13 / 68
二、カールロット公爵令嬢は魔女になる、ことにした
13
しおりを挟む
*
本当に外で行われた講義の後、私は部屋に戻り、数日前から取り掛かっている魔導書の写本作業を再開した。
この城に一つきりの正本は、フラウリッツが彼自身の師から受けついだ彼の持ち物だそうで、借りっぱなしにはできない。すごく分厚い本で、早朝から深夜まで作業しても栞の位置がほとんど変わっていない。
早く魔女になりたい。そのために、さっさとこれを書き写さなければ。大丈夫、徹夜は慣れてる。
私に与えられた二階の部屋は、さっきまで自分たちがいた場所を悠々と見下ろせた。正面門から城の入り口までを繋ぐ、石畳の一本道。その横に広がる、森の木々が作る陰から逃れて育った芝生。
手入れされた花壇というものはなく、百合やマリーゴールドなどが所々に群れを成して咲いている。バラの木もかたまっていた。主の気まぐれそのもののような花の塊に、もっと配置を考えればいいのにと思った。
何せ、ここにはひっきりなしに客が来るのだから。ちゃんと手入れするには人手がいるが、魔法を使えば王宮のように――
「……これは貴族の女の考え方ね」
魔法使いの弟子には、もう関係ない。
白けた気持ちで庭を見ていると、森から正面の門の上空を通って、一羽の白いフクロウが滑空してきた。私は魔導書に栞紐をはさんで椅子から立つ。ほら、来客も、別に庭なんか見ちゃいない。
*
「はあーい、フラウリッツ! お望みのもの、もってきたわよーん……って、まだいたのねカールロットの小娘」
扉の外には、栗色の髪をサイドで三つ編みにした魔女が、大きな紙袋と麻袋を抱えて立っていた。はちきれそうな紙袋からはバケットが二本はみ出していて、麻袋は端から見ても分かるくらい、拳大の球状のものがぎっしり詰まっている。
「ええ、おかげさまでね、ダリエル。明日も、きっと明後日も私はここにいるわよ。フラウリッツの弟子なんですから」
「まったく。いっくら超一流の魔法使いとはいえ、あいつも物好きね。こんなに次々弟子を取るなんて。それも、よりによってカールロットの娘を」
紫の瞼にオレンジの口紅を合わせた魔女ダリエルは、笑顔から一転して渋い表情になっていた。
ストレートな憎まれ口にすまし顔で対応した私は注文した品を順々に受け取ると、言われた通り乾いた花瓶の底から銅貨を五枚拾って渡した。魔女は軽々と小脇に抱えていたが、麻袋は私の片手では持っていられなかった。
「あら、魔女はみんな後天的に魔女になるから、“どの家に生まれたか”で差別はしないって、超一流の師匠から聞いたのだけど?」
「ふん、よく聞きなさい、この減らず口。お前の父親がこの城の主に何かしたら最後、国中の魔女や魔法使いが結集して、傲慢な“魔女狩り公爵”の首をかっきりにいくからね」
「まあ、それは困るわね。父への報復は私の生きる目的なのに」
食べ物を売る魔女は私の返しに眉をはねあげたが、むっとするように口を閉じたあと、「……ま、これおまけするわ。新たな娘を養う城主のためにね」と、何もないはずの空中から瑞々しい桃をぽんぽん、ぽぽんと出現させて私が抱える紙袋の中に勝手に入れて、来たときと同じフクロウに変身して去っていった。
桃は大きく、食べごろだ。私の手のひらから溢れるほど大ぶりな桃が四つもあっては、あの細身の城主ひとりでは食べきれないだろう。
……少し、生意気すぎただろうか。
「……あら」
顔を上げると、庭の中を狐が横切っているのが見えた。
どこから入ったのだろうと眺めていると、狐は見られていることに気がついたように足を止めた。
途端、その足元から風が巻き起こり、次の瞬間、そこには首もとに黄金色のスカーフを巻き付けた中年の女が立っていた。
狐に化ける魔女と会うのは初めてだった。
「おやまぁ、少し見ないうちにずいぶん痩せましたね、ロザロニア」
「……残念ながら、姉弟子は不在です。初めまして狐のご婦人。私はフラウリッツの新弟子、カールロット公爵の長女レダリカと申します」
「っ、カールロットですってぇ!?」
優雅に微笑んで歩いてきた狐の魔女が立ち止まってのけぞる。驚きはやがて嫌悪か侮蔑に変わるだろう。……ほらね。
この城に来て、十日ほど。
わかったのは、毎日のようにやってくる来客はみんなフラウリッツの同胞で、かつほとんど女ということ。
というのも、一般の世間からは隔絶された魔女や魔法使いは、仲間同士の繋がりをすごく大切にする上に、男の魔法使いは数が絶対的に少ないらしい。結果、毎日のように誰かしら、女性がフラウリッツに会いに来ることになる。
そして、王国ではひれ伏さない者の方が少ないわが生家。どうやらこの界隈では禁忌の名前である模様。
本当に外で行われた講義の後、私は部屋に戻り、数日前から取り掛かっている魔導書の写本作業を再開した。
この城に一つきりの正本は、フラウリッツが彼自身の師から受けついだ彼の持ち物だそうで、借りっぱなしにはできない。すごく分厚い本で、早朝から深夜まで作業しても栞の位置がほとんど変わっていない。
早く魔女になりたい。そのために、さっさとこれを書き写さなければ。大丈夫、徹夜は慣れてる。
私に与えられた二階の部屋は、さっきまで自分たちがいた場所を悠々と見下ろせた。正面門から城の入り口までを繋ぐ、石畳の一本道。その横に広がる、森の木々が作る陰から逃れて育った芝生。
手入れされた花壇というものはなく、百合やマリーゴールドなどが所々に群れを成して咲いている。バラの木もかたまっていた。主の気まぐれそのもののような花の塊に、もっと配置を考えればいいのにと思った。
何せ、ここにはひっきりなしに客が来るのだから。ちゃんと手入れするには人手がいるが、魔法を使えば王宮のように――
「……これは貴族の女の考え方ね」
魔法使いの弟子には、もう関係ない。
白けた気持ちで庭を見ていると、森から正面の門の上空を通って、一羽の白いフクロウが滑空してきた。私は魔導書に栞紐をはさんで椅子から立つ。ほら、来客も、別に庭なんか見ちゃいない。
*
「はあーい、フラウリッツ! お望みのもの、もってきたわよーん……って、まだいたのねカールロットの小娘」
扉の外には、栗色の髪をサイドで三つ編みにした魔女が、大きな紙袋と麻袋を抱えて立っていた。はちきれそうな紙袋からはバケットが二本はみ出していて、麻袋は端から見ても分かるくらい、拳大の球状のものがぎっしり詰まっている。
「ええ、おかげさまでね、ダリエル。明日も、きっと明後日も私はここにいるわよ。フラウリッツの弟子なんですから」
「まったく。いっくら超一流の魔法使いとはいえ、あいつも物好きね。こんなに次々弟子を取るなんて。それも、よりによってカールロットの娘を」
紫の瞼にオレンジの口紅を合わせた魔女ダリエルは、笑顔から一転して渋い表情になっていた。
ストレートな憎まれ口にすまし顔で対応した私は注文した品を順々に受け取ると、言われた通り乾いた花瓶の底から銅貨を五枚拾って渡した。魔女は軽々と小脇に抱えていたが、麻袋は私の片手では持っていられなかった。
「あら、魔女はみんな後天的に魔女になるから、“どの家に生まれたか”で差別はしないって、超一流の師匠から聞いたのだけど?」
「ふん、よく聞きなさい、この減らず口。お前の父親がこの城の主に何かしたら最後、国中の魔女や魔法使いが結集して、傲慢な“魔女狩り公爵”の首をかっきりにいくからね」
「まあ、それは困るわね。父への報復は私の生きる目的なのに」
食べ物を売る魔女は私の返しに眉をはねあげたが、むっとするように口を閉じたあと、「……ま、これおまけするわ。新たな娘を養う城主のためにね」と、何もないはずの空中から瑞々しい桃をぽんぽん、ぽぽんと出現させて私が抱える紙袋の中に勝手に入れて、来たときと同じフクロウに変身して去っていった。
桃は大きく、食べごろだ。私の手のひらから溢れるほど大ぶりな桃が四つもあっては、あの細身の城主ひとりでは食べきれないだろう。
……少し、生意気すぎただろうか。
「……あら」
顔を上げると、庭の中を狐が横切っているのが見えた。
どこから入ったのだろうと眺めていると、狐は見られていることに気がついたように足を止めた。
途端、その足元から風が巻き起こり、次の瞬間、そこには首もとに黄金色のスカーフを巻き付けた中年の女が立っていた。
狐に化ける魔女と会うのは初めてだった。
「おやまぁ、少し見ないうちにずいぶん痩せましたね、ロザロニア」
「……残念ながら、姉弟子は不在です。初めまして狐のご婦人。私はフラウリッツの新弟子、カールロット公爵の長女レダリカと申します」
「っ、カールロットですってぇ!?」
優雅に微笑んで歩いてきた狐の魔女が立ち止まってのけぞる。驚きはやがて嫌悪か侮蔑に変わるだろう。……ほらね。
この城に来て、十日ほど。
わかったのは、毎日のようにやってくる来客はみんなフラウリッツの同胞で、かつほとんど女ということ。
というのも、一般の世間からは隔絶された魔女や魔法使いは、仲間同士の繋がりをすごく大切にする上に、男の魔法使いは数が絶対的に少ないらしい。結果、毎日のように誰かしら、女性がフラウリッツに会いに来ることになる。
そして、王国ではひれ伏さない者の方が少ないわが生家。どうやらこの界隈では禁忌の名前である模様。
13
あなたにおすすめの小説
乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!
ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。
相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。
結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。
現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう…
その時に前世の記憶を取り戻すのだった…
「悪役令嬢の兄の婚約者って…」
なんとも微妙なポジション。
しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。
前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。
外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。
もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。
そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは…
どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。
カクヨムでも同時連載してます。
よろしくお願いします。
二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました
三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。
優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。
優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。
そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。
絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。
そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
悪役令息(冤罪)が婿に来た
花車莉咲
恋愛
前世の記憶を持つイヴァ・クレマー
結婚等そっちのけで仕事に明け暮れていると久しぶりに参加した王家主催のパーティーで王女が婚約破棄!?
王女が婚約破棄した相手は公爵令息?
王女と親しくしていた神の祝福を受けた平民に嫌がらせをした?
あれ?もしかして恋愛ゲームの悪役令嬢じゃなくて悪役令息って事!?しかも公爵家の元嫡男って…。
その時改めて婚約破棄されたヒューゴ・ガンダー令息を見た。
彼の顔を見た瞬間強い既視感を感じて前世の記憶を掘り起こし彼の事を思い出す。
そうオタク友達が話していた恋愛小説のキャラクターだった事を。
彼が嫌がらせしたなんて事実はないという事を。
その数日後王家から正式な手紙がくる。
ヒューゴ・ガンダー令息と婚約するようにと「こうなったらヒューゴ様は私が幸せする!!」
イヴァは彼を幸せにする為に奮闘する。
「君は…どうしてそこまでしてくれるんだ?」「貴方に幸せになってほしいからですわ!」
心に傷を負い悪役令息にされた男とそんな彼を幸せにしたい元オタク令嬢によるラブコメディ!
※ざまぁ要素はあると思います。
※何もかもファンタジーな世界観なのでふわっとしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる