『カールロット公爵令嬢は魔女である』~冤罪で追放されたので、本当に災厄の魔女になることにした~

あだち

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三、カールロット公爵令嬢は魔女になった

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 震えそうになる手を抑え、ちらりと師の顔を窺う。私の顔は真っ青だろうに、師匠は平然としていた。顎をしゃくって、催促さえしてきた。

 毒々しいゴブレットを二秒ほど見つめて、私は覚悟を決めた。天を仰ぎ、杯を傾ける。

「……っ」

 明らかに蜂蜜酒とは違う、喉を焼かれるような感覚に、吐き出しそうになるのをこらえて奥に押し込んだ。苦いような辛いような、複雑な後味が舌と喉を撫でていき、ゆっくりと顔を正面に戻す。
 と。

 ――ヒヤ。

「っ!?」

 天井を仰いだせいで乱れた自分の髪を伝う、濡れた感触。叫びかけたのを辛うじて飲み込んで、ゴブレットを持たない方の手で反射的に髪を探ると、手が赤い水でじっとり濡れた。こめかみから頬を通って、顎先にも水滴が滴っていく。見下ろせば、石の床にも赤い水玉模様がポタポタと増えていった。

 あまりの出来事に硬直した私に、真面目な顔だったフラウリッツが柔らかく微笑む。

「よし、もう話してもいいよ」
「……」
 
 気がつくと、私は頭のてっぺんから赤い水でも被ったかのようにずぶ濡れになっていた。

「お誕生日おめでとう、魔女レダリカ」
「……ありがとう」

 その瞬間、ばさっと視界が柔らかい布で塞がれる。フラウリッツが取り寄せた布は、日向で一日乾かした洗濯物独特の匂いがした。
 私は髪を拭きながら、げんなりと呟いた。

「……蜂蜜酒、『浴びるよ』って、こういうことだったのね」
「うん。これからは君も“フラウリッツの弟子”じゃなく、“魔女レダリカ”って名乗るんだ。まだ一人前とは言えないから、実質的には僕の弟子だけど」

 聞きながら、髪や腕の匂いを嗅いでみる。蜂蜜酒の匂いも、それ以外の匂いも特にはしなかった。よかった。

「では、ここからまた大事な話。今までちょくちょく“魔女の戒律”って言葉を耳にしてたと思うけど、この内容は今までは教えられなかったんだ。けど逆に、洗礼を受けたらすぐにでも覚えてもらわなきゃいけない」
「ま、まかせて。暗記は得意よ」

 額から遅れて垂れてきた水を拭いながら言うと、フラウリッツが「うん、まあ、そんな難しくはないんだけど」と視線を逸らし、口をもごもごと動かした。まるで、奥歯に何か挟まっているかのように。

「……ま、最初から覚悟してたしね」

 そう、独り言のように呟くと、腕を組んで私の顔を見下ろしてきた。
 ……美しい師の視線を、全身びちゃびちゃのまま受け止めなくてはいけないのだから、魔女の道って険しい。

「魔女の戒律は、世間の法律に縛られない魔女が、自分達の秩序を守るため、ひいては同胞を迫害から守るために自らに課した、四つの決まりのこと」

 いつにない真面目な顔のフラウリッツに、こちらも神妙にうなずいた。
 ダリエルは、かつてのカールロット公爵主導の迫害がきっかけで、この“戒律”が生まれたと言っていた。

「……戒律の第二、から教えるね。同胞の名を、非同胞に教えてはならない」

 内部からの密告を禁じるということか。
 ……ん? 第二、から?

「フラウリッツ、第一は?」
「第三に、この戒律を非同胞に教えてはならない。第四に、戒律を破った同胞は同胞の手で罰しなくてはならない」

 無視された。けれど、これで今の今まで、私が魔女の戒律の内容を教えてもらえなかった理由がわかった。魔女の洗礼を受ける前の見習いは、非同胞というわけだ。そして、ルール違反者は仲間の手で裁く、と。なるほど。

「で。第一に、……魔法で人を殺してはならない」

 ふんふんとうなずきながら聞いていた私は、そこで動きを止めた。
 フラウリッツは表情を変えずに、淡々と言葉を続ける。

「ただし、魔法で人を殺した魔女・魔法使いを罰する場合は除く」

 フラウリッツが口を閉じると、私たちはしばし無言で見つめあった。
 まるで、言葉などいらない親しい友人のように。家族のように。恋人のように。私の考えていることは彼に伝わっている確信があり、私には彼の言いたいことが手に取るようにわかった。

 魔法で、人を殺してはならない。

 つまり、私は魔法で王太子やお父様やルゼを殺してはならない。

 ……魔女になったのは、あいつらを死に至らせる方法を手に入れるため、だったのに?

 私の目の前では、濡れた髪の一房から新たな水滴が赤い玉となり、ひとつ、またひとつと床へ落ちていく。

 その向こうで、拗ねたように細められた、男の目が言っていた。
 だから最初に言ったじゃん、と。

「後悔した君に責められたくないもん、ってさ……」



 かまどの奥に新たな薪を突っ込む私の背中に、先輩魔女二人の視線を感じる。

「……名付けは習慣であって、戒律ではないんだから、たまの例外くらい良い。フラウリッツもそう思ったんじゃないの」

 その声は、自分が思う以上に不貞腐れていた。何も言わない二人は、勝手に不機嫌になっている私に呆れているのかもしれない。

 洗礼名の譲歩は、早い話がご機嫌とりだったのだ。……つまり、彼は後ろめたかったのだ。

 理解はできる。フラウリッツは戒律で定められていたから、魔女になっても人を殺せない、と言えなかった。
 戒律の意義もわかる。魔女が人を殺せると、権力者達がそれぞれ魔女と結び付いて、魔女同士で代理の殺し合いが起きる。そもそも、人を殺せるからって軽々しく殺してはいけないというのは、当然だ。

 戒律の内容をみだりに言ってはいけないのも、これを部外者に利用され、戒律に縛られている魔女たちが危機に陥ることを防ぐためだ。

 理屈はわかる。

 わかるけど、元婚約者や妹たちに向けたこの恨み、果たしてどう折り合いをつければいいのだ。
 私はなんのために、鶏の糞と羽にまみれて、血を絞りとっていたのだ。

「……長生きする気あるかって、“ルール違反者は戒律の第四に基づいて魔女集会で殺される”ってことを前提にしたら、もう“生きていたいなら報復は諦めろ”ってことじゃないのよ……」

 念押ししてきた銀髪の男の顔を恨みがましく思い出す。かまどの奥の炎が、一瞬ゴォッと大きくなった。


 念願かなって魔女になれた。
 魔法は、今のところ、かまどに火をつけることにしか使えていない。

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