『カールロット公爵令嬢は魔女である』~冤罪で追放されたので、本当に災厄の魔女になることにした~

あだち

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四、カールロット公爵令嬢は魔女である

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 大理石の床に反響していた、ルゼの靴音が止まった。

「歓迎しますわお姉様、どうぞ、席におつきになって」

 眉を寄せた私の前で、ルゼが指を鳴らす。

 次の瞬間、私たちの間にお菓子とお茶が乗った円卓が現れた。少し遅れて椅子が二脚、こちらとルゼ側で向かい合って配置される。

「せっかくですから、姉妹水入らずといたしましょ」

 壇上に立ったままのヴァンフリートに、ルゼが振り返る。

「殿下は少しお休みになっていてください。働きづめではお体に障りますわ」

 その言葉が合図だったのか、抜き身の剣が床を打つ音と共にヴァンフリートの体が玉座に沈みこんだ。かくんと、力なく項垂れた姿に、私は思わず息を飲んだ。

「ヴァン……っ」
「ふふ、獅子の王太子なんて呼ばれても、こうしてみると子猫ちゃんみたい」

 口元をおさえて笑うルゼは、上機嫌だった。
 私は糸が切れた人形のように四肢を投げ出した王太子をしばらく凝視していたが、命に別状はなさそうだ。
 そうなると、これ以上動揺する様をルゼに見せたくなかった。

「この宮殿、今は私が招待した方しか入れませんし、私が見送る方しか帰れませんの」

 椅子に手をかけたルゼが語るのは一般的な警備の話ではなく、魔女避けの魔法の話か。

「……つまり、今の王宮にはあなたが許した魔女だけがはいれて、あなたが許した魔女だけが出ていけるということね?」
「外野に邪魔される心配もなくて、気が楽になりました? お姉様は案外、緊張しいですものね」

 王宮に閉じ込められたのだと言外に宣言された私は、視線をテーブルの上へと向ける。
 大皿に盛られたケーキやプティング。ムースに焼き菓子。湯気をたてる紅茶のカップ。

 フラウリッツは、この魔法もこの子に教えていたのか。

「……」

 私は何も言わずに、ルゼに続いて華奢な椅子を手前に引いた。

「よかった。いつお姉様が来てもいいよう、厨房に毎日作ってもらっていましたの。もし来てもらえなかったらずーっと廃棄させ続けることになるのかと、ちょっと不安でしたわ」
「……この転移魔法で、あなたが魔女だってことが厨房にばれたんじゃないの」

 ルバーブのタルトを切り分けるルゼに、感情を圧し殺して言ってやる。

「ご心配なく」

 ――すべて、お姉様がやったことになるから。

 そう言っている目付きで返事がきた。

 差し出されたタルトを受け取らないでいると、ルゼは気にした様子もなく空いた場所に皿を置いた。

「タルトはお嫌い? それとも、お気に入りのドレスをコルセット無しで美しく着るための摂生でしょうか」

 金糸の入った若草色のドレスを纏ったルゼの視線が、首を覆うレースから裾のフリルまで黒一色の私の全身をなめ回すように這った。頬に手まで添えて、うっとりと。
 
「フェルマイナーの作ですか? さすがお姉様、とてもよくお似合いで。――魔女として追放された女だと、語らずとも伝わる意匠だわ」

 それまでの笑顔が一瞬で形を変え、嘲りが顔面一杯に広がった。
 その髪には相変わらず、心身拘束の魔法の呪具がひらひらと揺れている。半年前までは、ただのリボンにしか見えなかったルゼのお気に入り。今の私の目には、一目で呪具と分かる。

「ありがとう。あなたにも感謝しているわ、もう一度ここに来る機会を作ってくれて」

 カップにもフォークにも手をつけず、心を込めずに礼を言うと、タルトを口に含んだままのルゼは笑みを深くした。私は欠片ほどのにこやかさも見せずに淡々と言葉を続けた。

「ここぞと言うときには、フェルマイナーのドレスを着ると、前から決めていたの。……もっとも、これは婚儀じゃなくて、葬儀の色だけど」

 その言葉に、ルゼの愉しげな笑顔が消えた。

「……死人は白い服ですわ」

 テーブル越しのルゼの、冷たい眼差しを受け流す。

「弔い主は、黒よ」

 そう返すと、ルゼは一瞬ものすごい形相で睨んできた。

「……失礼ですが、魔女の戒律を教えてもらっていらっしゃらないのですか? “殺すな、明かすな、語るな、許すな”。残念ですけれど、命が惜しいならとどめは刺せないのが魔女ですのよ」
「ルゼの方こそ、さっきの言葉はまるで私がここで死ぬかのようではないの」
「死ぬんですよ」

 ナプキン越しの口からさらりと発された直接的な言葉。
 驚かなかった。私はおもむろにシュガーポットから角砂糖をひとつ摘まみ、カップに静かに落とした。

「人に釘をさしておきながら、あなたが私を殺す気? 裁かれるわよ」
「王太子の婚約者を、魔女たちが殺しにくると本気でお思いで? ここに入ってくることも出来ないのに? ねぇ、いくらきまりごとでも、この王国と全面的に対立するだけの価値が、果たしてお姉様の命にあるのでしょうか」

 カップの底でもろもろと崩れていく砂糖から視線を上げる。
 表情を消したルゼと相対しながら、少し冷めていた紅茶を一口飲み下し。

「さあね、でも“魔女と間違えられた女”が死ぬのとは、事情が違うわ」

 そう言った直後、ケーキの中央から鋭い槍が私の顔をめがけて飛び出した。

 その切っ先は私の鼻先を貫く寸前まで迫ったが、触れる前に、カップで解ける砂糖のようにほろほろと崩れ落ちていった。
 
 槍はそのまま消えたが、テーブルの転移魔法に武器の転移魔法を重ねてきたルゼの目は、瞬きもせずにこちらを射ぬいたままだ。

「聞いてこないからこちらから教えるけど、“レダリカ”は魔女の洗礼名なのよ。フラウリッツは、名前を変えたくない私の意思を汲んでくれた」

 突然むき出しにされた殺意に、私は自分の想像が当たっていたことを確信し、――やるせなくなった。

「……そして彼は、あなたに洗礼するときも、あなたの望むように名前をつけてくれたのね」

 ルゼは、――魔女デライラは、無表情のまま、何も言わない。
 
 フラウリッツからすべてを聞いた夜から数日、私はルゼの母親のことについて考えていた。

「ヴィエリタの店に置かれていた木彫りの小鳥。底に彫られた作り手の名前。……あれが、あなたのお母様の名前なのね」

 おまじない程度のかすかな魔力を帯びた木彫り。
 そこに彫られた名前が、ロザロニアが話していた『王都に住む女』と同じ名だったとき、私はそれを魔女ではなく『おまじないに精通した一般人』の名前だったのだと勘違いした。

 きっと森に迷いこんで、フラウリッツかロザロニアが助けたのだ。けれどその後、魔女ではないから自分から城を訪れることができないのだ。

 そんなふうに勘違いして、ダリエルに問いかけた。

「ヴィエリタに確認したわ。フラウリッツの師匠が死んだのと同じ年、何者かの密告で教会に捕まり、釈放後、世間からつまはじきにされて困窮して亡くなった、“デライラ”という女性がいたと」

 ここ数年、本物の魔女として裁かれたのはフラウリッツの師匠だけ。

 逆に言えば、それ以外で裁かれた“魔女”は本物ではなかったということ。

「あなたは、冤罪で魔女にされたお母様の名前を、自分の、魔女の洗礼名にしてもらったのね」

 静まり返る玉座の間で、私たちは何も言わずに視線を交わした。

 冷ややかな緊張感と、暗い殺意を絡ませあって。

「……この時をお待ちしていました、レダリカ・カールロット。ヘリセン・カールロットの娘。あなたがどうしようもない冤罪の恐怖に震え、誇りも名誉もすべて失って、唾棄すべき魔女として記憶されて、栄光の象徴であるこの王宮で、私の手によって惨めに殺される。その日を迎えることが私の、屈辱と憎しみの日々を乗り越えるよすがでした」

 聞いたこともない低い声。呪文のように這いずる言葉。
 かちゃん、と、ルゼのカップがソーサーとぶつかる。王太子妃候補にあるまじき不作法だけれど、咎めている場合ではない。

「奇遇ね。私も、少し前まであなたと父と、そこで寝てる男をこの手で殺すことが、この身に唯一残された生きる目的だったのよ」
「ふざけないで。公爵を殺すのも私です。もう病が肺に達しかけてる。時間の問題です」
「あら、私たち姉妹だからかしら、気が合うわね」

 今から、私たちはルールを犯す。
 この世のはみ出しものである魔女の、さらに鼻つまみものになる。お茶の作法どころではない。

 指の先までひりつくような緊張感をみなぎらせたまま、私はわざとらしく笑ってみせて。

「気持ち悪いこと言ってないで死ね」

 相手のそんな言葉が終わるより早く、指を鳴らした。
 その途端、テーブルの向こうでルゼは火柱に包まれた。

 
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