『カールロット公爵令嬢は魔女である』~冤罪で追放されたので、本当に災厄の魔女になることにした~

あだち

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三、カールロット公爵令嬢は魔女になった

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 ゴトゴトと座席が揺れる。窓のカーテンを開けなくても、乗っている馬車の通る道が荒いものだということは明らかだ。

 固い座席に座ったまま、私は膝の上の籐のカゴに目を落とした。青い布で覆われたその中身は、花を樹脂やガラスによく似た透明の蓋で閉じ込めたペンダントや、花を染料にした色鮮やかな布だ。目的地に着くまですることのない私は、それを作った日のことを思い返していた。





「人心拘束の魔法は二種類あるんだよ」

 ロザロニアが帰った翌日、やたら目の細い人物画や、カーブした片刃の刃物がいくつも壁に並ぶ東方趣味のコレクションルームに呼ばれた。つるりと磨かれた黒い木の棚の上に置かれた白磁の壺は、私のおへそから鎖骨くらいまでの高さがある。中を覗きこむと、案の定底の方に硬貨が見えた。支払うとき、出しにくいでしょうに。

「二種類?」 
「相手の心を術者が支配して直接操るものと、もともと相手の中にある感情の種を増幅させ、傀儡状態にするものさ。これらに限らず他人の内面に働きかける魔法はどれも難しいけど、後者はとっかかりが元からある分、成功しやすくて解けにくい」

 聞き返した私に、天板の中央と側面に螺鈿が施された黒塗りの円卓に向かった師は、コスモスの花を一輪弄びながら説明した。四つ足の円卓には、コスモス以外にも色とりどりのドライフラワーと、ペンダントトップの枠、黒い小鍋、生成りの布、そして黒色の液体が入ったガラスの水差しが用意されている。フラウリッツはコスモスのほか、ペンダントトップも手に取った。
  
「解けにくい、ね。記憶操作の魔法と、どっちが解けにくい?」
「一概には言い切れないなぁ。かけた魔女の実力と、かけられた人の耐性によるんじゃない」

 繊細な指はコスモスから綺麗に茎をちぎると、花だけをペンダントトップの枠に入れた。そこでフラウリッツは、じと、と向かいに座る私を睨んできた。

「言っておくがね君、僕のかけた記憶操作術が解けたのは、僕本人に再会したからっていうのもあるけど、十一年前の環境が良くなかったのも大きな理由なのだよ。……きっと、多分ね」
「あら、私何も言ってないですわ、フラウリッツ先生」

 もったいぶった言い方に付け加えた保険がおかしくて、私は笑うのをこらえて慇懃無礼な返事をした。

「そうかい。そもそも人心拘束だって、縛る心を大きく揺さぶるような何かしらのきっかけがあれば、解けることもあるって、魔導書に書いてあるだろ。ま、僕がかけた術は君以外に解けたことないけど」
「あら、私凄い。きっと耐性があるのね」
「ばかいえ、十一年前以来、僕は人間の内面に関わる魔法を使ってないってだけさ」

 そう言うと、フラウリッツはペンダントトップの花の上に水差しから液体を注いだので、花は黒い膜に覆われて見えなくなった。枠を満たした液体が乾くと、ドライフラワーを閉じ込めたペンダントになるという。

 その、真っ黒の液体で。

「……それ、なんの液体なの?」
「蜂蜜酒」

 ……だったもの、か。洗礼の様子を思い出すと、銀細工には使えない薬液なんじゃないの、もしかして。

「人心拘束の魔法に話戻すけど、どっちの術も難易度が高い。だから、ベテランの魔女でも成功させるために呪具を用意する。こうやって魔力を込めた贈り物なんかが古来からの常套手段。核にするものは花じゃなくてもいいんだけど、要は相手が気に入って、そばに置かせることができれば上々。または相手の持ち物にできなくとも、会うたびに自分が身につけるとかして、何度も繰り返し見せるんだ。そうしているうちに、だんだん対象の心が術者の思い通りに操られていく。成功例は少ないけどね」

 美しいものに魅せられて、徐々に心を蝕まれていく呪い。フラウリッツは実践していないと言うが、随分詳しいようだ。

「贈り物なら、宝石は?」

 何気なく思ったことを聞いてみると、フラウリッツは黒い小鍋に生成りの布と黄色い花を放り込みながら答えた。

「宝石でもできるだろうけど、花、それも押し花とか、ドライフラワーの方が相性いいと思う。本来移ろうものを人為的にとどめておく行為は、自由な心を縛り付ける術に通じるから」
「そういうものなの?」
「そういうものなのだよ。あとは、花を原料にした香水とか、染料にして染めた布とか。特別派手じゃなくてもいいんだ、むしろいつも何気なく視界に入り続けるものがいい」

 いいながら、フラウリッツは小鍋に蜂蜜酒、だった液体を加えて、その手を一振りした。鍋が静かに卓から浮き、下に小さな火の輪が生じる。これで煮詰めるのか。布が真っ黒になりそう。

「魔力をこめた宝石はむしろ、本当に大事な人に贈るといい。作るのは難しいけど、持ち主を守る呪具“タリスマン”になる」
「それ、もしかして――あら?」

 私は言葉を切った。
 どこかで音楽が流れているのに気がついたからだ。かすかな、繊細な音。

 私は顔を上げて音の出所を探ったが、どうもここから遠そうだ。この城には、私の知らない部屋がまだ多くあるから、そう不思議でもない。

「……誰か、ピアノを弾いてるわ。またどこかの魔女が来てるなら、お茶を淹れてこようかしら」
「いいよ、気にするこたない」

 立ち上がりかけた私に、男がひらひらと手を振る。でも、と言いかけたところで、音がやんだ。
 何だったんだろうと思いながら、私は窓の外へと視線を巡らせた、が。

「ほら、染まってきた」

 フラウリッツの言葉に、私はすぐに視線を鍋に戻した。
 沸き立つ鍋の中で、黄色に染まった布が透明の液体の海を揺蕩っていた。
 黒くなってない。むしろ、とても発色がいい黄色だ。ペンダントトップも、縁がガラスのような透明になってきている。

「ねぇフラウリッツ、心を支配したり傀儡状態にするのって、何回くらいこれを見せればいいの?」
「僕の知ってる限りでは、数年単位。耐性がある相手なら、完全に思うがままに操るのに十年くらいはかかるみたい」





 ようやく停止した馬車の中で、私は再びため息をついた。ずいぶん気の長い呪いだ。
 
 
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