黄昏のグリマー

ビバリー・コーエン

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2章

第5話 罪過の子の転機

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 私がマギエール様より、王家の赤子を託されてから14年の月日が流れた……。

 モニユニ貝に導かれて辿り着いた砦は、打ち捨てられて千年が経過しているだろうというのに、予想していたほど朽ち果ててはいなかった。
 むしろ、つい先日まで使用されていたかのような生気すらを、私は感じたほどである。
 砦に住み着いてからの14年間、近隣の集落であるマラブの村の者がここを発見して訪れるようなことが無かったことを考えれば、もしかすると、この砦には何らかの魔法なり、呪が掛けられているのかもしれない。
 そう考えれば砦がその息吹を止めていなかったことも納得がいく。

 罪過の子の養育に関する思い出話は、とりあえず今は省かせて頂こう。
 それに関する手段はある程度整えられていたとはいえ、そこは育児の経験など無い私である。
 今までの苦労の類は、どうかお察しして頂きたい……。

「お帰りなさい! お父さん♪」
 砦の扉を開けると、どうやら掃除をしていたらしいアーシェが駆け寄ってくる。
 ああ、そうなのだ。
 今の私は、彼女に『父』として認識されている。
 ゆえに私も彼女に対して謙(へりくだ)るような態度は、自ずと取らなくなっていったのである。
 無論、最初からそうだったわけではないのだ。
 私は既に死んだことになっているはずだから、ガルミアの名を『ハント・レオーネ』と改めており、アーシェに言葉を教える過程でも、自分のことも<<お前の守護者>>なのだ、と説明してきた。
 であるから、最初の頃、アーシェは私のことを<<ハントさん>>と呼んでくれていたのだが、どこで知恵を付けたのか、いつしかアーシェは、私を父と呼ぶようになっていたのだ。
 いや違うな……犯人は分かっているのだ。
 その元凶は『書物』である。

 この砦には、沢山の蔵書が納められていた。
 それは、古今東西の物語であったり、兵法書や魔法書など多岐に渡っていて、まるで小都市の図書館ほどの規模を誇っていたのだ。
 読み書きを覚えたアーシェは、それらの書物を読み漁り、やがて私のような存在は父呼ぶのが自然だと考えたようで、私の抵抗虚しく、なし崩し的にその呼称が定着したのである。

「ああ、ただいまアーシェ」
「お父さん、獲物は取れた?」
「ああ、見ろ! この通りだ!」
 捕らえた『ペルペル鳥』を掲げると、アーシェが嬉しそうに顔を綻ばせる。
 この、やけに美味い鳥の名も、砦の書物で知り得た情報の一つであった
「やたっ! 今日はご馳走ね♪」
「そうだな。そっちは何か変わったことは無かったか?」
「またそれ? 心配しなくてもなにもないわ。だって、ここには誰も来ないのだもの……」
 それでも私は、守護者としての自分を忘れないためにも、毎回のようにその質問をアーシェに投げかけるのだ。

 アーシェと夕食を楽しんだ後、私は剣の稽古のために砦の外に出ていた。
 私の本分は、あくまで騎士であり守護者なのだから、剣の腕は常に磨かなければならない……いや、正直なところをいえば、こうでもしないと、ただの<<娘を溺愛する父>>になってしまいそうな恐れから生まれた習慣、というのが本当のところだったりする。
 アーシェはアーシェで、夕食後の時間は、いつしかハマりだした魔法の修行に勤しんでいるようであった。
 身を守る術になるのだから、魔法の修行を禁じはしなかったが、その習得速度を見るに、私は些か不安を感じていた。

 ――さすがは白き罪過の子、魔力の強大さは殆ど『異常者』だ……

 私は魔法が不得手なので、それについてはアーシェに何一つ教えていないというのに、彼女は魔法書を読むだけで、その全てを吸収してしまうようで、<<身を守る術>>というにはあまりに過分すぎる力を、既に彼女は備えてしまっている。
 恐らくアーシェは、私がおらずとも一人で行きていける『力』身に着けていることだろう。
 だが、本当のところはどうなのだろう?
 身を護る力だけで人は生きていけるのだろうか?
 少なくともこの孤独な砦での14年間、私は幾度となくアーシェに助けられてきた。
 もし一人であったとするのならば、私は既に発狂し、その人生を自ら放棄しまっていたかもしれない。

 そんなことを考えながら、私もまた『力』を伸ばすために剣を振るっていると、アーシェが砦から飛び出して来るのが見えた
「一体どうした、アーシェ?」
 アーシェは、駆けてきたゆえに息を乱しながら、そして何故か顔を青くして私に叫んだ
「お父さん! 何かが来るよっ!!」

 ***

 アーシェが砦に近づく『何か』を察知した1ヶ月ほど前のことである。
 ウラノス山に穿たれた穴の中で出会ったドワーフの将軍『リース・アーズメン』と別れたマラブの村の少年カドー他、プルタンの森調査隊一行は、村の集会所に戻り、調査結果の報告を行っていた。


「よくぞ戻ったな我が息子エルバよ!」
 エルバの父であるヴォラン村長が、嬉しそうに息子(エルバ)の肩を叩いては、その労をねぎらう
「なんもだぁ。カドーが一緒だったんだからよぉ、オレはなんも苦労さしてねぇべ」
 エルバが僕を見てニカッと笑った。
 あんまり、こういう場所で僕を持ち上げて欲しくないんだけどなぁ……
「なるほど! さすがだな、カドーよ」
 ヴォラン村長もそう言ってくれたけれど、今回の調査はエルバは勿論、狩人の師弟コンビや、幼馴染のピノがいてくれたからこそ、この結果を得られたんだと僕は思っている。
 僕はそれを村長に説明し、皆のことも労って欲しいと、それとなくお願いした。
 まぁ、狩人コンビなんかは特に、誉められるのがくすぐったいらしくて、村長の賛辞を邪険にするに終わったんだけどね。

「それで……。何か材料は見つかったのかのぉ?」
 長老がモゴモゴと僕らに問いかけた。
 そう、そもそも僕ら『プルタンの森調査隊』は、魔物らしき存在がこの森に現れたことをきっかけにして、それが確かに魔物であることを示す『材料』を探す目的で派遣されていたのだった。
 そしてその材料を証に、イリスの女王陛下やヴァイハルトの皇帝陛下に庇護を訴えるために……。

「はい、見つけました。材料というにはちょっと大変なものなのですが……」
 僕は集会場に集まった村の主だった者たちに、ドワーフの女将軍と会ったこと、ドワーフ族が魔族と結んで近いうちに人間の領地に進軍してくるということを報告した
「な、なんじゃと!? ドワーフだとぉ!!」
 そりゃぁ驚くよね。
 人間以外の種族なんて、誰も会ったことは無いだろうし、普通に物語だけの存在だと思っているのが当たり前なんだし
「しかも魔族と手を取り合ったと……?」
 ええ、そうなんですよ。
 ドワーフ族と魔族は手を結んだそうです
「さ、さらには、こちらに攻めてくるじゃとぉーーー!」
 ドワーフの将軍が自らが宣言したのだから、これも多分間違いないんだよね。
 ざわざわと、集会場がどよめいているけれど、皆の顔には危機のレベルに相応しい焦りの表情は見られなかった。
 どこか他人事のように驚いているように、僕には見えた。
 そりゃそうだよね。
 突拍子もなくて、さすがに現実感がないんだと思う。
 ……正直、僕だってそうだ。

「静まれっ! ともかくだ……」
 ヴォラン村長の大喝で、場が一気に静寂を取り戻す
「ともかく、ここは……カドーの意見を聞いてみようではないか?」
 例のごとく、皆の視線が僕に集中する。
 このパターンは想定内だとはいえ、僕は返す言葉に詰まった。

 しつこいようだけど、<<聖女マリーアの先祖返り>>である僕には<<先見の明>>という特殊な力がある。
 これは、ある程度未来を予測する力なのだけれど、僕や僕の家族以外には隠されている力でもあるのだ。
 バレたら、僕が罪過の子であることが露見することになりかねないしね。
 だから、なんの根拠もない未来予想を村の人達に話すことは出来ない。
 出来ないけれど、僕の中に次のような予見があった。

 1.ドワーフ族と魔族は、1週間もすれば『軍』としてプルタンの森に足を踏み入れるだろう
 2.そこにはヴァイハルト皇国の要人が参加することになる
 3.マラブの村が壊滅するような凶事にはならない
 他にも、
 4.僕の人生の転機となる
 というものだった。

 だけれど、さっきも言ったように、これをここで全て話すわけにはいかない。
 でも、少なくとも今この場でやらなくてはならないことは、ヴァイハルト皇国の要人を呼び寄せるために、なんらかの理由を作ることなのだと僕は思い、それを成すためにこの場をコントロールすることに意を注ぐことにした。

「えっと、ですね……」
 僕の発言で、集会場の緊張がまた一段と張りつめたものとなった
「荒唐無稽なことに聞こえるかもしれませんが、先程の報告は事実なのです。ことは急を要します」
 皆が神妙に頷く
「とはいえ、です。これをそのままイリスの王城や、ましてヴァイハルト皇帝陛下に奏上したとしても、笑ってあしらわれるのがオチですよね」
「まぁ、たしかに……な」
 ヴォラン村長が大仰に頷いた
「ですがどうでしょうか? アルミラージの死体をその奏上に添えては? 例えば女王陛下への奏上にアルミラージを添えて、今回の件をお伝えすれば、おそらく王城の学者の方々が、これを魔物だと証明してくれる……と思うのです。そうすれば奏上の内容にも説得力が生まれます。今回の件の奏上だけではダメ。アルミラージだけではダメ。だけれど、その2つをセットにすれば、きっと話を聞いてくださるはずです」
「なるほど……」
「そして、この奏上を受けた女王は、ことの大きさからいって、まず間違いなくヴァイハルト皇国へ相談なされるはずです!」
「では、お前がイリスの王城へ行ってくれるのだな?」
 ヴォラン村長が当然のように言った。
 さすがにちょっと待て! だ。
 村長はアンタだろうに……こういう時こそ一肌脱いで下さいよ!
「いえ、ここは村長が行かれるべきかと思います。僕みたいな若造が出向いても、誰にも相手にされませんから」
「う、む……。そうか……そうだな」
 村長は渋々ながら了承した
「どんなに急いでも、村長が女王陛下に奏上し、イリス、もしくはヴァイハルトが到着するまでには1ヶ月ほどの時間が掛かるはずです。僕はそれまでの間、なんとかドワーフ魔族連合軍を食い止めようと思います」
「ふぅむ。ゲリラ戦……じゃな?」
 珍しく、ドロ爺が発言してニヤリと笑った
「です!」
 僕が力強く頷くと、エルバが勢い良く立ち上がる
「いよっし! カドーを大将にして、村はオレたちが守るんだべ! みんな、気張っていくぞぉ!!」
「おぉ!!!」
 エルバの発破に、皆が立ち上がり気勢を上げる……!
 僕が大将ってのには一言物申したいけれど、場の雰囲気的に断るのは無粋だよなぁ。

 こうして、僕たちマラブの村の有志による<<対ドワーフ魔族連合軍のゲリラ戦線>>が、プルタンの森に敷かることになったのだ。
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