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二、カールロット公爵令嬢は魔女になる、ことにした
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魔女になるのは、目的ではなく手段である。私はここで他の魔女たちと仲良しこよしする気などない。
とはいえ、目が合う度にしかめ面されるよりは、笑って、もしくはせめて普通の顔で手を振られる方がいい。
……というか、そうされたい。弱さを認めるようで悔しいけれど、それが嘘偽りない本音だ。
たとえこの生活が、復讐を果たすまでのものでしかないとしても。
なら、出自のせいで第一印象が最悪の私は、そのあとの行動で相手に考えを改めてもらえるよう努める必要がある。ダリエルほか一部の人が打ち解けてくれたのは、運が良かっただけだから。
「ねえレダリカさん。これからすぐそこの湖で白鳥の羽を集めるのだけど、よかったら手伝ってくれません?」
だから、会うのは二度目の魔女クラリスが、フラウリッツから呪具を買った帰りにそう頼んできたとき、私は二つ返事で承諾した。
そして、城の門から出て三十分後。
「ねえ、死にたくないですよね? フラウリッツさんの弱味、教えてくれたら痛いことはしませんから」
私は今、白鳥なんてどこにもいない森の湖を背に、短剣を向けてくるクラリスを前にと、立ち往生するはめになっている。
「ずいぶん飛躍した話ね、クラリス。なぜ弟子の私が、あの人の弱味を知ってると思うの」
緊張しつつも、努めて平静を保とうとする。そんな私の内心を嘲笑うように、赤毛の魔女は片頬を上げた。
「そうでもなきゃ、なんであんな若い方がまた弟子なんてとるんです。そんなの、腰の重くなった年寄りのすることなのに。素人なんて重荷だし、面倒だし、しかもカールロットなんて厄介そのものだし。それでも若い女の子をそばに置きたいなら、ロザロニアさんを一人立ちさせなきゃ良かっただけだし? これは弟子の方から押し掛けて、嫌がるあの人に渋々承諾させたんじゃないかなって」
「……」
なんてことだろう。明らかに相手は常軌を逸しているのに、“弟子の方から押し掛けて、渋々承諾させた”というのは合っている。
しかしそれを認めるわけにもいかない。弱味など知らないし、強いて言うなら“弟子にしてくれないなら殺して”と脅したわけだが、そんなことを素直に教えても信じないだろうし。
「クラリス、あなたの師匠もベテランのやり手魔女だったって聞いたけど、本当にもう一度フラウリッツに弟子入りしたいの?」
「師匠? ああ、やめてくださいあの貧相なおばーさんのことを思い出させるの。……弟子入りっていうか、フラウリッツさんは若いしきれいだし、生まれもすごいし。あの人とお近づきになりたいのは、あなただけじゃないんですよ」
そんな理由でお近づきになりたがってるのは、あなただけじゃないんですか。私は魔女になりたいと思ったときに、たまたまそばにいた魔法使いに飛び付いただけだ。我ながら行き当たりばったりだったが。
……でも、このクラリスという魔女の考え方には、覚えがある。呼び起こされた苦い記憶に唇を噛み締めた私だったが、それには興味がないのか、クラリスはハァ、とため息をついて自分語りを続けた。
「ただ、私ってどうも人の下につくのが向いてないみたいなんです。だからできれば、フラウリッツさんにも偉そうにしないでもらえるような切り札がほしいなーって、そう思って」
“そう思って、弟子入りしたばかりのレダリカさんを脅して彼の弱味を探ることにしたの”
みなまで言わずとも伝わるこの悪意のある微笑み。コテで巻かれた赤毛を空いた指先に巻き付けるしぐさ。
それらが憎い妹を想起させて、身勝手さへ湧く怒り以上に神経が逆撫でされた。
「……そうね。あなたには新しい師匠が、しかもあまり怒らない人が必要そう。よその師匠が描いた魔法陣を買うような腕前なんじゃ、先が思いやられるものね」
クラリスの細い眉毛がぴくりと動いた。短剣を出したカゴは、私にも見覚えのある魔法陣の羊皮紙を覗かせながら、彼女の腕にぶら下がっている。
「……こんな状況で、よくもそんなこと。愚かな人、自分の失言で早死にすればいいんです!」
屈辱に震えるクラリスが両手で短剣を握り直し、大股で踏み出してきた。右脇腹を狙ってくるその細い手首を掴み、右に半回転して狙いをそらしてやると、勢いを殺せない相手は「ぎゃっ!」と思いっきりつんのめる。
面食らった相手の凶器と腕を、すかさず自分の左腕と脇腹で挟んで固定すると、カゴから飛び出して宙に舞った羊皮紙の一枚を、右手でわし掴んだ。
この魔法陣は、知っている。
「ちょっ……」
「『魔女フラウリッツの弟子より、古き精霊へ送る。汝この血この声をたどってきたならば、いざこの願い聞き届けたまえ。我が魔力食らいたまえ。御身は我が敵を拘束するものなり』っ!」
一息で唱えきると、魔法陣から飛び出した太い鎖がじゃらっとクラリスの上半身に巻き付いた。護身用にと最近習った、拘束の魔法陣と呪文。
地面に倒れこんだクラリスがそのまま湖に落ちそうになったのを、鎖を掴んで湖畔に引きずる。口まで鎖で覆われた若い魔女は青い顔で芋虫のように転がり、こちらを見上げていた。
「……んっ! んうっ!」
「あら見苦しいわね魔女クラリス。せっかく素人を掴まえて偉ぶって苛めてやろうと思っていたのに、こんな返り討ちに遭うなんてね」
悪鬼のような形相で睨んでくるクラリスに嘆息した。手伝いの声をかけられたとき、本当に人手が必要なら喜んで引き受けようと思っていた。
けれど、期待以上に素早く芽吹いたのは警戒心だった。会って二度目の魔女クラリスに、私はまだなにもしていない。好感度が高い理由がない。
湖へと歩いているうちに、相手の笑顔の裏の悪意に確信を持った。
「悪いけど、カールロット家が魔女にばかりかまけていたのは昔の話。今はひたすら政治の椅子取りゲームに夢中で、王宮に送る娘に護身術を習わせたりしてるの」
あの家にいた頃習ったことは、ほとんど役に立たない。けれど、同じ年頃の非力な女性との一対一の争いなら、これで十分だ。衛兵や熊には敵わなくとも。
そう思って、クラリスを放置して城に戻ろうと湖に背を向けた。
けれどその瞬間、背後から大きな水しぶきが上がった音がして、私は思わず振り返った。
魔女になるのは、目的ではなく手段である。私はここで他の魔女たちと仲良しこよしする気などない。
とはいえ、目が合う度にしかめ面されるよりは、笑って、もしくはせめて普通の顔で手を振られる方がいい。
……というか、そうされたい。弱さを認めるようで悔しいけれど、それが嘘偽りない本音だ。
たとえこの生活が、復讐を果たすまでのものでしかないとしても。
なら、出自のせいで第一印象が最悪の私は、そのあとの行動で相手に考えを改めてもらえるよう努める必要がある。ダリエルほか一部の人が打ち解けてくれたのは、運が良かっただけだから。
「ねえレダリカさん。これからすぐそこの湖で白鳥の羽を集めるのだけど、よかったら手伝ってくれません?」
だから、会うのは二度目の魔女クラリスが、フラウリッツから呪具を買った帰りにそう頼んできたとき、私は二つ返事で承諾した。
そして、城の門から出て三十分後。
「ねえ、死にたくないですよね? フラウリッツさんの弱味、教えてくれたら痛いことはしませんから」
私は今、白鳥なんてどこにもいない森の湖を背に、短剣を向けてくるクラリスを前にと、立ち往生するはめになっている。
「ずいぶん飛躍した話ね、クラリス。なぜ弟子の私が、あの人の弱味を知ってると思うの」
緊張しつつも、努めて平静を保とうとする。そんな私の内心を嘲笑うように、赤毛の魔女は片頬を上げた。
「そうでもなきゃ、なんであんな若い方がまた弟子なんてとるんです。そんなの、腰の重くなった年寄りのすることなのに。素人なんて重荷だし、面倒だし、しかもカールロットなんて厄介そのものだし。それでも若い女の子をそばに置きたいなら、ロザロニアさんを一人立ちさせなきゃ良かっただけだし? これは弟子の方から押し掛けて、嫌がるあの人に渋々承諾させたんじゃないかなって」
「……」
なんてことだろう。明らかに相手は常軌を逸しているのに、“弟子の方から押し掛けて、渋々承諾させた”というのは合っている。
しかしそれを認めるわけにもいかない。弱味など知らないし、強いて言うなら“弟子にしてくれないなら殺して”と脅したわけだが、そんなことを素直に教えても信じないだろうし。
「クラリス、あなたの師匠もベテランのやり手魔女だったって聞いたけど、本当にもう一度フラウリッツに弟子入りしたいの?」
「師匠? ああ、やめてくださいあの貧相なおばーさんのことを思い出させるの。……弟子入りっていうか、フラウリッツさんは若いしきれいだし、生まれもすごいし。あの人とお近づきになりたいのは、あなただけじゃないんですよ」
そんな理由でお近づきになりたがってるのは、あなただけじゃないんですか。私は魔女になりたいと思ったときに、たまたまそばにいた魔法使いに飛び付いただけだ。我ながら行き当たりばったりだったが。
……でも、このクラリスという魔女の考え方には、覚えがある。呼び起こされた苦い記憶に唇を噛み締めた私だったが、それには興味がないのか、クラリスはハァ、とため息をついて自分語りを続けた。
「ただ、私ってどうも人の下につくのが向いてないみたいなんです。だからできれば、フラウリッツさんにも偉そうにしないでもらえるような切り札がほしいなーって、そう思って」
“そう思って、弟子入りしたばかりのレダリカさんを脅して彼の弱味を探ることにしたの”
みなまで言わずとも伝わるこの悪意のある微笑み。コテで巻かれた赤毛を空いた指先に巻き付けるしぐさ。
それらが憎い妹を想起させて、身勝手さへ湧く怒り以上に神経が逆撫でされた。
「……そうね。あなたには新しい師匠が、しかもあまり怒らない人が必要そう。よその師匠が描いた魔法陣を買うような腕前なんじゃ、先が思いやられるものね」
クラリスの細い眉毛がぴくりと動いた。短剣を出したカゴは、私にも見覚えのある魔法陣の羊皮紙を覗かせながら、彼女の腕にぶら下がっている。
「……こんな状況で、よくもそんなこと。愚かな人、自分の失言で早死にすればいいんです!」
屈辱に震えるクラリスが両手で短剣を握り直し、大股で踏み出してきた。右脇腹を狙ってくるその細い手首を掴み、右に半回転して狙いをそらしてやると、勢いを殺せない相手は「ぎゃっ!」と思いっきりつんのめる。
面食らった相手の凶器と腕を、すかさず自分の左腕と脇腹で挟んで固定すると、カゴから飛び出して宙に舞った羊皮紙の一枚を、右手でわし掴んだ。
この魔法陣は、知っている。
「ちょっ……」
「『魔女フラウリッツの弟子より、古き精霊へ送る。汝この血この声をたどってきたならば、いざこの願い聞き届けたまえ。我が魔力食らいたまえ。御身は我が敵を拘束するものなり』っ!」
一息で唱えきると、魔法陣から飛び出した太い鎖がじゃらっとクラリスの上半身に巻き付いた。護身用にと最近習った、拘束の魔法陣と呪文。
地面に倒れこんだクラリスがそのまま湖に落ちそうになったのを、鎖を掴んで湖畔に引きずる。口まで鎖で覆われた若い魔女は青い顔で芋虫のように転がり、こちらを見上げていた。
「……んっ! んうっ!」
「あら見苦しいわね魔女クラリス。せっかく素人を掴まえて偉ぶって苛めてやろうと思っていたのに、こんな返り討ちに遭うなんてね」
悪鬼のような形相で睨んでくるクラリスに嘆息した。手伝いの声をかけられたとき、本当に人手が必要なら喜んで引き受けようと思っていた。
けれど、期待以上に素早く芽吹いたのは警戒心だった。会って二度目の魔女クラリスに、私はまだなにもしていない。好感度が高い理由がない。
湖へと歩いているうちに、相手の笑顔の裏の悪意に確信を持った。
「悪いけど、カールロット家が魔女にばかりかまけていたのは昔の話。今はひたすら政治の椅子取りゲームに夢中で、王宮に送る娘に護身術を習わせたりしてるの」
あの家にいた頃習ったことは、ほとんど役に立たない。けれど、同じ年頃の非力な女性との一対一の争いなら、これで十分だ。衛兵や熊には敵わなくとも。
そう思って、クラリスを放置して城に戻ろうと湖に背を向けた。
けれどその瞬間、背後から大きな水しぶきが上がった音がして、私は思わず振り返った。
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