『カールロット公爵令嬢は魔女である』~冤罪で追放されたので、本当に災厄の魔女になることにした~

あだち

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三、カールロット公爵令嬢は魔女になった

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 頭まですっぽり覆うマントを着て、籠を片手に馬車から降りる。目の前では、枯れ葉や苔に埋もれそうな洞窟が静かに口を開けていた。

「……ごきげんよう。魔女レダリカが通りますこと、どうぞお許しくださいませ」

 近づくと、教えられた通り礼儀正しく“挨拶”をする。無言で入ろうものなら、二度と太陽の下に出てこられないのだそうだ。

 自身の声を反響させる暗闇の先を見つめていると、奥で何かが光っているのに気がついた。出口が出来た目印らしい。
 私は振り返って「もういいわよ」と言った。すると、馬車は御者や馬と共にみるみる縮んでいき、最後には子供の手のひらにも収まる大きさの人形になって地面に転がった。この森の中でしか使えないが、動物に変身できない私の大事な移動手段だ。

 私は人形を回収し、指をならしてランタンがわりの火の玉を浮かべ、洞窟へと足を踏み入れた。

 抱える籠の中のリボン束やペンダントは、ほとんどがフラウリッツの作った呪具だが、私が指導されながら作ったものも混ざっている。
 今日は、これらをしかるべきところへ売りに出すために城を出たのだ。

 それにしても、行き方はともかく、行き先についてはフラウリッツは『魔女相手の雑貨屋を営むヴィエリタの店』としか言わず、地名などの詳細を教えてくれなかった。

 彼に言われた通りに進むしかないが、一体どこに着くのだろう。





 洞窟を歩いた時間は十分ほどだった。見込んだ通り、光の点は陽光溢れる出口そのものだった。

 難なく明るい日差しの下へと出た私は、火球を消して辺りを見渡した。
 視界に入る花壇と背の低い樹木、足元は芝生。そして、周囲をぐるりと囲む煉瓦の塀。真正面の壁には青い扉がつき、その向こうからざわざわと人の声がする。

 城を出て、一時間ほど。たどり着いたのはどこかの民家の中庭だ。
 背後へ首を巡らすと、今しがた通ってきたはずのむき出しの岩の洞窟は消え、煉瓦の塀がそっけなく佇んでいただけだった。

「やっと来ましたね。いらっしゃい、フラウリッツのところの新人さん」

 唖然とした私は、庭の隅の白いテーブルで優雅にお茶を飲む小太りの婦人に声をかけられて我に帰った。
 白髪混じりの栗色の髪を結い上げ、品の良い臙脂色のワンピース。その胸元にはルーペが鎖に通されてぶら下がっている。私は籠を抱えなおしてテーブルへと歩み寄り、マントのフードを払った。
 
「はじめまして魔女ヴィエリタ。フラウリッツの弟子、魔女レダリカよ」

 訳知り顔の魔女ヴィエリタに籠を差し出す。

「はいはい。あなたのお師匠の作品が売りに出されるのは久しぶりですね……おや、これはまた、めったに出回らないものを持ってきてくれましたね」

 魔女は座ったまま籠をテーブルに置き、胸元のルーペを右目の前にかざして一つ一つ品定めを始めた。ルーペのレンズがオパールカラーに変化したから、あれも呪具なんだろう。

「……なるほど、フラウリッツの作ったものはやはり上質ですね。ただ、これとこれ、それからこれは、お嬢さんがお作りになりまして?」
「ええ。……彼は成功作品だと。魔法が効くかどうかは、あとは」
「術者の実力次第、と話したのかしら。彼らしい。もちろん、あなたが作った分も立派な呪具ですよ。ただ、これは美しさが肝要となる物。ほら、このペンダントの花のよれ、それからほら、リボンの色ムラ。ね?」

 ね、って。
 ……まあ、仕方ない。ほぼ素人作品だ。

 結局、相場もわからない私は言われた値段にそのまま頷いた。初めて作ったにしては上々だ。

「では書類にサインを。今はこういうものが作れる魔女は少ないから、納品してくれるのはとても助かりますよ。あなたの作品も、良ければまた持ってきてくださいね。是非、うちにね」
「……ええ。次に持ってくるときは、同じ値段では渡せないかもしれないけど」
「まあ楽しみ」

 余裕の微笑みにほんの少し悔しさを感じながら、契約書にペンを走らせる。魔女ってみんなちゃっかりしてて、ともすると商売的な食い物にされそうだ。たくましいとでも言うのだろうが。

 渡した書類を満足げに確認したヴィエリタは、それを手早く鳥の形に折り、ふっと息を吹きかけた。本物の鳥のように飛んでいく書類はテーブルの上を旋回したあと青い扉へと向かい、目の高さの覗き窓のガラスを押して、家の中へと入っていった。 

「お利口な契約書ね」
「女手一つで切り盛りする店ですから、書類にも働いてもらわなくちゃね。さあさ魔女レダリカ、せっかく来たのだから、お茶でも飲んでいってくださいな」

 鮮やかな魔法に見惚れた私を、ヴィエリタは青い扉の中へと誘った。

「どうぞ、ご覧になって待っていて。引きこもりのお師匠に付き合って、ろくに買い物もできてないでしょう? 安くしておきますよ」

 そう言うとヴィエリタはお茶を淹れに行ってしまった。
 中は確かに店舗となっていて、落ち着いた色合いの樫の棚には、宝石が付いたオルゴールや金の手鏡といった、見るからに高価な物から、布製の動物の人形や色褪せた植木鉢など、特に面白味のないがらくたに見えるものまで多種多様にある。しかし、どれもが見かけ通りの物ではないことは、今の私にはなんとなくわかるのだった。人形がポーズを変えたのは、おそらく気のせいではない。

 青い扉は裏口だった。表玄関は商品棚の奥に見えて、ステンドグラスが美しい両開きの扉だ。そのさらなる向こうで、人々がざわめきと共に行き交っている。喧騒は彼らによるもののようだ。

 通りは幅も広く、着飾った貴婦人や大荷物の商人、使い走りらしき子ども、紋章つきの馬車まで通りすぎていく。日没の森から程近いところに、こんな栄えた街があったとは意外だ。
 ヴィエリタはまだこない。私は細く開いた磨りガラスの窓へと近寄った。

 ――ダートクール伯爵は娘を王家に嫁がせることを諦め……。
 ――コウゼン侯爵は下の娘を今からでも音楽学院にいれようとしてるとか……。

 聞こえてきた名前に苦笑が漏れた。

 宮廷で火花を散らした同年代の彼女たちは、今でも元気にやっているようだ。こんな、国の西端まで名前が伝わるほどに。

「――それにしても、カールロット公爵は噂通り、冷たい方ですわね」

 しかし、ひときわ明瞭に聞こえた女の声に、私は固まった。この窓のそばで立ち話をしているらしい。
 私は急いで脱いだフードを再び目深に被り、外から見えない壁際へ身を寄せた。

「夏に長女がお亡くなりになったのに、もうその妹と王太子殿下の婚約を発表するだなんて。あなたもそう思いますでしょ?」
 
 この辺りに住む、裕福な奥方といったところか。そうか、なら今頃、王都はもっと騒がしくなって――。

「よさないか、お前。この通りで件の公爵家の娘を見た者もいるという。聞かれるかも知れないだろう、滅多なことを言うな」

 ……え?

「ほら行くぞ、お前の気に入っている若い男の仕立て屋、なんていったか、ジャックマイナーだかフェルロスだかの店に」
「嫌ですわあなた、ジャクロス・フェルマイナーです。この王都で彼を知らない貴族は、あなたくらいのものですよ」

 ……え、まさか。
 私は息を呑んだ。

 ここは、馬車で半日以上かかるはずの、王都なのか?
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