『カールロット公爵令嬢は魔女である』~冤罪で追放されたので、本当に災厄の魔女になることにした~

あだち

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一、カールロット公爵令嬢は魔女である、ことにされた

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 *

 気がつくと、王宮の庭園にいて、ああ、これは夢だわとぼんやり感じ取った。

 周囲は美しく刈り揃えられた生け垣に囲まれていて、そばには使われなくなったらしい古い礼拝堂がある。美しい噴水や花壇があるメインの広場とは異なる、静かで、あまり人の通らない場所。

 目の前には十歳ほどの少年が立っていた。緑の目が印象的な、驚くほど美しい顔立ちに、品のある銀色の髪。身なりはいつもシンプルで、多分旧礼拝堂の関係者だったのだろう。

 いつも。

 そう、私が王宮にいき、旧礼拝堂に向かうと、必ず彼と会うことができた。挨拶だけのとても短い時間だったり、何時間でも遊べたりと、時間はまちまちだったけど。

 大事な友達がいた、ということは覚えていたのに、なんで詳細を今まで忘れていたのだろう。

「イルさま、あの、あのですね」

 今では考えられないくらいたどたどしい話し方の私は、少年の背後のばらの生け垣よりも小さい。
 少年は優しく笑いながらかがんでくれた。

「わたしのおうち、明日、いもうとが来るんです。明日は三人で遊べますね」

 お母様に聞かれると怒られてしまう"いもうと"の話を耳打ちする。そうか、これは十一年前、私が七歳で、ルゼが現れる直前か。

 しかし、年上の友人は『そうだね』とは言ってくれなかった。私はようやく、彼の様子がおかしいと気がついた。近くに寄って、その目をじっと覗きこむ。

「どうかしたのですか?」
「……ごめんねレダリカ。僕、これからちょっと遠くに行かなきゃいけないみたいで」

 私は自分のわがままを恥じた。相手の都合もわきまえず、自分の希望ばかりを押し付ける幼さに、きっと彼は困ってしまったのだと思って。

「……では、お帰りをお待ちしていますね」

 お父様が仕事に出るとき、家の使用人が使う言葉。口にするのは初めてだった。
 本当は少し残念だったが、出掛ける人間を引き留めてはいけないことは知っていた。父の足にすがり付くと、乳母が引き離してきたから。
 
 少年が口を開ける。なんだろう、と思ったそのとき、植え込みの裏から別の少年の呼ぶ声がして、私の目がそちらに向いた。

「レダリカ、ひとりで何をしているの?」

 幼いころのヴァンフリート様だ。
 彼が王立学院に入るまでは、王宮に高位貴族の子女が集められて遊んでいたことが度々あった。いつも誰も私のことなんて気にしないのに、この時だけ彼が私を探しに来た。
 不敬だなんて考えも及ばず、七歳の私は年上の友人の方に顔を戻す。でも彼は、もう庭のどこにもいなかった。 


 このあと、公爵家はルゼを迎えて、私は勉強漬けになった。
 以来、旧礼拝堂の近くで彼と会ったことはない。



 徐々に闇が散っていく。頭がクリアになっていくと共に、夢が遠くなっていくのを感じる。

 ――生きてる。良かった。本当に。
 見知らぬ天涯の内側を見つめてから、ゆっくり息を吐く。いったい誰が助けてくれたのだろうと、私は周囲の様子を窺った。天涯から垂れる薄絹が四方を覆っているが、部屋の様子は透けて見える。

 そこそこ広い部屋の中には、日の光とは異なる明かりが灯されていて、青い壁に鋲で何枚もの紙が打ち付けられているのが見えた。刺繍の施されたカーテンが縁取る窓の外は真っ暗な夜。塔のような建物が浮かぶようにそびえているのが闇夜にもわかった。

 しまった、帰る気でいたのに、もう日がくれてずいぶん経っていそうだ。

 わずかに焦りが生まれつつも、疲れきっているのかからだが起き上がらない。視線だけを動かしていくと、シンプルなキャビネットや、ぎっしり本のつまった書棚、雑多に散らかった机などが確認できた。

「フラウリッツってば、王都のことならデライラに聞けばいいじゃないか。あの貴族女のために、わざわざ気分屋の鏡なんて使わなくても」

 人の声がした。若い女性だ。
 私は身をこわばらせたあと、ゆっくり首を巡らせた。聞き耳をたてるのは悪趣味だが、喉が渇いていて声が出そうにないし、はたしてどんな人間に助けられたのかと心の準備もしておきたかった。
 ……政敵じゃないといいけど。
 
 見ると、窓とは別方向のすみに、男女二人がこちらに背を向けて壁に向かっていた。フラウリッツと呼ばれた男性はするりと背が高く、この国ではたまに目にする銀色の髪だ。白いシャツに濃紺のトラウザーズとシンプルな装いで、どこの家のものかはまるでわからない。……手足が長いのはわかる。

 女性はストロベリーブロンドというのだろうか、薄桃に色付いた金髪を背中に波打たせて、体の線に沿った細身のドレスをまとっている。そのなまめかしさに思わずどきまぎしてしまった。

 二人が顔を向ける壁には、どうやら鏡が掛かっているらしい。顔が見えるだろうかと、薄絹越しに目を凝らす。

「そもそも服が汚れてるからって、なんだって城に連れて帰ろうってことになるんだい。一般人が魔法使いや魔女をどう扱うか、あんた身をもって知ってるじゃないか」

 女性の声に私は息をのんだ。魔法使い。魔女。
 男の答える声に、さらに身を固くした。

「そうは言っても、彼女をもし今までの人間と同じように森の外に放り出したら、人里につくまえに死んじゃうだろ。旅の足も荷物も、何も持ってないんだから」

 喋るカラスと同じ声だった。

「怪しいな、あんたがそんなことまで気にしてやる男かい」
「静かにしてよロザロニア、聞こえないだろ。……あ、ヴァンフリートだ。確かに似てんな」

 ヴァンフリート様?

 私は息をひそめたまま、薄絹をそっと除けて二人の方を凝視した。鏡の前にいるが、肖像画でも眺めているのだろうか。
 やっぱり目がよくて良かったと思いながら、鏡に映らないよう、なるべく細い隙間から彼らの様子を覗き見て。

 そして自分の目を疑った。

 彼らは肖像画なんて持っていなかった。目の前の鏡を見つめていた。
 その鏡に、本来ならこの部屋の中を映すはずのそれに、ワイングラスを傾けるヴァンフリート様の姿が映し出されていたのだ。
 
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