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四、カールロット公爵令嬢は魔女である
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*
「……な」
フラウリッツと最後に会った夜の、翌朝。
私は日没の森から程近い湿地に建つ、小さな小屋の戸口で、この世の終わりのような顔をした家主と相対していた。
「なななな、なんで、わ、私おとなしくしてたのに、なんでここが」
「ララ=エバに聞いたのよ。殺しにきたわけじゃないから落ち着いて、クラリス」
扉を閉めようとした相手より早く、足を挟む。クラリスは「ひっ」と小さく鳴いて、青ざめた顔で周囲に視線を走らせた。
「……なんです、早く帰ってください。魔女だってばれたら、内職の仕事回ってこなくなっちゃ」
「あなたに出された、森への立ち入り禁止令と、私への接触禁止令。解いてくれるよう、魔女集会に掛け合ってあげる」
私の言葉に、クラリスが固まった。
「……へ?」
「今は魔法もろくに使えないし、フラウリッツと仲の良い魔女たちからも無視されてて、生活に困ってるんですって? 罰が解かれたら、またフラウリッツから呪符が買えるようになるかもしれないし、皆も態度を考えてくれるかもね」
畳み掛けた言葉を聞いて、クラリスの目が徐々に輝きだした。
噂によると、もともと自作の呪具を売ったり、さる筋から受けた依頼を魔法でこなし、報酬を得て生活していたというクラリス。
呪具も魔法もフラウリッツの呪符が不可欠だった彼女であるが、他の魔女からもそっぽを向かれて、呪具の販路も依頼を仲介してもらうツテも失ってしまったらしい。
私に見つかったら命の危険に晒されるかもしれない。なのに、あまり森から離れられなかった理由のひとつは、旅費の問題だろう。今の粗末な住まいも、人目につかないようにするためとかではなく、本当にそれしか用意できなかったのだと見受けられた。
「……な、なんなんです、急に。何か企んでます?」
本当は、すぐにでも飛び付きたい。そんな衝動を抑え込むだけの分別が窺えて、私は満足げに笑った。
「もちろん、ただなわけないでしょう?」
……笑ったのは、協力を仰ぐ相手が予想ほど愚かではなさそうだったことへの安堵だったのだけど。
紙のような顔色で「ひ、一晩、考える猶予を下さいません……?」と、まだ何も説明してないのに言ってきた辺り、クラリスには悪魔の笑顔に見えたのかもしれない。
*
ルゼと蛇を捕らえた鎖への集中力を切らさないよう、そっと近づいた。と、地面に膝をついたルゼが鎖をじゃら、と鳴らして振り返った。
「レダリカっ、いったい、どうやって……」
手負いの獣のようなルゼの眼光を受け止め、負けじとにらみ返す。
油断すれば、鎖はすぐにルゼの抵抗する魔力で千切られてしまいそうだ。私は慎重に、地面に落ちた黒い鞭を手に取った。
「……無事でよかった、ありがとうクラリス」
そのまま協力者へねぎらいの言葉をかけると、クラリスは「うるさい、人を撒き餌にしておきながら!」と半泣きで噛みついてきた。
「なんっでわざわざ魔法補助の呪符まで用意してきて、白鳥にしかなれない私に“黒い白鳥”になれって言ったのかよーやくわかりましたよ! そもっそも嫌な予感してたんですよねぇっ、召喚魔法で呼んだら応じろ、呼び出されたら変身してとにかく逃げろって指示からしてさぁ!」
「……その泥の魔法のおかげで、他の誰より生存確率が高いのがあなただったんだもの。協力者として、他に考えられなかったのよ」
「な、なぁにが協力者ですか、死ににくい囮ってだけでしょぉ!? 普通、召喚魔法で呼び寄せるのは使い魔か下僕だって知ってますよね!? くっそぉ、師弟揃って人を良いように使いやがってぇ!」
荒くなった口の勢いに合わせるように、泥の帯がべちゃんべちゃんと地面を打つ。とはいえさすがは大魔女の秘蔵の魔法。見たところ、「もう、やること終わったらさっさと帰らせてもらいますから!」と喚くクラリスは傷ひとつ負っていなさそうだ。
それならよしと、私は視線と意識をルゼに集めた。
「召喚……そう、クラリスは転移魔法で入ってきたんじゃなくて、召喚魔法であなたに呼ばれたってこと……だから、許してないのに、ここにいるのね……」
ルゼの低い声には感情がこもっていなかった。内容は当たっているが、わざわざ答えてやることはない。
餞別で魔女避けの魔法を受け継ぎ、自分に都合よく改編したルゼ。まさか、それが裏目に出るとは思わなかっただろう。
――フラウリッツのかけた魔法に手を加えたルゼは、召喚魔法による抜け道を封じられなかった。召喚魔法を、彼女自身が使いこなせないから。
ルゼは玉座の間で、魔獣の召喚は初めてか、と煽ってきた。が、あの時広がった魔法陣は転移魔法の図柄であり、蛇は鞭に反応して動いていた。
手にしてわかった。鞭には魔力が込められている。きっと、魔獣を従えるための魔力。
『転移魔法が扱えるようになると便利だよ。――召喚の魔法が使えない子も、魔獣を転移させて代用してたし』
まだ、城の庭に強い日差しが降り注いでいた頃。
初めて、フラウリッツ手作りのお茶会を堪能した日に、何気なく彼が漏らしたこと。
――やっぱり、あれはあなたのことだったのね。
「……魔蛇、おまえが転移魔法で連れてこられたなら、そこの魔女に、同意も、服従もしていないはずね?」
地面についたルゼの膝の先で、鎖に拘束された蛇は私の言葉を理解しているかのように頭を揺らした。
『対象の同意か服従が前提の召喚と違って、転移で生き物を呼び出すのは危険なんだけどね』
転移魔法で呼び出された生物は、そのままでは術者の言うことを聞かない。だから、危ない。
師匠の忠告を忘れてしまうのも、危ない。
「なら、もうその女の言いなりになるのはやめて、もとの住み処におかえり」
そう言って鎖を緩めるのと同時に、鞭を地面に打ち付けた。
――はずが、鎖が緩んだだけで、鞭が降り下ろせない。
否、右手が、手首が固まって、動かせない。
「あら、ありがとうございます。殿下」
見下ろす先で、ルゼの口角が、上がっていた。
「……な」
フラウリッツと最後に会った夜の、翌朝。
私は日没の森から程近い湿地に建つ、小さな小屋の戸口で、この世の終わりのような顔をした家主と相対していた。
「なななな、なんで、わ、私おとなしくしてたのに、なんでここが」
「ララ=エバに聞いたのよ。殺しにきたわけじゃないから落ち着いて、クラリス」
扉を閉めようとした相手より早く、足を挟む。クラリスは「ひっ」と小さく鳴いて、青ざめた顔で周囲に視線を走らせた。
「……なんです、早く帰ってください。魔女だってばれたら、内職の仕事回ってこなくなっちゃ」
「あなたに出された、森への立ち入り禁止令と、私への接触禁止令。解いてくれるよう、魔女集会に掛け合ってあげる」
私の言葉に、クラリスが固まった。
「……へ?」
「今は魔法もろくに使えないし、フラウリッツと仲の良い魔女たちからも無視されてて、生活に困ってるんですって? 罰が解かれたら、またフラウリッツから呪符が買えるようになるかもしれないし、皆も態度を考えてくれるかもね」
畳み掛けた言葉を聞いて、クラリスの目が徐々に輝きだした。
噂によると、もともと自作の呪具を売ったり、さる筋から受けた依頼を魔法でこなし、報酬を得て生活していたというクラリス。
呪具も魔法もフラウリッツの呪符が不可欠だった彼女であるが、他の魔女からもそっぽを向かれて、呪具の販路も依頼を仲介してもらうツテも失ってしまったらしい。
私に見つかったら命の危険に晒されるかもしれない。なのに、あまり森から離れられなかった理由のひとつは、旅費の問題だろう。今の粗末な住まいも、人目につかないようにするためとかではなく、本当にそれしか用意できなかったのだと見受けられた。
「……な、なんなんです、急に。何か企んでます?」
本当は、すぐにでも飛び付きたい。そんな衝動を抑え込むだけの分別が窺えて、私は満足げに笑った。
「もちろん、ただなわけないでしょう?」
……笑ったのは、協力を仰ぐ相手が予想ほど愚かではなさそうだったことへの安堵だったのだけど。
紙のような顔色で「ひ、一晩、考える猶予を下さいません……?」と、まだ何も説明してないのに言ってきた辺り、クラリスには悪魔の笑顔に見えたのかもしれない。
*
ルゼと蛇を捕らえた鎖への集中力を切らさないよう、そっと近づいた。と、地面に膝をついたルゼが鎖をじゃら、と鳴らして振り返った。
「レダリカっ、いったい、どうやって……」
手負いの獣のようなルゼの眼光を受け止め、負けじとにらみ返す。
油断すれば、鎖はすぐにルゼの抵抗する魔力で千切られてしまいそうだ。私は慎重に、地面に落ちた黒い鞭を手に取った。
「……無事でよかった、ありがとうクラリス」
そのまま協力者へねぎらいの言葉をかけると、クラリスは「うるさい、人を撒き餌にしておきながら!」と半泣きで噛みついてきた。
「なんっでわざわざ魔法補助の呪符まで用意してきて、白鳥にしかなれない私に“黒い白鳥”になれって言ったのかよーやくわかりましたよ! そもっそも嫌な予感してたんですよねぇっ、召喚魔法で呼んだら応じろ、呼び出されたら変身してとにかく逃げろって指示からしてさぁ!」
「……その泥の魔法のおかげで、他の誰より生存確率が高いのがあなただったんだもの。協力者として、他に考えられなかったのよ」
「な、なぁにが協力者ですか、死ににくい囮ってだけでしょぉ!? 普通、召喚魔法で呼び寄せるのは使い魔か下僕だって知ってますよね!? くっそぉ、師弟揃って人を良いように使いやがってぇ!」
荒くなった口の勢いに合わせるように、泥の帯がべちゃんべちゃんと地面を打つ。とはいえさすがは大魔女の秘蔵の魔法。見たところ、「もう、やること終わったらさっさと帰らせてもらいますから!」と喚くクラリスは傷ひとつ負っていなさそうだ。
それならよしと、私は視線と意識をルゼに集めた。
「召喚……そう、クラリスは転移魔法で入ってきたんじゃなくて、召喚魔法であなたに呼ばれたってこと……だから、許してないのに、ここにいるのね……」
ルゼの低い声には感情がこもっていなかった。内容は当たっているが、わざわざ答えてやることはない。
餞別で魔女避けの魔法を受け継ぎ、自分に都合よく改編したルゼ。まさか、それが裏目に出るとは思わなかっただろう。
――フラウリッツのかけた魔法に手を加えたルゼは、召喚魔法による抜け道を封じられなかった。召喚魔法を、彼女自身が使いこなせないから。
ルゼは玉座の間で、魔獣の召喚は初めてか、と煽ってきた。が、あの時広がった魔法陣は転移魔法の図柄であり、蛇は鞭に反応して動いていた。
手にしてわかった。鞭には魔力が込められている。きっと、魔獣を従えるための魔力。
『転移魔法が扱えるようになると便利だよ。――召喚の魔法が使えない子も、魔獣を転移させて代用してたし』
まだ、城の庭に強い日差しが降り注いでいた頃。
初めて、フラウリッツ手作りのお茶会を堪能した日に、何気なく彼が漏らしたこと。
――やっぱり、あれはあなたのことだったのね。
「……魔蛇、おまえが転移魔法で連れてこられたなら、そこの魔女に、同意も、服従もしていないはずね?」
地面についたルゼの膝の先で、鎖に拘束された蛇は私の言葉を理解しているかのように頭を揺らした。
『対象の同意か服従が前提の召喚と違って、転移で生き物を呼び出すのは危険なんだけどね』
転移魔法で呼び出された生物は、そのままでは術者の言うことを聞かない。だから、危ない。
師匠の忠告を忘れてしまうのも、危ない。
「なら、もうその女の言いなりになるのはやめて、もとの住み処におかえり」
そう言って鎖を緩めるのと同時に、鞭を地面に打ち付けた。
――はずが、鎖が緩んだだけで、鞭が降り下ろせない。
否、右手が、手首が固まって、動かせない。
「あら、ありがとうございます。殿下」
見下ろす先で、ルゼの口角が、上がっていた。
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