゃ、お言葉に甘えます」

 居間に上がると、ソファで毛布にくるまって横になっている灯里の姿が見えた。最近気に入っているというおさげの髪型も戻さずに寝てしまっている。毛布がずれていて肩の辺りが少し寒そうだ。一応エアコンの暖房はついているが、風邪でも引かれては心配だ。こっそりかけ直してやろうとして、冬吾は手を伸ばした――

「誰!?」

 灯里は突然叫び、ソファの隅に寄る。

「お、俺だよ……」

 冬吾は両手でホールドアップして言う。灯里はすぐにほっとしたような顔をして、

「なーんだ、お兄ちゃんかぁ。びっくりした」
「びっくりしたのはこっちだ。っていうか、起きてたのかよ」
「たった今ね。……でも変だなぁ。お兄ちゃんなら近づいてきただけでわかるのに」

 灯里は普通より感覚が鋭いところがあるから、冗談で言っているわけではないのだろう。

「単に寝起きだからわかんなかっただけだろ?」
「それもあるかもだけど……最近のお兄ちゃんって、お兄ちゃんじゃないみたいな感じがするんだよね。たまに」
「……なんだそりゃ、傷つくぞ」
「あ、ごめんごめん! もちろんわかってるよー。お兄ちゃんはちゃんと、私のお兄ちゃんだもん」

 ……灯里の言葉に漠然とした不安感を覚えた。家の中では、以前と変わりない自分でいるつもりなのに。ナイツに入ってからの変化……のようなものが、灯里にはわかってしまうのだろうか。だとすれば、いずれは――……

「そうだ、聞いて聞いて! 今日は夕莉さんとお買い物に行ってね――」

 灯里がなにやら楽しそうに話し出す。冬吾は、今考えようとしていたことを思考の外側に追いやった。それを一度考えてしまうと、なにか恐ろしい結末に辿り着いてしまいそうな気がしたから。





 夕食を終えて、帰る夕莉を見送った後、冬吾は自分の部屋に戻った。ベッドに腰掛けてから、名護から受け取った手帳をもう一度取り出す。

 まだどういう代物なのかよくわからないため、灯里や夕莉にもこの手帳のことは話していない。今一度、中身を確認してみる。

 手帳は元々メモ用の白紙ページが最初から最後まで続くタイプのもので、事件に関するものらしいメモや何かの電話番号、店の名前など雑多な内容が書き込まれていた。だが、そこから何か特殊な意味を見出すことは出来ない。……もちろん、よく確認してみないことには断定は出来ないが。

 それにしても、この手帳を渡すように名護に頼んだ人物は、いったい何を考えていたのだろうか? 『役に立つ』、ということは、少なくとも冬吾のためを思っての行動であることはわかる。しかし、それ以上のことは何もわからなかった。

「ん……?」

 手帳のページをめくっていると、少し気になる記述を見つけた。その後も何カ所か、引っかかりを覚える部分を見つけたが、決定的な発見とまでには至らない。……これは一度、禊屋に相談してみたほうがいいか?

 そのとき、冬吾の携帯に着信があった。発信者の番号は登録外だったが、どこかで見覚えがあるような気がする。

「……はい」
『久しぶりだな。戌井冬吾』
「っ……!」

 緊張で冬吾は背筋を強張らせた。そうか、番号に覚えがあって当然だ。この女は前に一度、電話をかけてきている。

「何の用だ……神楽」

 神楽――伏王会差配筆頭の肩書きを持ち、現在の冬吾を取り巻く状況の元凶。彼女がこうして電話をかけてきたからには、きっと何かある。警戒心を張り詰めさせておくくらいでいないと……。

『久々に話すというのに、随分そっけないじゃないか。愛嬌がない奴は嫌われるぞ?』
「あんたに媚びを売る必要性を感じないんでね」
『ははっ! 嫌われたものだな。まぁいい。どちらにせよ、今の君は私には刃向かえない。そうだろう? たった一人の家族は大切にせねばなるまい?』
「この……!」

 電話を持つ手に思わず力がこもる。……ダメだ。冷静さを失ったら、相手のペースに飲み込まれてしまう。冬吾は大きく呼吸して、気持ちを落ち着ける。

「……今度は何をさせようって言うんだ」
『なぁに、そう身構えるな。ちょっと会って話をしようというだけさ』
「話……だって?」
『左様。デートと解釈してもらっても構わないが?』
「ふざけるな!」

 電話越しに神楽は愉快そうに笑う。

『では少し真面目に話すとしよう。電話ではなく、直接会って君に伝えておきたいことがある。戌井千裕の、死の真相についてだ』
「な…………」

 驚きが許容量を超えてしまい、言葉が出なくなる。

『君は知りたかったんじゃないのか? なぜ、善良な刑事だった父親が死ななければならなかったのかを』
「ど……どうして」
『なに?』

 興奮で震える口を無理やり動かして、言葉を続ける。

「どうしてあんたがそれを知ってるんだ? どうして俺に教える!?」
『どうして私が知っているのか……それは想像に任せるとしよう。どうして君に教えるのか……ふむ、そうだな。私にとって、それが得になるからだ……とでも言っておこうか』

 どうやら、まともに答える気はないらしい。

『私はこれでも多忙な身でな。待ち合わせ場所と日時はこちらで指定させてもらう。二度は言わないから、よく聞け。明日の午後三時。夕桜市内にある、聖アルゴ修道院……その礼拝堂にて待つ。わかったな?』
「三時に……聖アルゴ修道院の礼拝堂……」

 ベッドのヘッドボードに置いてあったメモ帳に急いで書き込む。

『念のために、注意を何点かしておこう。誰にも相談はせず、必ず一人で来ること。それと、時間に遅れるのは論外だが、早すぎるのも問題だ。トラップでも準備しているのかと疑いたくなってしまう。他に私に疑われるようなこともするな。今言ったことを守れないようであれば、私は、君が何か余計な企みをしていると判断する。そうなれば、君が父の死の真相を知る機会は二度と訪れないだろう。……いいな?』
「……わかった。だが、そっちも約束は守ってもらうぞ」
『ああもちろんだ。君が待ち望んだものは、ほどなく手に入るだろうさ。では、また明日……』

 通話が切れる。

 ……どうする? 罠の可能性……もちろんあるだろう。神楽の言葉を完全に信用するのは危険だ。一人で行くという条件がある以上、身の安全だけを考えるならやめておくのが賢明だというのは明らかだ。

 ……しかし、神楽が千裕の死についてなにか知っているというのは前から予感していたことだ。その予感は、今の電話でより確度を増したように思う。このチャンスを逃せば、神楽が言うように、冬吾がそれを知る機会は二度と来ないかもしれない。

 それに、神楽の誘いを断れば灯里の身に何があるかわからない。そうだ、初めから選択肢などない。

「腹をくくるしかない、か……」








 ――――――――――――

 ――――――――

 ――――

 ――頭が朦朧としている。

 気がついたら、身体が倒れていた。

 ぼんやりと見覚えのない天井が見える。学校の教室くらいの広さの空間に、太い梁が渡してあるのが見える。

 どこだっけ、ここ……?

 記憶がはっきりしない。頭が熱い。身体に力が入らない。誰かが話している声が聞こえるような気もするが、うまく聞き取れない。

 それに、なんだ、この臭いは? 強烈に生臭くて、酸っぱくて、嫌な臭いだ。吐き気がする。

 思い出そう……思い出さなきゃ……思い出せ……何があった……?

 そう……俺は神楽に会うために聖アルゴ修道院に行った。

 約束の時間通りに、礼拝堂を訪ねて……そうだ。思い出した。ここは、礼拝堂だ。
  
 礼拝堂で、神楽と会ったんだ。それから……どうなったんだっけ?

 そのとき、不意に誰かから横腹を蹴りつけられた。

「がっ……はっ……!」

 身をよじって呻く。痛い。痛いが、その痛みのおかげで少しだけ意識がはっきりした。

「――おい、聞いているのか?」

 冬吾を上から見下ろしているのは、パンツスーツ姿の女――神楽だ。冬吾は彼女に蹴られたらしい。

 長い黒髪を頭の後ろで一束にまとめた凜々しい姿は、時代錯誤な例えをするなら美貌の女剣士――というところか。禊屋とはまた別種の、卓越した美しさを持っている。

 周囲には他にも人の気配があるが、近くにいるのは神楽だけのようだ。

 神楽は呆れたように肩をすくめて笑う。

「よくもまぁ、この状況でとぼけていられるものだ。却って感心するよ」
「とぼ……ける……?」
「アレだよ、アレ」

 神楽は顎をしゃくって、礼拝堂の祭壇のある方向を示す。首を横に向けて、その方向を見ると――

 最初、それがなんであるのか理解できなかった。赤っぽい塊に、白い布みたいなものが巻き付いているように見えた。だが目をこらしているうちに、段々はっきりと見えてくる。

 ――死体だ。祭壇が置かれた、一段高くなったところにそれは横になっていた。血塗れでわかりづらいが、アレは人の形をしている。その上、大きな包帯のような布が、死体に幾重にも巻きつけられていた。

 いや……それだけじゃない。死体の周囲に散乱している、あの赤黒い塊は……!

「殺害した後、腹を裂くとはな。腸(はらわた)をあんなに散らかして、よほど恨みが強かったのか……」

 神楽は淡々と口にする。そうだ、あれは内臓……元々はあの身体に収まっていたはずのものだ。この異常な臭気はそのためか……。血と消化液、その他諸々が混ざり合った最悪の臭いだった。

 その光景の凄惨さと、臭いのせいでまた気を失いそうになる。気を失う……?

 ……そうだ。俺はどうして気を失ってなんか……。

「――礼拝堂の出入り口は扉一つ。その扉には、鍵がかかっていた」

 神楽はまるで、歌うかのように言葉を紡ぎ始めた。

「鍵をかける方法は、二つだけ。管理人が所有している鍵を使うか、内側から錠を閉じるかのどちらかだ」

 祭壇とは逆方向を見ると、礼拝堂の扉が見える。木製の観音扉だ。今は片側が開いていて、そこから恐る恐るといった具合にこちらを覗き込んでいる人の姿が見える。

「修道院の本館がここのすぐ隣りに立っている。そこの入り口を担当していた二人の警備員は、礼拝堂に入っていく被害者の姿を見ていた。そして、礼拝堂から出ていく君の姿を『見ていない』。私が礼拝堂を出てからも、君は一人でずっとここにいたわけだ。そして被害者が入ってきた」

 神楽の笑みが、段々と冷酷さを増していく。

「元より人の出入りは少ない――いや、殆ど無い礼拝堂だ。警備員たちの証言から、被害者が礼拝堂に入っている間、一緒にいたのは君だけだということがわかった。この現場には君以外に隠れている者もいない。さて、ここから導き出される結論とは? 足し算より簡単な問題だ。そう、つまり――」

 馬鹿な……そんなわけがない。あんなことをするわけが……!

 神楽は冬吾の胸ぐらを勢い良く掴み上げ、そして、吐き捨てるように言った。

「――アレを殺したのは君だ」
「ち……違う! 俺は殺してなんか……!」
「まだ忘れたふりをするのか? いいだろう、ならば思い出させてやる」

 神楽は冬吾の胸ぐらを掴んだまま引っ張って、死体に向かって歩き出した。もたついた足取りでなんとかそれに付いていく。

「――さぁ、近くでよく見ろ。君が殺した男の顔だ」

 神楽に押さえつけられ、数十センチという距離で死体の顔を見てしまう。大柄な男の死体だろうとは思っていたが、遠くからでは顔まではよく見えなかった。だからこそ、この距離で見て、冬吾は目眩がするほどの衝撃を受けた。その死のおぞましさからではない。

「そ、んな……なんで……!?」

 その死体は、名護修一のものだったのだ。


【case8へ続く】
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