『カールロット公爵令嬢は魔女である』~冤罪で追放されたので、本当に災厄の魔女になることにした~

あだち

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一、カールロット公爵令嬢は魔女である、ことにされた

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 夏だというのに森は肌寒く、昼だというのに薄暗かった。すっかり汚れたドレスの袖から覗く腕を両手で擦っても、大して暖かくはならない。

 家に一度帰ることも許されず、私はまっすぐ森の中においてけぼりにされた。非公開審理の顛末を知らないらしい官吏兼御者は同情するような顔で一礼してくれたが、馬車に乗り込むとあっという間に元来た道を戻っていった。
 どんどん小さくなる車輪と箱を見つめ、あれを追いかければ出られるだろうかとしばらく轍に沿って歩いてみたが、進む先から突然、馬のいななきと何かが壊れる大きな物音が聞こえた。何が起きたか想像するのは容易くて、それ以上は足が進まなかった。手先どころか足先までもが冷たくなったのは、寒さのせいだけではない。

 結局その場から今も動けず、どこかでカラスが鳴くたび、木々の枝葉がざわめくたび、私は身を固くした。

「……た、確か、火は獣除けになるのよね」

 しかし、集めた枝を前にして途方に暮れた。長い旅路の途中ルーペで火をつけたという探検家の記録を読んだときは感心したものだが、そんなもの、遠ざかる国王の口の動きまで視認した十八歳の娘が、日々持ち歩いているはずがなかった。私の目がもっと悪ければよかったのに。

 私は自分がむなしかった。あんなに本を読んだのに、いざってときは何もできない。宮廷で貴族対抗火起こし競争でも催してくれれば、毎晩焚き火を起こす練習をしたのに。
 レダリカ・カールロットは、王太子の妻として必要なことは、なんだって学んでいたはずだったのに。

「……何が魔女よ」

 ポットから注がれる紅茶のように、やるせなさが胸を満たしていき、やがて愚痴となって溢れた。

「火の一つだって起こせないわたしに、ヴァンフリート様を呪えるわけないじゃない……」

 鬱蒼と繁る木々の狭間で、私は吐き出した。カラスの羽音を聞かなくて済むよう、さらに続けた。

「そもそも、魔女なんてほとんどいないはずでしょっ。どう考えても罠なのに、なんで殿下も誰も彼も私を罪人だと決めつけるの、お父様も、ルゼもっ……」

 そこで妹の存在が頭をよぎった。
 改めて考えると、あの冷酷な殿下に天真爛漫なルゼが掛け合っただなんて、想像するだに恐ろしかった。命だけは助けると約束されて、彼女はあの大きな目に涙をためてお礼を言ったに違いない。

 不勉強な子だったが、姉は生きてさえいれば追放先から歩いて戻ってこられるとでも思っているのだろうか。日没の森は人里から離れているし、獰猛な獣が野放しだから旅人も寄り付かないのだが。無期追放というのはほとんどの場合生涯追放ということで、期限は無いからいつでも戻ってきていいというわけではないのだが。
 骸がここで風化したら、ルゼは姉の墓参りにも来られないのだが。

「……」

『ええっ、そうなのお姉様っ! でも頑張ったらきっとどうにかなるんじゃないかしら? なんたって、お姉様は王妃様になるべく育てられた真の公爵令嬢だもの!』

 気がつくと、私は額を押さえてため息を吐いていた。
 何かにつけて楽天的な見方をする妹は、私から忠告を受ける度に目を大きくして驚いては、その目をそのまま細めて笑って、そう締め括った。かわいい笑顔だった。

「ルゼ……」

 もともとカールロット公爵位は王太子妃となっても私が引き継ぎ、次の王太子か、臣下へと下る子どもに引き継がれるはずだった。
 自分がいなくなったら、彼女がその爵位を継ぐのだ。王家の側近として、伴侶も慎重に選ばなければならない。
 歌と踊りが特技のルゼ・カールロット。自分と違って愛嬌があって見目も華やか。だがそれだけで、権謀術数飛び交う宮廷を、果たして生き延びれるだろうか。
 答えはすぐに出た。

「……どうにかして、帰らなきゃ」

 無茶だの無理だの言ってられない。私の帰りをルゼが待っているし、何よりルゼには私の帰りが必要だ。冤罪だとわかればヴァンフリート様だってこの追放を後悔なさるだろうし、昨日の朝別れたきりのお父様は今頃頭を抱えているだろう。もしかしたら泣いているかもしれない。お母様の葬式でも眉ひとつ動かさなかった人だけれど、まあ、もしかしたら、万が一でも。

 自分が宮廷の権謀術数に敗れたこともいったん棚に上げて、私は立ち上がるともう一度轍に沿って歩き始めた。途中で獣の食事の跡に行きついてしまうかもしれないのは心底嫌だったが、うずくまっていたらここにそれができるだけだ。歩きにくい靴だが、豆が潰れ靴擦れができた足でダンスの練習を続けた日々を思い出せば、まだ大丈夫だと言えた。

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